79.祭り
祭りの日が来た。
リッカが仕事に出たのを見計らい、土鍋を回収して中を確認した。
チーズの塩抜きが心配だったが、なんとか固まっている。
俺は表面を蜂蜜で満たし、隣室に隠した。
「プリミティブチーズケーキだ」
壁に向かってそう呟き、宿へ向かい仕込みを手伝った。
---
午後になりアズィが来たので呼び止め、奴隷の件を言いかけると、
「あ? 手配は済ませてある。そんなことより今日はボロを出すなよ」
と言い残し、事務局へ行ってしまった。
性格に深刻な問題を抱えているが、アズィは極めて有能な上司なのだ。
---
仕込みが終わる頃にはキャンプファイアに火が入り、祭りが始まろうとしていた。
リッカが磨かれた金具で装飾された、ファー付きの錆色のマントを羽織って迎えに来てくれた。
俺たちは広場の中央あたりに席を取った。
「気分はどう?」
「緊張してきた」
「牢から領主家の娘婿と大出世だからね」
「よせよ」
真相はよく分からない任務の偽装結婚。
リッカは悩んだが、今は気丈に振る舞っている。
アズィは改心でも気まぐれでもなく、俺とリッカを新たな檻に入れようとしている。
それをお互い分かっているから、これからの出来事は残酷以外の何ものでもない。
「あいさつくらいはするのか?」
「そうね。でもあなたは苦手だろうから、笑顔で応えてたらいいよ」
さすが我が至宝。
---
夕暮れ、群衆がキャンプファイアを取り囲むとアズィが入場した。
「我が領民たち、今年もよく尽くした!」
アズィがいきなり演説を始めると、群衆は静まり返った。
俺たちもそれに倣ったが、脇にいた赤ん坊が泣き出し、母親が凍りついた。
「良い、下がってあやせ」
母親は深々と頭を下げ、群衆から離れた。
アズィのこうした面を見るのは初めてだったが、
村の絶対的支配者としての姿がそこにあった。
「長話は嫌いだが、今年は特別な報告がある。リッカが婿を取ることになった」
群衆は相変わらず身動きせず声を発しない。
「おい」
アズィに促され、俺とリッカはキャンプファイアの前に並んで立った。
公開処刑のような気分だった。
「噂する者も多かっただろうから、今さら紹介はしねえ。貴族ごっこは終わりだ。祝宴を始めるぞ!」
ごっこもなにも、あんた貴族じゃん。
---
群衆が解放され、歓声が湧き上がる。
ジェイが駆け寄り俺を持ち上げ晒し者にし、
リッカは女衆に祝福されている。
アズィは村役のおべっかに付き合いながら、俺と目を合わせてニヤリとした。
クソ野郎が。
ジョッキが配られ、焚き台では肉が所狭しと焼かれていく。
アズィはいつの間にか姿を消していたが、以前言っていた配慮なのだろう。
---
「カゾヤマ! やってくれたな」
ロガが悔しそうに俺を肩で軽く突き飛ばした。
また賭けたのか。
「さあ、座って呑もうぜ」
トーチは木皿に山盛りの肉を置き、自分のエールを取りに行った。
宿屋のニョッキには行列ができていたが、奥さんが抜け出してきてニョッキを持ってきて、
リッカに抱きつき涙を光らせている。
この祝宴は物語ならグランドフィナーレだが、
俺とリッカにとっては壮大な詐欺だ。
俺たちは脚本家でもなく、舞台を降りられないただの演者に過ぎない。
双子とは別の「そういうもの」なのだ。
---
「あんたらに相談があるんだが」
俺は新婚旅行という名の護衛ミッションを持ちかけた。
「隣国か。いいぜ、俺は帆船に乗ってみたかったんだ」
ロガは嬉しそうに言い、ジェイも同意した。
だがトーチは少し迷っていた。
「かみさんと村以外の仕事はしねえと約束してんだ」
失った右腕を示した。
「分かった。無理には頼めない」
トーチは慌てるなと手振りをして、
「いや、今から聞いてみるから待った」
と席を離れた。
ジェイが言う。
「トーチはエルマの件であんたに恩義を感じてんだよ。
あいつは家族を守んなきゃいけねえから立ち回れねえけど、気持ちは同じなんだ」
ロガが割り込む。
「俺は独り身だが、多少思うところはあっても戦争で見慣れちまってるし、
なら何であの時そうしなかったと考えちまって逆に動けなくなる。
なんて言っていいか分かんねえけど、命に差をつけるのが嫌なんだ」
「ロガは決めたことを曲げて後悔するのが嫌なんだな」
「自分でもわかんねえや。おっ、帰ってきたぜ」
トーチが戻った。
「行ってこいとさ」
「本当にいいのか?」
「ああ、その代わりしばらく洗濯当番だ」
トーチはエールを飲み干して笑った。
「そういえば、荷馬車は大体仕上がったぜ?」
「そうか、ありがとう」
「こいつらも手伝ったんだぜ?」
ジェイが眉を動かして惚けた顔をしている。
ロガは聞こえないふりをした。
「とにかく、完成に乾杯だ」
俺たちは乾杯した。
リッカは別のテーブルで道具屋と飲み比べをしていた。
---
祝宴はキャンプファイアが下火になったところで徐々に人が減り、
やがてリッカがお開きの号令を出して解散になった。
「実は、リッカのために作ったものがあるんだが、明日にするか?」
「お酒ばっかりであんまり食べてないから食べる」
部屋に戻り、燻る暖炉に薪を足して土鍋を取りに行き、
ベッドの上のリッカに見せた。
「何これ? 蜂蜜の香りと……チーズ?」
「前回から進歩させてみた」
きれいにカットはできなかったので、半ば掬うようにして小皿に盛って渡した。
「美味しい! 前のより断然美味しい!」
「まだかなり精進の余地があるが悪くない」
「今すぐ死ぬほど精進しなさい」
---
リッカはすぐに寝てしまったが、俺はなんだか眠れず、
横になって暖炉の火を眺めていた。
マリオの手紙が届き、兄妹の道を照らすことができて、
リッカとの旅が無事に終わる未来で幕が降りるなら、
どれだけいいことか。
叶わぬ希望を考えては打ち消し、
いつの間にか眠った。
---




