77.陽射し
翌朝は雪が舞っていたが、風向きと遠くの青空が天気の回復を保証していた。
宿の主人に手伝いを申し出ると、彼は大袈裟に喜び、
「料理は是非カゾヤマと名付けましょう」
とありがた迷惑な提案をしてきた。
俺はニョッキの生みの親を冒涜する気はないので丁重に断り、
昼過ぎまでひたすら水を汲み、芋を茹で、剥く作業に没頭した。
「カゾヤマ、リッカさんが呼んでるよ。また明日の朝来てくれたらいいよ」
奥さんは妙に嬉しそうで、良からぬ妄想をしているのが丸わかりだった。
事務局に行くと、ロバの落札の件だった。
銀貨1枚と白銅貨2枚を支払い、リッカが作った証書にサインし、
俺は初めて“ペットのオーナー”になった。
「よし、名前を付けよう」
---
ロバに会いに行くと、少しやつれて見えた。
ゴイが餌やりをしているのだろうが、
エルマが言った通り、道具に手間をかける者などいない。
ロバは相変わらず俺を無視して草をモゾモゾ食べていたが、
今日は撫でても避けなかった。
「名付けか……いざとなると思いつかんな」
しばらく撫でていると、ロバは身をよじり、
“そこじゃない”とでも言うように撫でる場所を探させてくる。
リッカと名付けようかとも思ったが、
結局、響きの良さだけで ゲッフェン と名付けた。
ロバに拒否権はない。
「ゴイはいるかな?」
煙突から上がる煙を確認し、ドアをノックした。
---
ゴイは縮み上がり、申し訳なさそうに俺の前で落ち着かない様子だった。
その姿が胸に刺さる。
「ロバは俺が買った。名前はゲッフェンだ。世話を頼む」
「は、はい。な、名前……?」
「そうだ。あれは道具じゃなくて俺のペットだ」
「ペ……ペッ……ト?」
ペットという概念がないらしい。
「とにかく、世話をする時は名前を呼んで手入れをしろ。エルマが大事にしてたようにな」
「は、はい」
「ところでゴイはエルマについて行くんだよな?」
ゴイは罰されていないから村に残る理由はある。
だが、家族想いの彼がエルマを見放すはずがない。
俺はただ、その決意を確認したかった。
「か、カゾヤマさん……エルマ……え、エルマに……ありがとうございます!」
「いいんだよ、ゴイ」
何をしているのかは分からないだろうが、
牢番の爺さんあたりから様子は聞いているのだろう。
「む、村にめ……迷惑かけて……カゾ……カゾヤマさんまで……き、嫌われるのは……お、俺……」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
どこまでも自虐的で、村を責めるでもなく、
俺にまで気を遣うゴイの姿が痛々しい。
耐えられず、言葉が強くなった。
「お前のその怪我の理由は知ってる。
お前と父親が見せたのは蛮勇じゃなく、本物の勇敢さだ。
お前たちは正しいことをしただけで、村や世界が間違っているんだ。
だからお前はもう少し胸を張って生きるべきだと思う」
「で、でも……エル、エルマが……」
「そんなのもう、いいじゃねえか。
村はお前たち家族を自分たちのために散々な目に遭わせたくせに、
恩も詫びも示さねえ。
そんな腐った村に気を遣うな。
お前までエルマを悪者にするな」
「……」
ゴイは真っ青な顔で俯いた。
俺は言い過ぎたと気づき、息を整えた。
「済まん、勢い余った。
いいか、お前ら兄妹の処遇は俺には変えられない。
だが俺なりに考えて、エルマに渡せるものは渡した。
エルマは見込みを見せた。
お前が旅先で卑屈に振る舞っても誰も同情しないし、
エルマの未来の足を引っ張るだけだ。
兄として、自慢の妹をしっかり支えるのが役目だと気持ちを切り替えろ」
「え、エルマが……」
「そうだ。まだ返事はないが、
俺の知り合いにお前たちにチャンスをくれるよう頼んである。
だからお前は旅に備えるんだ」
ゴイは泣き出した。
だが、俺が寄り添い慰めるのは違う気がした。
これは、彼自身が越えるべき涙だ。
「また来る」
それだけ言って家を出た。
外は晴れ、
雲間から差し込む陽射しが眩しかった。
その光は、
ゴイの未来にも、エルマの未来にも、
そして俺自身の未来にも
ほんの少しだけ希望を落としているように見えた。
俺はその陽射しを浴びながら、トーチの家へ向かった。
---




