75.入札
その男は、俺の顔を見るなり露骨に嫌な顔をした。
だが、渋々と家に入れ、
「大事な話がある」と家族を外に出すと、
食堂らしき大きなテーブルが据えられた部屋へ案内された。
部屋は広いが、どこか寒々しい。
壁には狩りの戦利品らしき角が飾られ、
棚には帳簿と壊れかけのランプが雑に置かれている。
村役の家は裕福ではないが、
“権力の匂い”だけはしっかり漂っていた。
「あんた、村を出るってな。ようやく俺の胸のつかえが取れるぜ」
村役は、湯気の立たない薄い茶を俺に置きながら淡々と言った。
茶葉の質が悪いのか、香りがほとんどしない。
「ああ、その前に頼みができた」
「あの兄妹のことならできることはねえぞ? 俺にそんな力はない」
「ロバが売りに出されてると聴いた」
「ああ、欲しければ入札したらいい」
「確実に手に入れたいからここへ来た」
村役は鼻で笑い、椅子の背にもたれた。
その仕草が妙に板についている。
「あのロバはまだ若いから銀貨一枚ってとこだ。荷馬車は村のもんだから、そっちは自分でなんとかしな」
「俺が落札できるようにしろと言っている」
「おい、不正は罪になる」
「歩く不正がよく言うぜ。
バカみたいな金額で競り落とすのも考えたが、不正な奴隷契約に引っかかって無効にされたら意味がねえ」
村役は一瞬だけ目を細めた。
図星を刺された時の顔だ。
「……金は出さねえからな」
「心配するな。そこまで腐っちゃいない。
胸のつかえが無事とれそうで良かったな」
「……分かった、なんとかしてやる。
だが、最後にしてくれよ?」
「俺もそう願いたいよ」
村役は立ち上がり、
壁に掛けられた古い帳簿を手に取ると、
落札後の手続きについて淡々と説明し始めた。
その声は、まるで税金の読み上げのように乾いている。
説明を終えると、
「もういいだろ」と言わんばかりに玄関へ向かい、
俺を外へ押し出すように送り出した。
外に出ると、
村役の家の前には干し草の山と、
子どもが遊んだのか転がった木の輪が落ちていた。
生活の匂いが濃く、
さっきまでの“権力の顔”との落差が妙に滑稽だった。
俺はまだ越える案のない次の壁に向かい歩き出した。
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