72.砂時計
リッカにバームを渡すと、木片を見つめて何か言いたげだったが、唇に塗った瞬間、
「あ、これいいよ!」
と合格をもらえた。
この社会で香りを纏える身分は限られている。リッカはともかく、庶民が気軽に手に入れられるようなものは、ほぼない。
「そうだ」
リッカは部屋に駆け上がり、ほどなくして事務局に戻ってきた。
手には磨かれた二枚貝。
「これ、軟膏の容れ物なんだけど、ぴったりじゃない?」
小ぶりのハマグリだろうか。
地図に海はなかったが、海がないとは限らない。
「また理屈っぽいこと考えてる。こういう時は直感で答えなさい」
「ああ、完璧だ。どこでも手に入るのか?」
「スハニ湖のどこでも捕れるよ。すぐ傷むからこっちまでは来ないけど」
バターの消費期限を考えると、少量パッケージの方が安全だ。
リッカの反応を見るに、容器のデザインは重要で――
「ちょっと! 返事くらいしなさいよ」
「ああ、済まん。頭の中で店頭販売してた」
「エルマに掛かりっきりだけど、アズィが次に来るのってもうすぐじゃなかった?」
「そうだな。色々期限が増えてきたから、一度整理するか」
この世界では、連絡なしに予定が平気で日を跨ぐ。
スケジュール管理は難易度が高く、リズムを狂わされると覚える方もおざなりになりがちだ。
---
まず、アズィは明日来る。
スケジュールを詰めて、俺は30日後にここを発つ。
次に、マリオは10日後に手紙を読む。
返事が届くのは20日後。
さらに、エルマは審問待ち。
リッカの話だと、追放は俺の出発と同時期。
「アズィが来るのは明日だった」
「そう」
リッカと俺の砂時計が設置される日。
審問官たちが来て、囲いの競りも始まる。
バタバタしていたら、あっという間に日は過ぎるだろう。
「とにかく今は、目の前のことを疎かにしないよう過ごすよ」
「そうね」
---
翌日は小雪がちらついた。
身動き取れないほど雪が永遠に続けば、俺の憂鬱も少しは軽くなるのだが――
その憂鬱の筆頭は、今日も馬に乗ってやってきた。
---




