68.折り合い
俺は50mほど先の木立ちの端を撃った。
幹が砕け、雪煙と木片が舞い、次々と倒れていく。
その光景にアズィは目を見開き、口を半開きにしたまま固まった。
さらに、アズィの足元近くを撃ってやると、
雪と泥が雨のように降りかかり、
さすがにキレるかと思ったが――
尻もちをついたまま、アズィは歓喜に震えた。
「凄え! 凄えなお前!」
ホームランを打った選手を迎えるみたいに、
バシバシと俺の肩や背中を叩いてくる。
「喜びは本物の感情なんだな」
「当たり前だろ。俺は無感情じゃねえ」
その言い方が妙に自然で、逆に不気味だった。
きっとこいつは、
“感情”というものを頭の中で分解し、
必要な時だけ引き出しから取り出すように扱っている。
「しかし、お前、よく俺に従ったな」
「どっかで折り合いをつけなきゃ、死ななくても苦しむだけだからな」
「いいぜ、その考え方」
アズィは泥を払って馬に乗り、
今度はゆっくりと歩かせた。
俺も並んで無言で練兵場へ向かう。
しばらくして、アズィが口を開いた。
「お前は俺の護衛じゃねえんだから、好きに喋っていいんだぜ?」
俺は答えない。
「その沈黙は迷いだろ。……当ててやろうか?」
「……」
「牢のクソガキのことで何か相談があるんだろ? さっさと言えよ」
「オーケー、あんたはなんでもお見通しだ」
「救ってくれと言うなら話は終わりだ」
「……あんたにはどうでもいい存在だからな」
「それもあるが、村の掟を尊重してるからだ。乱せば乱れる」
アズィが“掟”なんて言葉を使うのが意外だった。
だが、こいつの本心は分かっている。
力で押さえつけるより、
“公正さの演出”で支配した方が効率がいいと知っているだけだ。
「頼みは、手紙だ」
「道具屋に聞いてたやつか。……計画を話してみろ」
アズィが興味を持つのは、
俺の善意でも、エルマの未来でもない。
ただ“利害”だけだ。
だから、エルマとマリオを繋げるメリットだけを淡々と話した。
「まあ、考えた方だな。
お前は村とは対立しない。
クソガキには、これまでの迷惑料代わりにチャンスをくれてやる」
「そうだ」
「それもお前の折り合いってやつか?」
「バランスが悪いものは、どうにも気になる性分なのかもな」
アズィは喉の奥で笑った。
「ハハハ、本気で正義の味方じゃねえのがお前らしい。
明日の朝取りに行くから、用意しとけ」
「なんだよ、随分あっさりじゃねえか」
「どうでもいい事でお前をいびって、俺になんか得はあるか?」
「ない」
「だろ?
お前が出した結論は、その状況なら合格点だ。
何より――俺の予想を外した“折り合い”ってのが気に入った。
それで納得しろ」
アズィはそう言って、また馬を進めた。
その背中にすら、目が付いていそうな気がして俺は見透かされないよう黙々と進んだ。
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練兵場に戻ると荷馬車が待っていた。
拾われた場所で降ろされ、
村まで歩く間、
俺はずっと考えていた。
――俺は何の実験をされているんだ?
アズィの言葉、態度、沈黙、笑い方。
どれも“人間の形をした何か”のようで、
答えは出なかった。
俺はわざと残雪を踏みしめ、その下に地面があることを確かめながら村に戻った。




