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『異世界アンチノミー ――翼神の箱庭――』  作者: めざしと豚汁


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67.サイコパス

練兵場に向けて歩き出し、村が森の陰に隠れたあたりで荷馬車が待っていた。

兵士と思しき二人組に名を聞かれ名乗ると、無言で荷台を指された。

エルマの荷馬車の倍の速度、モズよりはゆっくり。

訓練された馬と、訓練された沈黙。

俺もそのうちこうなるのだろうか。


あっという間に練兵場に着き、中庭で待つよう言われた。

兵士たちが陣形を組み、模擬戦をしている。

その規則正しい動きは見事だが、人間味は一切感じられない。


「昼と言ったのに、えらく張り切ってんな」


背後からアズィの声。

振り返ると、いつもの笑み。

だが、目だけが笑っていない。


「最悪歩いてここまで来る想定で出掛けてきました」


兵士が近くにいるため敬語で答える。


「最悪を想定して動くのは優秀だぜ。な、兵士長?」


「その通りであります!」


兵士長の声は、訓練された犬のように無機質だった。


アズィは満足げに俺を見た。

“観察”という純粋な視線。


「ところで、お前、馬は乗れるか?」


「乗れません」


「兵士長、昼までにこいつに乗馬を叩きこめ。基本だけでいい」


「お任せください!」


いや、本当に乗ったことないんだけど。


「俺はやる事あるから後でな」


アズィが建物に入るまで、兵士長は微動だにしなかった。

その後、最高のスマイルで「さ、行きましょう」と言った。

笑顔なのに、目が笑っていない。

アズィの部下は、皆どこか“壊れている”。


---


馬は従順で、俺は一時間ほどで歩く・軽く走る・止まるを覚えた。

兵士長の伴走で丘を越え、上り下りのレクチャーを受け、厩舎に戻る。


「兵士長は、教え上手で褒め上手ですね」


「申し訳ありません!精進致します!」


いや、褒めたんだけど。


最後に乗り降りの練習をしていると、アズィがやってきた。


「だいたい終わったか?」


「はい!至らぬ点は全て私の至らなさです!」


「うむ」


アズィは兵士長に休憩を命じ、俺と二人きりになると、


「じゃあ、行くか」


と言った。


「俺は休憩ないのか」


「着いたらさせてやるよ」


アズィは馬に乗り、迷いなく走り出した。

俺は必死に後を追う。


練兵場が見えなくなるあたりでアズィは馬を止め、

近くの木に括りつけた。


「ここらでいいか」


俺は何をされるのかビクビクしていたが、

アズィはニヤつきながら言った。


「死なねえ化け物がビクつくな。降りて休憩しろよ」


その声は優しいのに、

“優しさ”の形をした刃物のようだった。


アズィは水筒から水を飲み、

俺は雪の上で弁当を広げた。

アズィは俺の行動を一切邪魔しない。

ただ、観察している。


「今日呼んだのは、お前の力を見せてもらうためだ」


アズィはゆったりと歩き回りながら言った。

その歩き方は、獲物の周りを回る捕食者のようだった。


「俺はてっきりリッカを避けてんのかと思った」


「避けちゃいねえが、村じゃできねえことだしな。

 村に迎えを出すとリッカがお前を追っかけてきそうだから少し歩いてもらったが」


「なるほど。ところでアズィはここで俺に消されるとは思わないのか?」


「アハハ、それは考えてなかったぜ」


嘘だ。

この男は“自分が死ぬ可能性”を一度も想定したことがない。

今はその絶対的な自信を誇示しているだけだ。


「なあ、カゾヤマ。俺はお前の力には怯えねえ。

 前にも言ったが、お前の美点は感情に呑まれず最適を選ぶ判断力だ」


「そうでもないぜ?最近は感情優先だ」


「リッカか。初めてできた女でもねえだろ」


「それはそうだが……」


「なら、別れたところでお互いそれなりに生きてるくらい分かってるだろ?

 愛なんざお前が言った通り感情だからいつまでもは続かねえ。

 死ぬまでお前を愛するとか言って結婚して、不貞やら不和で別れるのが愛の正体だ」


「ハハ、アズィは女にひどい目にでも遭わされたのか?」


綻びが見えたと思ったが――


「俺は子供の頃から、感情は判断を誤る毒だとしか思ってねえ。

 特に恋心とは無縁でな。好かれたところで病人にしか見えねえよ」


その言葉は、あまりに自然で、あまりに冷たかった。


「リッカはどうなんだ?随分大事にしてるように見えるが?」


「そんなこと聞いても弱みにはならねえぞ?」


「ただ不思議に思っただけだ」


「人間を育ててみたかっただけだ。

 偽りの感情で育てたらどう育つか。

 結果、お前が惚れるような女になった。

 お前らが必死になる“愛”が言うほど必要でもねえ証明ができて満足してるぜ」


「……」


「お喋りが過ぎたな。気休めに言っとくが、

 俺はリッカの親父役をやめる気はねえ。

 死ぬまであいつを保護して、観察し尽くす。

 どうだ、安心したか?」


安心なんてするわけがない。

この男にとって“保護”は“支配”の別名だ。


「まあいい。お互い忙しい身だ。

 やることやって、とっとと戻ろうぜ」


アズィに心はない。

あるのは、どこまでも静かで、どこまでも冷たい――

支配という名の狂気だけだ。


---

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