64.手札
俺はリッカの部屋で夕食を採った。
今回はちゃんとベーコンの入ったクリームニョッキ、塩茹でした根菜、そしてトーチにもらったチーズで作った疑似チーズケーキも用意した。
「機嫌を取ろうと随分頑張ったわね」
「うまくいって良かった」
「それで、エルマのことは気が済んだ?」
「いや、明日も様子を見に行くよ」
「情に流されないで」
「村の決定は乱さない。ただ、このまま追放されるのは気に入らない」
「気を晴らしたいなら私を好きなだけ責めたらいいよ。私も罰を受けるべき立場だもの」
「……少し考えがある。エルマが外で生きていける知恵を授けようと思う」
リッカは暖炉の前に腰掛ける俺に跨がってきた。
拒絶しようとしたが、諦めた。俺はリッカが好きなのだ。
「聞くわ」
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俺はリッカにバームの話をした。
エルマはハーブに詳しく、俺のバターの製法と組み合わせれば商売になる。
旅の途中での評判も伝えた。
「ふーん、美人の運び屋さんの唇は気にしたくせに、私にはしないのね」
最初の牢の会話でモズを褒めたことを覚えていたらしい。
「俺が生きていく切り札だったんだ。簡単には見せられないって」
「冗談よ。でもね――」
リッカは真顔に戻った。
「教えたところでゴイたちの財産は全部取り上げられるから、始めようがない。
例え始められたとして、後ろ盾がなきゃ、利用されて製法を盗まれて捨てられるだけ。
残念だけど兄妹は救えない」
「アズィにでも……」
「無理よ。あの人に情なんてないのは分かってるよね?
利用価値がなければ、同じ部屋で息をするのも嫌がるような男よ」
「……」
「あなたが何かしようとする気持ちは分かる。
うまくいかなくても、あの兄妹の気持ちが救われるのも分かる。
でも私は、あなたが足掻いてがっかりする姿は見たくないの」
「分かった、もう少し考えてみる。帰るよ」
「ダメ。私にはしっかり情をかけなさい」
リッカに抱きしめられ、俺の決意は基礎工事からやり直しになった。
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リッカの家から戻り、宿に食器を返すと奥さんが肘で突ついてきた。
「うちもお得意様を逃がすのは惜しいけど、そろそろだねえ」
「まだ少し先だよ」
俺が村を出る話が広まったのかと思ったら、奥さんは俺とリッカが暮らす話をしていた。
慌てて否定する。
「あら、そうなの?」
「はい、だから変な噂は広げないでください」
「叶わぬ恋に破れし姫の涙は〜、雪をも溶かし〜、静かに旅人の道を拓くぅ、だが歩みを速める旅人には気付く由もなかった〜」
奥さんが吟遊詩人の真似事を始めたので、逃げるように部屋へ戻った。
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薪ストーブに火を入れ、布団に包まりながら考える。
俺にコネがあるとすれば――
- マリオ
- 宿の爺さん
- 修道院
修道院は受け入れるだろうが、エルマにとってはただの地獄の模様替えでしかない。
爺さんに養子を押し付けるのも忍びない。
「マリオだな」
バームの価値を理解しているし、ヤギ乳バターの優位性も知らない。
エルマのハーブ知識で差別化もできる。
ゴイは猟師やキノコ狩り、最悪鉱山もある。
問題は――
「連絡手段だな。マリオが雇う保証がなきゃ行かせられない」
エリンヒャは雪に覆われている。
手紙を出しても返事は何か月も先。
その前にエルマも俺も追放される。
「また袋小路か」
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部屋は暖まったが、そろそろエルマに食事を届ける時間だ。
冷たい牢を想像し、カイロ石を持っていくことにした。
薪ストーブに石を放り込み、商店で石袋を買う。
ダメ元で店主にエリンヒャへ最速で行く方法を聞いたが、
「軍の早馬でも十日はかかる」と言われた。
都合よくはいかない。
目先の役目を果たすため、宿に戻り食事を持って牢へ向かった。
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