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『異世界アンチノミー ――翼神の箱庭――』  作者: めざしと豚汁


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64/116

64.手札

俺はリッカの部屋で夕食を採った。

今回はちゃんとベーコンの入ったクリームニョッキ、塩茹でした根菜、そしてトーチにもらったチーズで作った疑似チーズケーキも用意した。


「機嫌を取ろうと随分頑張ったわね」


「うまくいって良かった」


「それで、エルマのことは気が済んだ?」


「いや、明日も様子を見に行くよ」


「情に流されないで」


「村の決定は乱さない。ただ、このまま追放されるのは気に入らない」


「気を晴らしたいなら私を好きなだけ責めたらいいよ。私も罰を受けるべき立場だもの」


「……少し考えがある。エルマが外で生きていける知恵を授けようと思う」


リッカは暖炉の前に腰掛ける俺に跨がってきた。

拒絶しようとしたが、諦めた。俺はリッカが好きなのだ。


「聞くわ」


---


俺はリッカにバームの話をした。

エルマはハーブに詳しく、俺のバターの製法と組み合わせれば商売になる。

旅の途中での評判も伝えた。


「ふーん、美人の運び屋さんの唇は気にしたくせに、私にはしないのね」


最初の牢の会話でモズを褒めたことを覚えていたらしい。


「俺が生きていく切り札だったんだ。簡単には見せられないって」


「冗談よ。でもね――」


リッカは真顔に戻った。


「教えたところでゴイたちの財産は全部取り上げられるから、始めようがない。

例え始められたとして、後ろ盾がなきゃ、利用されて製法を盗まれて捨てられるだけ。

残念だけど兄妹は救えない」


「アズィにでも……」


「無理よ。あの人に情なんてないのは分かってるよね?

利用価値がなければ、同じ部屋で息をするのも嫌がるような男よ」


「……」


「あなたが何かしようとする気持ちは分かる。

うまくいかなくても、あの兄妹の気持ちが救われるのも分かる。

でも私は、あなたが足掻いてがっかりする姿は見たくないの」


「分かった、もう少し考えてみる。帰るよ」


「ダメ。私にはしっかり情をかけなさい」


リッカに抱きしめられ、俺の決意は基礎工事からやり直しになった。


---


リッカの家から戻り、宿に食器を返すと奥さんが肘で突ついてきた。


「うちもお得意様を逃がすのは惜しいけど、そろそろだねえ」


「まだ少し先だよ」


俺が村を出る話が広まったのかと思ったら、奥さんは俺とリッカが暮らす話をしていた。

慌てて否定する。


「あら、そうなの?」


「はい、だから変な噂は広げないでください」


「叶わぬ恋に破れし姫の涙は〜、雪をも溶かし〜、静かに旅人の道を拓くぅ、だが歩みを速める旅人には気付く由もなかった〜」


奥さんが吟遊詩人の真似事を始めたので、逃げるように部屋へ戻った。


---


薪ストーブに火を入れ、布団に包まりながら考える。


俺にコネがあるとすれば――

- マリオ

- 宿の爺さん

- 修道院


修道院は受け入れるだろうが、エルマにとってはただの地獄の模様替えでしかない。

爺さんに養子を押し付けるのも忍びない。


「マリオだな」


バームの価値を理解しているし、ヤギ乳バターの優位性も知らない。

エルマのハーブ知識で差別化もできる。

ゴイは猟師やキノコ狩り、最悪鉱山もある。


問題は――


「連絡手段だな。マリオが雇う保証がなきゃ行かせられない」


エリンヒャは雪に覆われている。

手紙を出しても返事は何か月も先。

その前にエルマも俺も追放される。


「また袋小路か」


---


部屋は暖まったが、そろそろエルマに食事を届ける時間だ。

冷たい牢を想像し、カイロ石を持っていくことにした。


薪ストーブに石を放り込み、商店で石袋を買う。

ダメ元で店主にエリンヒャへ最速で行く方法を聞いたが、

「軍の早馬でも十日はかかる」と言われた。


都合よくはいかない。


目先の役目を果たすため、宿に戻り食事を持って牢へ向かった。


---


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