63.牢の中のエルマ
次の日、書類と格闘するリッカを訪れ、牢に入れられたエルマと話したいと持ち掛けた。
案の定リッカは怒り始めたが、俺がジェイから話を聞いていること、ただ話すだけだと説得し、食事を届ける役をもらって今は牢の前にいる。
牢番はいなかったが、薪ストーブはついていたので、カイロにしていた石を放り込み、エルマの食事を見守った。
「兄さんに頼まれたの?」
「いや、ここは俺にとって馴染みの場所なんだ。だからここで過ごすとどんな気持ちになるかを知ってる。だから、話し相手になりに来ただけだよ」
「……」
「マールに無理やり迫られたのか?」
「……私が悪いって決まってるみたいだから、どうでもいいよ」
「俺はよそ者だから口は挟めない。だが、ここで惨めな思いをしているエルマに構わず寝られるほど割り切れない。……あれ、俺が話したいだけなのか?」
「……私なんか放っておけばいいよ」
「そう言わずに少し話そうぜ。稼いでたのは、生きるためか? それともやりたいことでもあるのか?」
残酷だが、反発から会話のきっかけを引き出そうとグイグイ攻める俺に、追い払う気力も失せたのか、一瞥してポツリと口にした。
「……それがないから出たいのよ」
「なるほど。外にはあるのか?」
「私たちは所詮、神様の箱庭の飾りなの」
「どういう意味だ?」
「ここに村を作ろう。役割から逃げ出せないよう、ささやかな暮らしをさせておこう。苦難に耐えたら次はいい事づくめの人生と思わせておこう」
「だから神様の思い通りにはさせないってか」
「そう。それで神様が怒るなら好きにすればいいよ。ロバにされたって、今と大して変わらないよ、きっと」
もはや神を信じているのかいないのかよく分からないが、彼女の境遇からすれば、あながち間違ってはいない。
キャリアアップなど存在せず、村の一部として一生を終えるのが当たり前の社会で、何も持たない者が勤勉なだけで成し得ることなどないのだ。
「ゴイに村を出る相談をしたことはあるのか?」
「ないよ。黙って出るつもりだったし」
「分かった。ここだけの話で忘れるよ」
エルマは訝しげな顔をしている。
「ああ、兄妹愛について説教するつもりはないって意味だ。村を出たい理由も間違ってるとは思わない。秘密で脅かすつもりもない」
――誰かと違ってな。
予想外の応えに言葉を詰まらせたのか、しばらく沈黙が続いた。
「変わり者って言われない?」
「なんだよ、失礼だな」
「だって私の言ってることが間違ってないなんて……正直、自分でも正しいなんて思ってないし、そのためにやってたことも……」
「別に恥じる必要なんかない。エルマは置かれた状況でベストを尽くしたと思ってるし、半分はゴイのためなんだろ?」
「……違うよ。私がそうしたかっただけ」
わずかな空白。
その数秒が、彼女の嘘を饒舌に物語っている。
理不尽なことに、エルマは父親の死とゴイの怪我に責任を感じているし、ゴイはエルマを守れなかったことを悔やみ続けている。
恐らくエルマはゴイを見捨てることで互いを解放しようとしている。
誰も理解しないままではあまりに報われない結末に、思わず口にしてしまったが、追及する意味はない。
「違ったか。俺もまだまだだな」
エルマは不意に立ち上がり、天を仰いだ。
「あー、なんだか調子が狂う」
エルマが初めて感情を見せたことに喜んだが、傍観者でしかないことに罪悪感を覚えた。
また沈黙が続き、やがてエルマが口を開いた。
「前にロバを道具と言ったよね?」
「ああ、名前をつけない理由だったな」
「私は名前があるけど、私も道具だった」
売られた話しか。
本人から改めて聞くのは耐えられそうになかったから、悪いが躱させてもらう。
「今からロバの名前を考えようか」
俺が話題を避けたのに気付き、
「それも知ってるんだ。カゾヤマもこんなところに居ても腐るだけだよ」
「同意はするが、外も似たようなもんだったな」
「逃げ出したところで別の箱庭か…私は今まで何をしてきたんだろう……」
ポロッと漏らした本音が、エルマの微かな希望を踏み潰してしまった。
ホスピタリティ回復不能。
蝋燭が燃え尽きようと微かな音を立て揺らめき、長居を知らせた。
「ごめんな。実は誰かを慰めたりするのは下手なんだわ」
「カゾヤマには一生無理」
「明日はもっと上手くやるさ。そろそろ行くよ」
「来なくていいよ。私に関わると村に嫌われる」
「子供に気を遣われるのは勘弁願いたいね。またな、エルマ」
「子供って……好きにすれば」
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