60.いつも通り
寒さで目が覚めた。
息を吸うたびに胸の奥がきゅっと縮むような冷たさで、
布団から顔を出すと、窓の向こうは一面の銀世界だった。
昨夜と同じはずの村が、
まるで別の場所に変わってしまったように静かで、白くて、
音という音が雪に吸い込まれている。
いつも通りリッカと朝食をとり、
いつも通り仕事に向かうリッカと別れ宿に戻る。
その“いつも通り”が、
あと四十日で終わるのだと思うと、
胸の奥に小さな氷柱が刺さったような感覚が残った。
今は宿の布団をマント代わりに肩にかけ、
窓の外の白い景色をぼんやり眺めている。
きっと今日の狩りは中止だろう。
熾になっていた薪ストーブに薪をくべ、
火がゆっくりと赤を取り戻すのを見届けてから階下へ降り、
茶を淹れて体温が戻るのをじっと待っていると、
店主が声をかけてきた。
「例の料理は、うちの名物にさせてもらっていいかな?」
「ああ、だが他所の街のことは知らないから、
もしかしたら名物にはならないかも」
「ここらで見たことなきゃそれでいいんだよ。
あんた、案外細かいこと気にするんだな」
情報の海にどっぷり浸かって生きてきた俺の価値観は、
この世界では“余計な荷物”になる。
そのことを逆に教えられ、俺は肩をすくめた。
*
部屋に戻ると、
広場で子供たちが雪遊びを始めたのか、
木窓越しに歓声が聞こえてきた。
雪の白さは、
人の声をやけに遠く、やけに近く感じさせる。
今日も引きこもろうかと考えたが、
暇に任せて思い詰めるのが関の山だ。
白銀の村に出ることにした。
外に出ると、
雪はまだ細かく降っていて、
空気の粒が光を含んで舞っているようだった。
「おい、カゾヤマ!」
聞き慣れた声に呼び止められた。
「トーチ、おはよう」
トーチは子供たちに混じって雪遊びをしていたらしく、
マントは雪まみれで、髪にも雪が張り付いている。
「具合はどうだ?」
「もう傷は乾いたよ。囲いはどうだ?」
「いつも通り……と言ってもわからんか。
この調子なら冬はどうにか越せるだろう」
「猟のない時期は何をしてるんだ?」
「家の修理や油搾りだな。
俺はかみさんの牧場があるから、そっちの手伝いもする」
「ロガたちは?」
「あいつらは行商の護衛に出るか、街道作りに出稼ぎだろうな」
「そうか」
「ロガといえば、お前さん、またやつを凹ませたらしいな」
「どうだかな。尾ひれのついた噂だ」
物言いがついて無効試合になりかけている身としては、
確定させられない。
「なんだよ、頼りねえな。よし、作戦会議でもするか」
「やめてくれよ」
俺の表情を見てトーチは察したのか、
「まあそれは冗談として、
昼にあいつらと酒盛りするからカゾヤマも来いよ」
と、少し柔らかい言い方に変えてきた。
「分かった、後で行くよ」
*
トーチと別れ、
酒くらい持っていくかと、
新しい足跡をつけながら中心地へ向かった。
雪を踏むたびに、
ぎゅっ、ぎゅっ、と乾いた音がする。
この村に来てから、
季節の音をこんなに意識したのは初めてだ。
雪は、
世界の輪郭をぼかし、
人の心の輪郭を逆にくっきりさせる。
四十日後、
俺はここを離れる。
その事実が、
雪の白さの中でやけに鮮明に浮かび上がった。
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