57.無口な少女
翌日から狩りが再開した。
俺は囲いを楽しみにしていたが、危険で足手まといだと外され、ゴイとキジ猟に出ている。
貴族に高く売れるキジも、村の大切な収入源なのだ。
猟をこなし、リッカと夕食を共にする毎日が過ぎ、五日ほど経ったある日、俺は怪我をした。
「か、カゾヤマさん、だ、大丈夫ですか!」
俺は古いウズラ猟の罠――落とし穴にはまり、転倒したはずみに枯れ木が手首を切り裂いてしまった。
幸い血管は外れたものの、かすり傷では済まず、急いで村に戻り麻酔なしで数針縫うことになった。
元の世界ではあり得ない荒療治に耐えられるわけもなく、俺は顔が沼になるくらい色々なものを噴き出し、今は事務局の脇の簡易ベッドで静養中だ。
「死ぬかと思った」
「その程度で死ぬわけないでしょ」
俺はリッカの肩口に大きな縫い跡があるのを思い出し納得したが、ついでに良からぬ妄想が始まり、ジロジロ見ているのをリッカに気付かれ睨み返された。
「今日はきっと熱が出るから、うちに泊まっていきなさい」
「はいはい」
疼きが収まらず万能ムースが恋しかったが、ゴイにバレるから使えないし、こちらで生きていくと決めた以上、理を外すようなことはしたくない。
リッカの予告通りその晩は熱が出るかと思ったが、そうでもなかった。
エリが“病にはかからない”と言っていたが、怪我と病気の境界がいまいちわからない。
どうせ考えても無駄なのでさっさと眠り、翌朝俺は猟に出ようとしたが、リッカが代理で出ると聞かなかったため、結局折れた。
「朝食がてら散歩でもするか」
俺は村の中心地に向かい、またジャムを塗ったピタを買い戻ろうとすると、後ろから荷馬車の音が聞こえてきた。
振り返ると見たことのある顔――ゴイのところにいたロバで、御者はゴイの妹だ。
「おはよう!……」
そういえば名前を知らなかった。
少女は軽く頭を下げ通り過ぎた。
俺は咄嗟に今日の予定を決め、荷馬車を追った。
「乗せてもらっていいか?」
「え?……別に」
シャイなのか、不審者だと思われたのか分からないが、馬車を停めたということはOKなのだろう。
「ゴイの妹だよな? 俺はカゾヤマ」
「……知ってる」
会話が続かない。
「名前聞いてもいい?」
「……ルマ」
「ベルマか、街と同じ名前だね」
「エルマ……」
はい、アプローチ失敗。
「エルマか、良い名前だ」
ハハと誤魔化しながら、
「配達かい?」
「うん……」
暗い表情で道の先を見つめたまま答えるエルマを乗せ、荷馬車はゴトゴトゆっくりと進む。
モズとは正反対のドライビングに安心はしたものの、会話が続かないのは居心地が悪い。
俺は風景に目をやり、白い山々に囲まれ、そこから吹き下ろす湿った風が池の水面にさざ波を立てる様子を見ていた。
エルマは相変わらず無言で、度々ロバに鞭を入れている。
「ロバの名前は?」
「……ないよ」
「大事にしてるみたいだけど」
「道具だし……」
もしかしてこの世界って辛辣な物言いが標準なのか?
コミュニケーション難易度ハードモードのまま、ロバはトコトコと歩む。
また沈黙が続いたが、エルマも気まずいと思っていたのか、ついに彼女から口を開いた。
「あの……兄のことありがとう……」
「むしろ世話になりっぱなしだから、礼を言うのは俺の方だ」
「そう……」
「エルマの仕事は配達だけ? あ、花壇の手入れもか」
一瞬ピクッとしたが理由は分からない。
“人のやることをいちいち見てんじゃねえ”と思ったのかもしれない。
「普段は畑……たまに配達」
「そうなのか。リッカが言ってたけど、ドライフラワーも作るんだって?」
「うん……草や木は好き……」
村には近い年齢の子供は大勢いて、双子の行列で集まってはしゃぐ光景は目にしていたが、そこにエルマを当てはめても、しっくり来なかった。
彼女は、いわゆるボッチ気質なのだ。
やがて大きな建物が姿を現し、聞こえてくる号令や怒号から、目的地が練兵場なのが分かった。
「ついて来てなんだが、手がこれで」
荷はエルマの手にも余る大きさだが、俺はトーチのようにはいかず、エルマに詫びた。
「いい……大丈夫」
荷馬車が倉庫に通されると、屈強な男たちが待っており、またたく間に荷を降ろした。
エルマを好奇の目で見ている男たちの気持ちは理解できるが、保護者気分の俺は早く立ち去りたかった。
「よし、帰ろうぜ!」
何もしていないが威勢だけいい俺に頷き、エルマと俺は帰路についた。
村に戻ると事務局の前にリッカがいて、荷馬車に気付いて不機嫌そうにこちらを見ている。
荷馬車を飛び降りてエルマに軽く手を振り、リッカのもとに歩いていくと、
「怪我人がいいご身分ね」
と静かにお気持ちを表明された。
「済まん、でも変な想像はするなよ」
「してない。でも良くないから止めて」
「悪かったよ」
「あなたが思ってるようなことじゃないの。言いにくいんだけど、村人の前でエルマとなるべく関わらないで」
「なんだよ、それ」
「この話はおしまい。宿に戻って」
リッカはそう言うと、事務局に戻っていった。
やきもちか?
---




