56.受身の覚悟
ロガの賭けに二度目の敗北を与えた翌朝、気恥ずかしさから寝たふりをしていた俺を起こすでもなく、リッカは仕事に出た。
事務局に人々が出入りし始めたのを見計らって出ようとすると、リッカが小さく弓を射るポーズをして笑った。
俺はそのまま露店に向かい、焚き火にあたりながらベリージャムを塗ったピタを食べ、茶を飲んだ。
「さて、カタをつけるか」
最終日らしく市は賑わっていたが、路地の行列はまばらだった。
小一時間待ち、建物に入ると、二つ並ぶ部屋のドアに「宣教師ジラ」「宣教師エリ」と書かれた木札が掛けられており、俺はエリの列に並んだ。
さらに小一時間待ち、俺の番が来るとエリが出迎え、木札を外して部屋に招き入れた。
「決心がついたのですね?」
ジラの方に並ばなくて良かった。
「ああ、今を受け入れることにしたよ」
「そうですか。私としては新たな知識に触れられず残念ですが、それは本来の役目ではありませんから、どうぞお気になさらず」
「少し質問していいか?」
「もちろんですとも」
「教会は、どうすりゃ満足するんだ?」
「再生者の定着」
急にエリから人間味が消え、検索結果の文字列のような無機質な答えに俺はゾクッとした。
「……と、翼神様からお言葉を賜っております」
ニコリとするエリは元通りだが、僅かに声のトーンが落ちたような気がした。
「もしかして、聞いちゃダメなやつだった?」
「私にそのような制限はございません。知りうる限りで再生者様にお応えするのが私たちの役目ですよ?」
気のせいだった。
「大人しく生きろはいいが、いつか生きるのに飽きて気が狂いそうだな」
「いえ、それは観測されておりません」
観測? いや、脱線するな。
「それはどういうことだ?」
「人間には寿命というものがあります。老いからは再生者様も逃れられませんよ?」
「え! 寿命あるの?」
「もちろんですとも。ただ、カゾヤマさんが不老不死を夢見るお方でしたら心を砕いてしまい申し訳ございません」
「いや、そうじゃないが……病死するのか?」
「いいえ、再生者様は肉体的な病にはかかりません。ですが、齢六十前後で必ず次の生に旅立たれます」
老衰にしては早いが、双子からすれば“そういうもの”なのだろう。
「どこかで生きている、はないか……」
教会がそう認知しているということは、間違いないということだ。
「死を恐れますか?」
「そりゃ怖いさ。例えやり直しがあっても、人間はそういう風にできている」
「そのようですね。私は翼神様が次の生をお与えになるのですから恐れてはいません」
そもそもこいつらに生命などあるのか?
「本能だけじゃない。くだらない人生だと思ってても、いざとなったら積み上げたものを失くすのを惜しむものさ」
「分かりかねます。私は――」
「ああ、分かんなくていいから。何でもかんでもどっちが正しいとか結論出そうとするな」
「かしこまりました。今後は“そういうもの”として認識いたします」
「とにかく俺は今を受け入れて生きる。寿命が知れてやる気が出たわ」
「私は初めてお役に立てたのですね。カゾヤマさんの健やかなる人生をお祈りいたします」
「あと、二つだけ質問がある」
「なんなりと」
「さっき“観測”と言ってたが、それはお前らが知識を得るためのものなのか、それとも役目なのか?」
「役目のために知識を得る。再生者様から、そうした関係性は“因果”と呼ぶと教わりましたが、カゾヤマさんはご存知でしょうか?」
「理解した。最後の質問。肉体的な病にはかからないと言ったが、心の病、狂った人間はどうしてるんだ? 力を暴走させてもお前らは手を出さないのか?」
「そうした場合は教会が保護しております。こちらは大司教様がお決めになりました」
「分かった。以上だ」
消えた再生者の謎が解けた。
「私たちは明日ここを発ちますが、いつかまたお会いできる日を楽しみにしております。ジラにも会っていかれますか?」
「いや、結構だ」
俺は建物を後にして宿に戻った。
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