50.ニョッキと宣教師
翌日の宿は賑やかだった。
茶を取りに階下へ行くと、隊商のリーダーらしき男と宿の主人が料金を巡って熾烈な戦いを繰り広げていた。
俺はその脇をそっと通り抜け、ストーブのヤカンから茶を淹れて部屋に戻った。
窓から露店を眺めていると、ふと鮮やかな赤が目に入った。
「唐辛子だ」
目をこらすと、他に黒胡椒やニンニクも並んでおり、村人が次々と買い求めていく。
元の世界の中世では胡椒は金と同価だったらしいが、こっちではそうでもないらしい。
露店を眺めているうちに色々な料理を想像し始めた俺は、引きこもる予定を変更して露店へ向かった。
広場を横切ると、路地には宣教師と話すための行列ができており、大半は村の女性だった。
これなら宣教師にしばらく会うことはないだろうと安心し、露店で物色を始め、唐辛子・黒胡椒・何かわからない乾燥ハーブを買った。
それから肉料理屋に寄ってベーコンを少しだけ分けてもらい、レシピを思い浮かべながら宿に戻った。
厨房を借りようとしたが昼時だったためすぐには無理で、皿洗いと引き換えに午後に使わせてもらう約束を取り付けた。
*
そして現在、俺は捏ねている。
茹でて潰した芋と小麦粉を捏ねて、ニョッキを作っているのだ。
途中、俺の様子を見に来たリッカを捕獲し、彼女は隣でニンニクの皮を剥き、唐辛子を刻んでいる。
俺は沸かした塩水にニョッキを投入し、フライパンに油を注いで刻まれたニンニクと唐辛子を投入。
茹で汁を加え、塩で味を整え、静かに混ぜながら乳化を見守った。
茹だったニョッキをザルですくってソースと和え、買ってきた黒胡椒とハーブを散らす。
ニョッキ・ペペロンチーノの完成だ。
「いい香り、早く食べよ?」
がっつくリッカに皿を渡し、俺は同じ作業を繰り返して宿屋の夫婦にも振る舞った。
「うめえじゃねえか、後で作り方教えてくれよな?」
「いいよ。芋と小麦粉の代金はそれでチャラにしてくれ」
リッカがおかわりを要求し、そこから店主と奥さんに即席の調理教室が始まり、クリームソースのニョッキも伝授した。
「カゾヤマにも意外な才能があるのね」
「意外ってなんだよ」
「とにかく美味しかった。また作ってね」
“今度は私が作ってあげる”と言わないのはリッカらしいが、俺は厳しい。
ホスピタリティマイナス採点。
*
片付けが終わる頃には夕方になっていて、隊商が宿屋にぞろぞろと入ってきた。
俺は部屋に戻り、寝転がって久しぶりの調理に満足していた。
やがて階下が静かになったので茶を取りに降りていくと、コスプレイヤーのような双子に出くわした。
例の宣教師か。
整った中性的な顔立ちに銀髪。
薄いグレーの法衣には黒地に銀糸の縁取りが施され、微かに灯りを反射する生地はベルベットだろう。
ゲームやアニメなら地味なファッションだが、リアル寄りのこの世界の村では異様と言ってよいほど浮いている。
俺は軽く頭を下げ、さっさと退散しようとしたが、双子は俺に近づき、
「せっかくですから、少しお話をしましょう」
と、同じ顔が同じ微笑みを浮かべながら声をかけてきた。
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