42.王の目
アズィは相変わらず笑顔を崩さず、
「リッカ、そういうわけだから部屋に戻ってろ」
と淡々と告げた。
リッカは逆らうでもなく立ち上がり、ドアを閉める間際に一瞬心配そうに俺を見た。
アズィは汗が止まらない俺に、
「おい、もう冬だぜ?」
と、からかい混じりの一言。
俺は軽口で返すどころではなく、頭の中では この男にヘタな交渉をするな と警報が鳴りっぱなしだ。
「いきなり王の目と言ったが、イセカイジンにはわかんねえか。俺たちは貴族や役人を監視する王直属の特別な警吏さ」
「…ヤマノを、知ってるんですか?」
「ヤマノ、あの小役人か。会ったことはないが、灰都の周りをうろついてイセカイジン狩りをしている。お前と宿場でやり合ったのも分かってる。もっと知りたいか?」
アズィの物言いは、まるでネットの検索結果のようだ。
腹を探るでもなく、俺の問いに答えただけで、俺から聞き出す気などないという意味が含まれている。
ヤマノがイセカイジンなのすら分かっていそうだが、「小役人」という表現から、王の目にとってはパトロン含めて何の脅威でもないのだろう。
「それで、俺はどうなるんでしょう?」
「ソレだよ。今日はどうするかを相談にきた。確かベルマを目指してたが、何かあるのか?」
「最初は世界の情報が欲しくて王都を目指してました。途中で例の事件になって、成り行きでベルマに変更しただけです」
「そうなのか。中止にして良かったな」
「?」
「ベルマは知っての通り公爵領だ。公爵の第一夫人、つまり后は敬虔な翼神教の信徒で、公爵領じゃイセカイジンなんて口にするだけでも詰所に突き出されるようなとこだぞ」
運がいいのか悪いのか。
俺がベルマで嗅ぎ回っていたら、早晩どうにかなっていただろう。
「まあ、惜しいとこまで行った気持ちは分からんでもないから、返事次第では観光くらいは連れて行ってやるよ」
「それで相談とは…」
「はっきり云うと、俺の子飼いになれって話さ」
予想通りの答えが返ってきた。
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そこからは、こちらの世界から見た俺たちの存在がとても厄介であることをアズィから聞かされた。
アズィの話を要約すると、王は灰都の伝承からイセカイジンと共存はしないと決めている。
イセカイジンが奇跡を示して民を率いたり、諸侯が囲って私兵化するのは体制の脅威となるからだ。
ただ、明確な敵意を示さない謎の神様の関係者と正面から敵対する勇気はないため、国家は対応を決めかねている段階だそうだ。
アズィは続けた。
「幸い、伝承のおかげで誰もがイセカイジンを不死の怪物だと恐れて勝手に居場所を奪っていった。ここらへんの細かい説明は要らんよな?」
イセカイジンに力を使わせない“檻”が自然に出来上がったのを幸いと言っているのだ。
ヤマノはその檻を私欲に利用したが、考え方は同じだ。
檻の怖さを身をもって知る俺は黙って頷いた。
「利用価値があると密かに囲いこむ貴族もいたが、バレた連中が不穏分子として残らず処刑されて、そのうち馬鹿なことを考えるやつはいなくなった」
「王自らが囲いこむことはなかったんですか? 例えば治癒の力なら脅威にはならないのでは?」
「その考えが、灰都を滅ぼしたって話だぜ?」
アズィは過去にイセカイジンと話をしたことがあるのだろう。
俺が知りたいことが全て分かっているかのように流暢に語り、淀みない返事を返してくる。
「お前らの神の意図が分からん以上、俺たちはお前らを絶対に信用しない。利用価値があろうと、手に余る力なんざ疫病と同じなんだよ」
「なら、何故俺を手下に?」
「お前みたいな特段危険な力は初めてなんだよ。王は戦いを覚悟しつつお前を監視することに決めた。その矢先、お前が偶然ここへやってきて大人しく牢に入ってるもんだから、思い切って腹を割って話をしてみようとなったのさ。手下ってのは、お前がどう出るか試しに言っただけだから何も考えちゃいねえ」
アズィの話に嘘はないのだろう。
これまで俺は転移者の立場からしか考えてなかったが、相手からすれば何を考えているか分からないイセカイジンなんか、元の世界なら宇宙人襲来と変わらないのだ。
アズィはしばらく黙り、俺が反論しないのを理解と受け取ったのか、満足げにヒゲを撫で、
「さて、続きは飯の後にするか」
と言い、リッカを呼びにさっさと部屋を出ていってしまった。
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