37.リッカの矜持
4日間、誰も訪ねて来なかった。
トイレや体を拭く時に牢番の爺さんが外に連れ出してくれるが、声をかけても一切無視され、そのプロフェッショナルぶりに尊敬すら覚えた。
そして現在、檻を隔ててリッカが椅子に腰掛けている。
「ようやく、ゴイから話が聞けた」
おお、目を覚ましたか。
「罠に掛かった鹿の始末にしくじって、助けを呼ぼうとしたけど気を失って、後は覚えてないって」
「で、俺の評価は変わったか?」
「ええ。どうやって手当てしたの?」
「……」
リッカは俺の鞄を調べたらしく、万能ムースを俺に見せた。万事休す。
「伝承や噂話でしか聞いたことないけど、この変なもの……あなた、イセカイジンよね?」
「ああ、そうだ」
あーあ、リポップ地獄かよ。
「あっさり言うね。拾ったとでも言うかと思った」
会話が途切れ、考え込む彼女に声をかける。
「リッカは怪物を恐れないのか?」
彼女は床を見つめながら答える。
「正直言うと、気味が悪い。でもゴイを助けた。だから先入観を捨てて話を聞くくらいの義理ができた」
「話すよ。でも、ちょっと長い話になるぞ」
俺は機関砲だけは伏せて、これまでの旅をできるだけ詳細に話した。
「ちょっと待ってね。頭がついていかない」
リッカは、教会の灰都神話の化身を目の前にして混乱している。
彼女は教会=翼神教の信者ではなく、ローカルな獣神信仰者だそうで、伝承には半信半疑の立場だ。
教会の伝承ではイセカイジンは異界からの侵略者として語られているのに、長年そんな兆候もなく、はったりだと思っている。
俺の話からすれば、本人の意志を無視して説明なしに放り出す異界の戦略など理解できるはずもない。
つまり俺と謎を共有しただけで、異世界ものを知らない彼女は俺以上に理解に苦しんでいる。
「とにかく俺は情報を集めるため、同胞を探しにベルマを目指していた」
「あなたの行動については、ほとんど納得してる。それにしても、本当に不死なんてあるのね……」
「強がってるが、実は処刑の後を考えると本当に怖い」
「ああ、審問官は手配書が回ってなければ、村の決定を承認するだけなのよ。
だからゴイや医者が変なこと言わなきゃ、村役たちも放免で済ませるはずなんだけど」
この世界があの内出血をどう診断するのかは分からないが、異常な治癒を見て俺に疑いが向く可能性はゼロではない。
リッカはムースのことを誰にも話していないようだが、このまま味方でいてくれるだろうか。
「ところでリッカは村役じゃなきゃ、何者なんだ?」
「え? 私はここの領主の三男に命じられた村のお目付け役。ホントは本人の仕事なんだけど、まあ、色々忙しい人なのよ」
「ここは公爵領じゃないのか?」
「違うよ。ここだけの話だけど、王様が兄である公爵様を警戒して、わざわざ領地を分けて練兵場を作ったの。
公爵様は交易で隣国とうまくやって力を付けてるからね」
クーデターに備えて牽制してるのか。
「だから私は大抵は好き勝手できるけど、村役の決め事には干渉できない。ある意味、よそ者なのよ」
「大人しく沙汰を待つしかないな」
「期待させるつもりはないけど、医者は首を傾げても騒ぐ様子はなかったから、なるべく口添えはしてみる」
「随分と義理固いな」
「あなたが正直に話したからよ」
セキュリティ観点だと一番大事な部分を抜かして語っているから申し訳ない気分になったが、
無駄に怖がらせたくないし、騒ぎになって血が流れるのは不条理だ。
済まんな、リッカ。
「こっちも話を信じてくれて気が楽になったよ。今のところ世界で唯一の理解者だ」
リッカは複雑な表情をしていたが、俺はこれ以上彼女に何かを背負わせたくはない。
「まあ、処刑されたら化けて出るよ」
俺にできるのは、結局のところ強がりだけだった。
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