25.モズ
俺は朝から動き始めた。
市場を巡り、やはりバターがないことを確認してからバーム作りに着手した。
宿は炊場を貸してくれなかったため、修道院に頼み込んで現在量産中だ。
腕が上がらなくなるまで瓶を振り、鍋でバームを練り上げた結果、四十ほどの小袋ができた。
修道女たちが興味津々にしていたので、帰りに院長へ手持ちの完成品を寄付した。
院長はマリオ同様、バームに可能性を感じてレシピを聞いてきたが、
この先の俺の貴重な収入源になりそうなので勘弁してもらった。
代わりに、明朝うまくできていたら全て卸す約束をして宿に戻った。
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明るいうちに地図を確認し、宿の女中に「港がある一番近い街」を尋ねると、
次の目的地は リリハラン と予測できた。
モズがどんな人物かは分からない。
あまりに世間知らずでは騙されるかもしれないし、
運び屋という素性から雑談で俺の架空の出身地をあれこれ聞かれるのは面倒だ。
王都に帰る警吏の設定はルートを外れて使えないし、
いつまでも警吏を騙るなど危ないに決まっている。
そんなことを考えているうちに日が暮れたので、
俺は宿で簡単な食事を取り、ランプの油をケチって早々に寝た。
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翌朝、修道院へ行くと、前回よりしっかり固まっていた。
蜜蝋の比率を上げたのが良かったらしく、
「早くもプロの階段を昇り始めた」と自画自賛し、鼻の穴を広げた。
朝の祈りを終えた院長を訪ね、昨夜原価計算して決めた卸値を提示すると、
院長はあっさり承諾して支払ってくれた。
宿代に少し釣りが出る程度の売上を握りしめ、露店を物色し始めた。
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翌朝。
果たしてモズは来るだろうかと考えていると、女中が俺を呼びに来た。
「カゾヤラさん、お客」
微妙に名前を間違えられ、胸の内でホスピタリティの減点をしながらついていくと、
そこに モズ がいた。
「やあ、君がカゾヤマかい?」
予想に反してモズは、元の世界と合わせてもかなりの美人の部類に入るであろう若い女性だった。
散らかったショートボブの金髪に、エメラルドの瞳。
精悍と言っていいすっきりとした顔立ち。
ゲームなら女戦士キャラ、三次元ならバレーボール選手のような長身でがっしりとした体つき。
俺はひっそり、自分の貧相さを恥じた。
「ヨーニール商会に頼んだカゾヤマです」
「会えて良かった。それで、すぐ発つかい?」
朝に到着したということは、モズは強行軍だったのだろう。
だが疲れは微塵もない。
「行先はリリハラン?」
「そうだね。私のホームは聞いてたの?」
予習しておいて良かった。
俺は首を振りながら、
「今から朝食だけど、良ければ打ち合わせしながら一緒にどう?」
最初に敬語で始めてしまったせいで、らしくない口調になっているが――
モズが美人だからじゃないぞ。
「いいね。じゃあ私はパンとスープ、あと卵二つ焼いて!」
女中が俺を見る。
「同じで」
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モズは「マリオに頼まれたから金はいらない」と固辞したが、
そんなわけにはいかず、逆価格交渉の末に白銅貨一枚を受け取った。
宿場の乗り合い馬車の料金である。
「それで、ベルマに行きたいって?」
「ああ、仕事を探しに」
「アテがあるんだね」
料理が来た。
モズはお祈りを簡単に済ませ、豪快にパンを噛みちぎった。
「はあ! 食べてる時が一番生きてるって思えるよ」
「ところで、リリハランまでは一日で着くのか?」
「夜通し無理すればだけど、あんたが急がなきゃ途中の集落で泊まる方がいいかな」
「構わないよ」
「じゃあ、慌てて出ることはないね。良かった、本当は一眠りしたかったんだ」
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俺は今日の宿代も払っていたため、モズに部屋を使ってもらい市場へ向かった。
味見させてもらったほんのり甘い煮豆を気に入り、ピタ数枚と合わせて買って宿に戻り、
女中をからかいながらモズを待った。
日が高くなり、間もなく昼に差し掛かる頃、モズが起きてきて、凛とした口調で言った。
「待たせたね。行こうか」
出発の宣言。
俺たちはリリハランに向かって旅籠を出た。
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