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『異世界アンチノミー ――翼神の箱庭――』  作者: めざしと豚汁


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22/116

22.旅籠に向けて

俺は、あることを思いつき、市場に買出しに行き、今はひたすら瓶を振っている。

別に頭がおかしくなったわけではない。

学校の実験で学んだ“即席バター作り”にチャレンジしているのだ。


振って、振って、さらに振って――

麻布で濾しを繰り返すと、ようやくカップ一杯分のバターができた。


それを持って爺さんのところへ行き、小鍋と植物油を借りる。

薪ストーブの上でゆっくりと溶かし混ぜ、そこへ蜜蝋を加える。

軽く冷ましてから、ハーブティの茶葉を練り込んだ。


最後に商店街で買った革財布――紐つきの小袋に出来上がったクリームを流し込み、

冷え固まらせるために部屋の軒を借りて吊るした。


「なにか、おいしいものでもできるのかい?」

「そいつは朝のお楽しみだ」


市場を見回ったが、バターは売っていなかった。

乳を売る商人もチーズしか知らないと言っていたから、この世界には普及していないのだろう。


「うまくできてるといいが」


軒に並んだ五つの小袋を眺め、出発に備えて今日は早く寝ることにした。


---


早朝。

木製の窓を開けると冷気が流れ込み、思わずブルッと震えた。

昨夜仕込んだ袋の感触を確かめ、中を確認する。


きれいな固形にはならなかったが、蝋状のクリームからラベンダーの香りがほんのり漂う。

――俺は成功とした。


広場にはまだ鉱夫の姿はない。

だが、野菜を積んだ荷車を引く親子や、白い息を吐きながら網を担いで川へ向かう漁師の姿が見えた。


出来上がったバームを早速見せようと階下へ降りると、爺さんが薪ストーブに火入れをしていた。


「おはよう、爺さん」

「おはようございます」

「できたぜ」


袋を開けて中身を見せると、爺さんは首をかしげた。


「これは、なんでしょうか?」

「こいつはこうして使う」


指でバームを撫で、俺は唇に塗りつけた。


「ほうほう、塗り脂ですかな」

「寒くなると唇が乾くだろ? 手荒れに塗ってもいいぜ」

「それは、旅に役立つね」

「沢山できたからひとつやるよ。昨日の礼だ。乳でできてるから臭ったら使うなよ」


爺さんは俺の真似をして唇に塗り、満足そうに微笑んだ。


「ありがとう、遠慮なくいただくよ」


---


部屋に戻って荷物を点検し、身支度を終える。

再び階下へ降りると、爺さんが最後の茶を淹れてくれた。


宿に別れを告げ、火口茸を受け取りにマリオを訪ねると、

相変わらずお節介で、母親のようにあれこれ心配してきた。


「そんで、旅籠に着いて宿が決まったら詰所にこれを預けろ。あんたの名は?」


マリオは俺の名を手紙に書き添え、それを渡してきた。


「運び屋の名はモズだ。これであんたを見つけてくれるよ」


さらに続けて、


- 街道で赤白の旗が目印のモズの馬車とすれ違ったら旅籠で待て

- 旅籠に着いてモズがまだなら、待つか諦めるかは俺の判断


と説明してくれた。


奥さんが火口茸を渡してくれたので、俺は礼にバームを差し出した。

マリオが試して興奮気味に商品化を企て始めたが、バターの作り方だけ伝授し、

別れの挨拶をして街を出た。


紅葉に染まる街道は陽に輝き、俺の足取りを軽くした。

だが、しばらく歩いて立ち止まる。


「殺風景とか言って悪かったな」


振り返り、街の輪郭を目に焼き付ける。

そして再び、晩秋の景色の中を歩き始めた。


---

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