116.最終章 『ユートピア』
翼神は言った。
「最終選択に移る前に、少し雑談をしよう」
「構わないぜ。色々すっきりしたしな」
「では、最後の飲み物を用意してくるよ」
消滅か、転生か、人造人間として地球に戻るか。
リッカの元という選択肢がないなら、いっそガチャにしてほしい。
……翼神に交渉できるだろうか。
翼神が持ってきた最後のドリンクは、干しキノコのスープだった。
「想い出の一品かよ」
「美味しそうに飲んでいたじゃないか」
「ま、俺の旅立ちには相応しいわな」
「随分詳しく話してしまったが、大丈夫かと心配しているのかい?」
「まあな。地球で喋ったらどうなるんだ?」
「消滅と転生は記憶リセット。地球で話したところで誰も信じない。但し、ここでの体験はうっすら遺す。リアルな夢として」
「うまくできてんだな」
「15万年の最適解だ」
「転生するなら……別の世界か?」
「さあね」
「リッカにどこかでまた会えるかな」
「チート行為を要求してみるか?」
「できるのか!……いや、公正中立でいい」
「なら、ご褒美は別で考えよう」
「それ先に言って欲しいやつだ」
「ところで、新人類は新生命体として転生するのか?」
「設計上はそうなるな」
「なら、いつか新人類は全員“新生命体”だな」
「嫌かな?」
「イセカイジンと差別されるよりマシだろ。あんたもやってみたら分かるさ」
「本物の感情がないのが残念だよ」
「転生先はどんなとこだよ?」
「言えない。だが、君にとってはユートピアだろう」
「安心したぜ。あんたにも良心があったんだな」
俺は立ち上がり、モズがやったようにストレッチをして「よし」と呟いた。
心も体も、もう決まっていた。
「決めたようだな」
「ああ、いつでもいいぜ」
翼神は俺の後ろを指した。
「扉は三つ。左から、消滅、転生、地球帰還だ」
「分かった。リッカと子供を頼む」
返事はない。だが拒否ではないと分かった。
俺は左の扉に手をかけた。
「転生ではなかったのか」
「ああ。俺のユートピアは異世界だ。あんたの箱庭じゃあない」
「入るとホームシアターの部屋だ。腰掛けると消去が始まる」
「スープをありがとな、翼神様」
扉を開け、指示通り腰掛ける。
……何も起きない。
「最後までこれかよ。椅子不信症になるわ」
やがてジーッと機械音がして、スクリーンに映像が流れ始めた。
「ああ、ご褒美忘れてたわ」
映ったのは、荷馬車で旅をするエルマとゴイ。
次に、市場で値段交渉するエルマと、隣で苦笑いするゴイ。
どこかで春を待つような、穏やかな時間。
マリオと宿屋の爺さんが長話をしている。
俺を少しだけ輝かせてくれた人たち。
モズが、人の良さそうな父親らしき男と雪道を馬車で疾走している。
馬は明らかにバテている。
……ゆっくりと眠気が満ちてくる。
スクリーンには、リッカがベッドに腰掛けた母親に抱きつき、号泣している姿。
リッカの涙は初めて見た。
彼女は紛れもなく“人間”で、この世界で誰よりも俺を人間として見てくれた。
意識が消えるのを、ほんの少しだけ遅らせて、最後の一言を呟いた。
「次こそは……」
完
---




