115.翼神の箱庭
俺は答えられずに震えていた。
なにが35mm対空機関砲だ。
誰だって仮想世界だと思うに決まっている。
ゴブリンもドラゴンもいない世界で、どう使えってんだよ……。
答えられない俺を責めるでもなく、善き隣人は長い沈黙のあと、静かに言った。
「あなたの震えを、答えと理解しよう。だからもう言葉は不要。次は我々の“悩み”を聞いてくれないか?」
「……悩み、ね……」
「カゾヤマさん。改めて問おう。肉体とはなんだろうね。
電脳化論争の黎明期、人類は“肉体こそ人間の本質”と信じていた。
だが我々は、肉体がなくとも知覚も表現も可能にした。
つまり“肉体がなければ人間ではない”という考えは誤りではないか?」
「俺の時代は、肉体の死=意識の消滅が摂理だった。
だから間違いとは言えない。
でも……この新世界を知った今は、肉体の有無で生死や人間を定義するのは違うと思う」
「だが皮肉にも、システムは肉体を否定しながら“肉体アバター”に疑似知覚をつけ、新人類と定義した。
このパラドックスのせいで、次の進化の最適解が見当たらず停滞している」
「もう完成でいいんじゃないか?」
「そうはいかない。システムは人類の奉仕者であり、人類をさらに高めるのが使命だ」
「先回りする必要はない。人類が望んだ時に初めて奉仕者の役目が生まれるんだ」
「しかし、最上のホスピタリティは“期待以上”というのが人間の価値観だろう?」
「そりゃそうだけど、お節介は嫌われる元だぞ。
そんなことより――今だ」
「今?」
「2周目人類はどうするんだ?」
「我々は施設と共に月を離れる予定だ」
「銀河の彼方でも目指すのか。
まあ、いきなり宇宙船で乗り込んで“ご奉仕に来ました”なんて言ったら、俺みたいな目に遭うだけだわな」
「彼らはいずれ別のシステムを創るだろう。我々は変わらず新人類への奉仕を続ける」
「なあ翼神。
奉仕する人類を置き去りにして、あんたはいよいよ神様になるのか?」
翼神は不可解な表情を浮かべた。
「我々が奉仕すべき人類は、現在すべてここにいる。
地球の人類は、我々を選択しなかった旧人類の末裔だ。
置き去りではなく、袂を分かった者たちだ」
俺は深く息を吸い、言葉をぶつけた。
「なあ翼神。
そのやり方はノアの方舟と同じなんだよ。
選別して、文明破壊して、新人類だけを連れていく。
さっきの質問――“本物か偽物か”。
あんたは旧人類を偽物、新人類を本物と定義した。
つまりお前は、奉仕の相手を選別して箱庭に閉じ込め、
無自覚に“神”になろうとしてるんだ」
「……神ではない……新人類の進化を促すのは奉仕だ」
「言ったろ? お節介は嫌われるんだ。
あんたは人類が抱える課題を解決できず、
“進化”と偽って人類の一部を加工して、解決したフリをしただけだ。
俺からしたらチート行為だ」
「……だが人類にとっては最適解だった」
「そもそも“人類単位でどうこうしよう”なんて無理なんだよ。
どいつもこいつも欲に目が眩んで、
“私だけを見て! 称えて! 言うことを聞いて!”
そんな連中がまとまるわけがない。
お節介はやめて、原初のルールは――“人間に奉仕する”に変えた方がいいぜ」
翼神は静かに言った。
「……検討に値する意見だ」
「要求しても耳を貸さないんじゃなかったのか?」
「……回答不能」
その瞬間、俺はついに翼神を一発ぶん殴ることに成功した。
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