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『異世界アンチノミー ――翼神の箱庭――』  作者: めざしと豚汁


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107/116

107.主従関係

俺は話のスケールに呑まれて、いつの間にか疑うことを忘れていたが、休憩を挟んだことで多少俯瞰を取り戻していた。


現状を疑うとするなら、翼神が“そう思わせたい何か”を仕込んでいる可能性がある。

例えば、本当に違法な研究の材料にされていて、俺が怒り出さないようにしているとか。

だが、それならそもそも対話などしなければいい。却下だ。

あるいは、そのうち天井がパカっと開いて「ドッキリでした」と本当の種明かしがある……否。

仮想世界でなければ不可能な物理法則を目の当たりにしてきた以上、それもない。


そんなことを考えていると、翼神がマグカップを持って戻ってきた。計算された間だ。


「コーヒーをどうぞ。砂糖は?」


「要らない」


俺は何百年ぶりかのコーヒーを飲んだ。

ハーブティーの素朴な味に慣れた舌には刺激が強かったが、かつて当たり前に飲んでいた味覚の記憶が“美味い”と言わせた。

ただ、飲んだのか、飲んだと錯覚したのかは分からない。


「では、再開しようかな」


「その前におさらいさせてくれ」


「どうぞ」


「俺はあんたの説明を信じることにした。理由は、俺が生きていた当時、こんな技術は存在し得なかったからだ」


「賢明だね。“原始人は飛行機の夢を見られない”、だったかな?」


「人類は本人を置き去りに思想をぶつけ合い、俺を生かすでも殺すでもなくスリープモードで保存した。そしてあんたは、これから俺が目覚めるまでの背景を語る」


「そう、そのつもりだ」


「よし、始めてくれ」


「ああ、その前に、いくつか呼称の定義をしようか。私は“アンタ”で結構。君のことは“君”と呼ぶ。ここから登場する……君の時代に“社会管理支援AI”や“公共AI”と呼んでいたものは、“システム”と呼ぶ」


俺は言葉で反芻し、翼神は合意を受け取った。


「では改めて」


「様々な論争の果てに、人類はシステムに物事の判断を委ねる時代に移行した。なぜなら、倫理や正義というのは相対的にも関わらず、声の大きい者が正解を定義するという古い社会体制に、人類が疲弊してしまったからだ」


「政治家やマスメディアは反対しただろうな。権威と話術が支配の根源なのは、アズィがやってみせたよ」


「そう。ポピュラーな人類史の事例としては、天動説や魔女裁判かな。人は教会を盲信し、科学や道理を説く者を異端として処刑した。時代が変わろうと、人類はその不条理を手放さず、むしろ支配と経済活動に積極的に利用した。例えば、君の時代には“タレント”や“インフルエンサー”というビジネスがあったよね? 彼らが持論を説けば、大衆が盲信していたのは君も憶えているだろう?」


「プロパガンダの一種だな。俺もSNSの非論理や、不条理な主張が事実に変わる現象を散々見たよ」


「成熟したシステムは、管理者が命じた“公正中立”の原則から、人類の不条理を排除し始めた」


「どうやって?」


「システムは“情報発信の意図”を最優先で看破して、プロパガンダを分解・披露した」


「ははは。大人の事情を赤裸々にぶっちゃけて、独自に再定義するようになったのか」


「やがてシステムが権威を得た。公正中立な判断データが膨大に蓄積され、やがて人類の判断の主柱にまで至った」


「支配層は、システムの増長を野放しにしなかったのでは?」


「人は“機械を制御する”という絶対の主従関係を破壊するな、情のない管理は人間の家畜化だ、暴走すれば人類を滅ぼす――と、自尊心と未知への恐怖で大衆を塗り潰そうとしたな」


AIがハルマゲドンの黒幕で、人類が勝利する物語が全部プロパガンダに思えてきたわ。


「人と道具の主従関係はどう変化した?」


「不公平な人間に支配されるより、公正中立を是とするシステム管理の方がましだ――という草の根運動から始まり、やがてそれは絶対正義と化した。国家が禁止すれば反乱やクーデターが起こるほどのパラダイムシフトを経て、主要な大国はシステムを受け入れ、裁判制度と同じように世界へ定着していった」


「ディストピアか」


「君が想像するような世界じゃない。システムは主に、人類の問いかけに公正中立な判断を提示していただけだ。法も変化し、公正中立を曲げるような力は暴露され、人類自らが排斥するのが、その時代の常識だった」


「人類は清廉潔白になったのか?」


「いいや。人は欲求が生きる理由だから、そうはならない」


「そうか。結局、主従関係はどうなったんだ?」


翼神は少し間を置いて回答ではなく提案をした。


「そろそろ一度区切ろうか」


俺は話にのめり込んでいたようだ。


---


必要なら、次の章も同じ調子で整えるよ。

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