106.邂逅
おっさんはマイペースだった。
「何回も悪いんだけど、隣の部屋で話するから移動してくれる? こっちこっち。ボクはちょっとだけ外すから、中で待っててね」
逆らう理由もなく、俺は隣の部屋へ移った。
そこは宇宙の映像が映し出されたスクリーンと、無機質な内装のボックスソファが置かれた、冷たい印象の空間だった。
俺はソファに腰を下ろし、しばらく待つ。
ほどなくして、おっさんが入ってきて、自分のデスクらしき席に座った。
「お待たせしたね。色々手間取らせて申し訳なかった」
その瞬間、おっさんの“中身”が変わった。
「ああ、アバターだから中身は変わってるよ。翼神です、初めまして」
先読みしてくる感じは双子に似ているが、砕けた言葉の裏に事務的な印象が滲む。
「カゾヤマです。おっさんの説明は聞いたけど、これは選択前の面談なんだよな」
「先に種明かしした部分は、我々にとってはオマケなんですよ」
我々、ね。
「質問からいいか?」
「どうぞ。時間はたっぷりあるからね」
「ここは異世界なのか?」
「定義にもよる。双子が喋っていたけど、カゾヤマさんの元の世界とは“地続き”みたいなものだね」
「元の世界のサーバーの中とかか?」
「君の生きた時代なら、ひとまずその理解で結構」
生きた“時代”?
「それにしてはリアルが過ぎるが」
「そこは企業努力かな」
また調子を崩される。
「さっきから俺のイメージをやたら台無しにしてくるけど、神なら神らしくしろよ」
「台無し? それは君が『神は見た目も口調も超常的存在』って勝手にルール作ってるからでしょ。台無しじゃなくて、君のエゴが勝手に傷ついただけだよ。ついでに訂正するが、我々は人類の定義する“神”ではない」
翼神すらただの設定かよ。
「なら撤回する。話の続きだが、俺は仮想世界にログインして、プログラム相手にロールプレイしてたのか?」
「君は結論を急ぎすぎだよ。対話に関心がなければ、三択に進んでもいいよ」
「地に足つかない状態で対話なんかできるかよ。俺がどこの誰かくらい知りたいだろ」
「なら、先に君のルーツを確認しようか。まず君は交通事故にあって入院した。これは記憶があったよね。その後、容体が悪化した時に、君の家族はコールドスリープ――つまり未来の医療に託す選択をした」
翼神は、俺の理解を待つように間を置く。
「そういう後付け設定は要らないから」
「困ったな。こちらは真剣に話してるつもりなんだけど……仮定でいいから受け入れてくれないかな」
まずは黙って聞け、ということか。
「遮って悪かった」
「当時、コールドスリープは裏社会の技術だった。家族は君に生きてほしくて、非合法ながらそれに賭けた。だが150年後、施設解体が決まり、管理者は当時の技術では復活させられないという壁にぶつかった。彼の倫理では無断で装置を止めることは殺人だが、同意を得るべき家族は過去の人で尊厳死も選べない――というパラドックスが発生し、苦肉の策として違法と知りながら君を電脳化、つまり“意識の転写”を生と独自に再定義した」
俺は頷き、続きを促す。
「しかし当時の社会は、本人の同意なき電脳化を禁止していた。君のようなケースを巡り大論争が起きた。一方は“電脳は複製だから、複製の同意は無効。直ちにデリートすべき”という意見。もう一方は“複製でも本人だから、同意の無効は殺人だ”という意見。その時代では結論は出ず、デリート論は封印され、電脳データもまた封印された」
「だが俺の今の存在が、時代の変化を証明している」
「その通り。だが、その説明には“人類の歩み”が背景知識として必要となる」
「そりゃまた、壮大な話だな」
「少し休憩しようか。人類の歴史はちょっと長い話になるからね」
そう言って、翼神は席を外した。
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