104.ハッピーエンド
翌朝、エリがリッカを迎えに来た。
大司教はリッカと交代で話をすると言い、俺には部屋で待つよう告げた。
「これで、お別れなの?」
「大司教様がお決めになることですので、私にはお答えいたしかねます」
「じゃあちょっと待って」
リッカは俺に抱きつき、耳元で囁いた。
「今まで本当にありがとう。私を崇めるのを忘れないで」
そう言って離れ、俺に顔を見せないようにしながらエリに連れられていった。
俺はもっと感極まるかと思っていたが、
この場所の空気には何か含まれているのか、
湧き上がる激しい感情はすぐに穏やかに鎮まっていく。
制御に不満が湧いたが、それもすぐに穏やかさに覆われていった。
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迎えに来たのはジラだった。
「役割分担が徹底しているな」
「そういうものですから」
「聞き飽きたよ」
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大司教との謁見だから荘厳な場所かと思いきや、
案内されたのは普通の会議室のような部屋だった。
ただし、大司教本人は“誰もが想像する大司教”そのものの衣装を纏い、
威厳を放つ老人だった。
まあ、システムのアバターだろう。
「保護は保留」
「は?」
「保留」
大司教は書類を眺めながら教師のような口調で言った。
俺は一瞬、自由になってリッカと再会できるのではと浮かれかけたが、
「隔離は決定」
の一言で現実に引き戻された。
「どういうことだ?」
「翼神様があなたとお話をされるそうです」
「神様が居るのか?」
「ここをどこだと思っているのですか?」
「いや、教会だけど……信仰を極めないと神様の声は聴こえないんじゃないの?」
「何を仰りたいのか分かりませんね。私は忙しいので、ジラに案内させます」
追い払うような手振りで退室を促された。
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ジラはドアの前で待っていた。
「聴いてたのか?」
返事もせず、スタスタと歩き出す。
「絶対に聴いてた」
もう“そういうもの”は卒業だ。
聖堂の大祭壇の脇の扉を抜け、小部屋――懺悔室に通された。
「ここからはお一人で。あちらの扉から地下へ降り、突き当たりのお部屋にお入りください」
「分かった」
立ち上がろうとした俺の肩を、ジラがそっと押さえた。
「私が愚弟と呼ばれるのはこういうところですね。姉さまにお話があるそうですので、そのままお待ちください。小窓が開いたらお話を聞いて差し上げてください」
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「お待たせいたしました」
小窓からエリの声がした。
「話があるんだって?」
「リッカ様には、もうお会いできません」
鳩尾に重い衝撃が走った。
「ただし、リッカ様の未来を少しだけお伝えする許可をいただきました」
許可。
エリが何かを“頼む”という発想がそもそも意外だった。
「ありがとう。続けてくれ」
「はい。まず、リッカ様の母上はこの教会にいらっしゃいます」
「え!」
再生者なら当然と言えば当然だが、完全に失念していた。
「お心を壊されたため、教会が保護しております」
「いつから?」
「それは私には分かりかねます」
聞いても仕方ない。
「会わせてやってくれるのか?」
「はい。大司教様から、力の埋め合わせとして、リッカ様と母上をこちらで保護するよう賜りました」
「保護って……リッカは?」
「ご心配なく。修道院には通っていただきますが、昨日と同じようなお部屋でお二人で暮らせるようにと」
「そうか」
「もう一つだけ、お知らせがございます」
「ああ」
「リッカ様は……ご懐妊なさっております」
「!」
「これはお二人には残酷なお話でしょうが、お伝えするのが最善と判断いたしました」
「……混乱してるが、それは悪い話じゃない……ないんだよな?」
「ご質問にはお答えできかねますので、私はこれで失礼いたします」
「ありがとう。伝えられるなら、任せたと言っておいてくれ」
「私には判断できかねますので」
「いいよ。きりがない」
「お気遣い痛み入ります。それでは失礼致します」
小窓が閉まった。
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俺は立ち上がり、ジラの指示通り階段を降り、白い廊下を進んだ。
エルマの門出。
リッカの母親との再会。
主人公でもないのに、上出来だったじゃないか。
残るは俺の結末だ。
扉の向こうの“神様”は、勿体ぶらずに種明かししてくれるのだろうか。
俺は、ボス部屋のような扉をためらいなく押した。
異世界編、終幕。
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