篠澤広を、見た。
『学園アイドルマスター』の二次創作です。
私は、僕は、分からない。
高校で習った関数の解き方も。
ボタン式電池の捨て方も。
稟議書の出し方も。
分からない。
自分が得意なことも。
自分が好きなことも。
自分が苦手なことも。
自分が嫌いなことも。
分からない。
今、何を聞いていて、何を見ていて、何に触れていて、何を感じているのか。
分からない。
自分のやりたいことが、分からない。
分からないのは、怖い。
漠然と生きているのは、恐ろしい。
少し前のこと。
世間で流行った歌のこと。
何を言っているのか全く分からなかった。
これを聴いて何を感じ取ればいいのか分からなかった。
それでも、世界中の人がそれを絶賛した。
たくさんの人がそれのために時間を費やした。
彼らは分かっているから、時間を費やすことに躊躇いがなくて、何度もそれを聴いて、その度に喜びを覚えているのだろうと、思っていた。
きっと、それを歌っている人間は、世界で一番色んなことを分かっていて、博識で、聡明で、自信に満ちているに違いないのだろうと、思っていた。
分からないがない、何も怖くない。
全知全能。まさしく女神のような。
そう思っていた。
それからしばらくして、相変わらず何も分からない自分は、ぼんやりと電子の海に浮かんでいた。
知らない人の、知らない日常。
知らない曲の、知らない踊り。
そして、またあの歌が流れてきた。
歌っているのは少女だった。
それは、今日配信されたライブ映像だった。
ステージの上で、女神が微笑んでいた。
分からない言葉を歌って、分からないリズムで踊りながら。
それを見て、やはり世界は手を叩いて喜んでいた。
私は、僕は、結局、何も、分からない。
私は、僕は、青白い光を浴びて、眩しさに目を閉じて、歌が、終わった。
静寂。
そして、女神が————よろけてその場に座り込んだ。
息も絶え絶えに、語り始めた。
歌の名前は、「メクルメ」。
彼女は言った。
「初めて聴いたとき、これどうやって歌えばいいのって——嬉しい気持ちになった」
私は、僕は……私は、ちょっと目をひらけた。
女神もまた、その歌のことが、分からなかった。
分からないことが、幸せそうだった。
私は、それも分からなかった。
でも——そうあれたらいいなと、思った。
私は分からない。
高校で習った関数の解き方も。
ボタン式電池の捨て方も。
稟議書の出し方も。
でも、思い出せたら、調べられたら、教えてもらえたら——。
私は分からない。
自分が得意なことも。
自分が好きなことも。
自分が苦手なことも。
自分が嫌いなことも。
今、何を聞いていて、何を見ていて、何に触れていて、何を感じているのかも。
自分のやりたいことも。
世間で流行った歌のことも。
でも、分からないから、嬉しいこともあるって——それだけはちょっと分かったから。
私は……彼女を見た。
やはり、分からない。言葉にできない。
でも、目を離せない。
だって、分からないから。
私は知りたいから。
あの歌のことを。
彼女のことを。
自分自身を。
私を。
そうして映像を見終えてから、分かったことが二つあった。
多分彼女はアイドルだということ。
だって、どう見たって可愛いから。
それから、今日が彼女——篠澤広の誕生日だということ。
だって、タイトルに生誕ミニライブって書いてあるから。
彼女を見たから、目をひらけたから、私は分かった。知ることができた。
本当に些細なこと。
きっと世界にとっては何でもないこと。
それでも、私は何かに気づけたから。
「ありがとう。おめでとう」
そんな言葉が、口を衝いて出てくるのだった。




