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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

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9/40

あなたの標となる守り

「……夜会」

 久しぶりに聞いた、その単語。

「第二王子殿下の誕生日だからな。さすがに出ないわけにはいかない」

 強張った顔の私に、旦那様が優しめの苦笑を向ける、午後九時夕食後。

「昨日届いた服があるだろう。あれを着よう」

「わかりました……」

 宥めるような声に、諦めて私は頷いた。

 確かに、そういうときのために仕立てた綺麗で可愛いドレスを着ないで逃げる選択肢などない。

 しかも、けっこう面倒そうなデザインだったのに、三週間弱で仕上げてきたんだよね。逃げ場なんて最初からなかったね。

 別に不貞腐れていたわけではないけれど、なんとなく気落ちしながら、私はソファの上でちょっと揺れた。ちなみにここは旦那様の書斎である。食後に話があると言われてノコノコついてきたが、目の前には新しいお茶(すごく美味しい良いやつ)と小さなリボン型のパート・ド・フリュイ (美味しい固形のフルーツゼリー)が置かれていた。えっ可愛い……いただきますね。

 ゼリーをもぐもぐして自分のご機嫌を整えていると、旦那様は何やら立ち上がって、書斎机の片袖から何かを取り出した。何をしているのかな? と思いつつお茶を飲んでいると、小さな箱を持って私のほうに近づいてくる。

 あっ……あっ、待って、手を拭きます!

「――これを、受け取ってくれるだろうか?」

 旦那様がばたばたしてる私の側に跪く。 

 差し出されたのは、宝石箱だった。蓋が開かれて、水色の美しい光溜まりが現れる。

「……っ……綺麗……」

 優しい艶を持つ、一番綺麗な涙をたくさん集めたようなアクアマリン。

 その澄んだ色を彩るように、白色の煌めきを放つパールと小粒のダイヤモンドが規則正しく連なって、鮮やかなサファイアまでも混じって彩りを添えている。

 私はしばらくぼうっとそのネックレスに見惚れて、それからようやく気がついた。あれっ? もしかして、これ私が貰っていいやつ? 本当に?

「あの……これ、先日の、宝石の……?」

「うん」

 変な声で鳴かないように、辿々しく人語を発しながら確認する。旦那様は旦那様で、頬をかなり赤くしている。けれど、瞳は真っ直ぐに私を見ていて、その明るい青が緊張されているのが、ほんの少し潤んだように輝いていた。これもうアクアマリン三つあるよね……。

「……どうだろうか? 好みに合わなければ、作り直させるが」

「いいえ、いえいえ大丈夫です! 好みに合いすぎて呆然としていました!」

 気遣わしげな声に、ハッとして慌てて首を横に振りまくる。

 想定の五倍くらい好みのやつが出てきて混乱しているだけです。さっきは夜会ごときで拗ねていてごめんなさい。ソライロイボウミウシよりもミゾレウミウシよりもずっと綺麗です。

「ありがとうございます……」

 本当に私が受け取ってもよろしいのですか、なんて言いそうになって、それは止めて宝石箱を受け取る。

 ちゃんと私のために用意して頂いた物のはずだ。

 それに、やっぱり駄目だと言われても、返したくはない。

「……よく見てもいいですか?」

 旦那様が頷くのを確認して、そうっと持ち上げてみても、美しく澄み渡る海の雫は、やっぱりきらきらと輝いている。

「……これ……」

 思いのほか大粒で、繊細で奥行きのある色味を持つそれは、決して派手すぎることはなく、若輩者の私でも社交の場で着けられる印象ながら、一目で一級品以上だとわかる色合いと精緻さを誇っている。

「……アクアマリン伯爵領で採掘されたもの、なのですよね」

 だとすれば、これはきっと、最近産出されたものではないはずだ。

 なのにネックレスの仕立ては現代的で可愛くて、華美というよりは普遍的で、流行のドレスでも無理なく合わせられるデザインである。

「うん。産出量は多くないけれど、他国との貿易が安定する以前は、国内で唯一高品質な物が採れるとされていた」

「存じております。領地の美しい海になぞらえて、アクアマリンという宝石の名前と領地の名前が付けられたのですよね」

 だからこれは――たぶん、仕立て直されたのだ。かつての流行に合わせてデザインされたジュエリーを、私に贈るためにリフォームして。

「ああ。伯爵家として所有していた物が、いくつかあってな」

 あああ、だんだん頬が弛みまくるのを抑えきれなくなってきた。どうしよう。

 私は、ちゃんとアクアマリン伯爵夫人なのだ。誰がなんと言おうと、この先は、このネックレスがちゃんと証明してくれる。

 もちろん、このネックレスより豪華なアクアマリンはいくつか存在しているし、旦那様は愛人にも贈っているかもしれない。

 けれど、そこはどうだっていいのだ。私が貰えるか貰えないかが、私の中では、どうも雲泥の差だったみたいなのだ。

「……嬉しいです……」

 だって、立場が不安なときに、物証を拠り所にするのは悪いことではないはずだ。

 しかも旦那様は、知ってか知らずか、私の好みそのものの品を贈ってくださったのだ。

「……そんなに喜んでくれるのなら、最初から渡しておけば良かったな」

 旦那様は、ホッとしたように胸を撫で下ろして、小さく笑った。その表情をよく見ていたかったけれど、私はそっと俯いた。嬉しいのと安心したので、ちょっと目頭が熱くなってきていたのである。

 いやでも、ここで泣くのは恥ずかしいのでは?

「……あの、私からも、贈り物があるのです。大したものではありませんが……今から持ってきますね!」

 顔を見せられないままそう告げて、そそくさと身を翻す。

 そうしてエジェリーの、うわぁこの人すごい照れてるなぁ、という視線を受けつつ、自室に戻り、いそいそと持ち出してきたのは、刺繍したハンカチと、ペンギンのカフリンクスである。

 だって、ハンカチと靴下は何枚あってもいいのよーって、乳母も祖母も母も叔母も従姉妹も言ってた! たぶん!

「あの……こちら、大したものではございませんが、お納めください……」

 テンパって妙な言葉遣いになってしまったが、可愛げのあるトドらしくお返しを差し出す。

 義理だけど義理じゃないプレゼントって難しいよね……。

 旦那様は「ありがとう」と受け取ってくださってから、まずはカフリンクスに対して軽く首を傾げた。

「ペンギン……?」

「普段使いに可愛いかなって……」

 ペンギン飼いたそうだったし、お気に召すかなって……。

 一応プラチナと、小粒のブラックサファイアとブルーサファイアとホワイトサファイアを組み合わせて、重くならない程度にちょっとだけ立体的に作って貰ってるから、悪くない品だとは思うよ? 少なくともリセールはそこそこ高値でいけるはず。

「確かに可愛いな……殿下にはからかわれそうだが。うん、付けるよ」

 口元が緩んでいらっしゃるので、たぶん本心なのだろう。いったん蓋を閉じようとして、またちょっと開けて、対のツヤツヤなミニペンギンたちを見ている。明らかにウケてるね、やったね!

 そんなことをしてから、旦那様はようやくペンギンの蓋を閉じて、今度はハンカチも広げてくださった。

 淡い水色の上品な生地の四方の縁をぐるりと銀糸と淡青色のグラデーションで波模様に飾り、右下の隅には同じトーンで羅針盤と旦那様のイニシャルも刺してある。けっこう良い雰囲気だと思う。

「これは……素晴らしい職人技だな。どこの工房に依頼したんだ? 俺も追加で注文したい」

 旦那様がそう言い放ってしまわれた途端、後方から変な声がした。

「んぶっ、……んんっ……」

 ねぇ、いつも優しくて女主人よりずっと上品なヘンルーダが噴き出しちゃったよ?

「わ……私が、刺しました……」

「えっ?」

 仕方なく挙手をすると、旦那様はなかなかに頓狂な声を上げた。

「……こんなに素晴らしい刺繍を? 君が刺したのか?」

「はい……」

 さては旦那様、トドのスキルを疑ってますね?

「……君は、なんでも出来るんだな」

 なぁんにもやった記憶がないんだなぁ……。引き篭もっていることの多い人生だったから、やりたい放題してただけなんだよなぁ……。

 はっ、まさか。

「ペンギンの加工はしておりませんよ? 私はデザインだけです!」

 そこは勘違いされると工房の人に失礼だからね!

「デザインも君が? 凄いな……」

 えっ私、褒めて伸ばされるんですか? もう鼻くらいしか伸びませんよ?

 単なる社交術を犠牲に引き籠もることによって得たスキルですよ?

 旦那様は感動気味にハンカチを褒めてくださっていたが、ふと明らかに挙動不審になっている私に気づいてしまった。

「どうかしたのか?」

「エレファントノーズになりそうなので……」

 鼻がね、なんかムズムズしてきたので、押さえています……。


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