表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/40

♡Qを握る参謀ペンギン

 まあ結果としては。

 ……めちゃめちゃ頑張ってしまった。貞淑な妻として恥ずかしい……。

 最初のコントラクトブリッジで運良く二連続で旦那様と私が勝ったため、殿下とフォンテイン子爵様が責任の押し付け合いを始めてしまい(旦那様いわく日常的な光景)、個人戦――セブンブリッジ(七並べ)――に移行した。

 フォンテイン子爵による捨て身の六止めによって謎に白熱した結果、最終成績は、旦那様(忖度しない)殿下(意外と堅実であまり勝負してこない)私(忖度したしされた、ゲームとは別の心理戦までこなしてて偉いのでは?)フォンテイン子爵様(基本の頭脳は優秀っぽいのに絶対駄目なところで勝負に出てしまう性癖らしい、人生楽しんでいる)だった。

 十トリック以上をノリだけでコントラクトする人は、フォンテイン子爵と私の兄くらいだよ。

「今夜は突然の訪問にも関わらず、丁重なご対応をありがとうございました、アクアマリン伯爵夫人。……でも、楽しかったのでまた来ます!」

「次回も素晴らしいボンボンショコラを持ってきますよ」

 フォンテイン子爵と殿下は爽やかにそう言って去っていった。疲れない社交は存在しないものの、なかなか楽しい時間だったと思う。

「うーん、ボンボンショコラで一本釣りできる夫人だとバレてしまったような……?」

 私は殿下とフォンテイン子爵をお見送りしたあと、旦那様と遊戯室に戻り、酔い覚ましの温かいお茶をいただきながら首を捻った。

 獲得したチョコレートはもう保存箱に詰め直してもらったが、諸々の戦績で十五個も獲得させていただいて(主にコントラクトブリッジで忖度しない旦那様が勝ちまくったからだ)、山積みになったチョコレートの皿に、なぜかさらに旦那様が自分の獲得分をいくつか載せてくれたおかげで、今の私はかなりのボンボンショコラ富豪になっていた。しばらくおやつに困らない贅沢トドの爆誕である。

「君は、他には何が好きなんだ?」

 旦那様が向かいでティーカップを置きながら、取り繕った世間話のように聞いてくる。

「それは食べ物のお話ですか? それとも食べ物以外の?」

 そう問い返すと、旦那様は驚いたような顔になってしまった。

「……そうか。どちらもよく知らないな……」

「え? すでに私のことは、けっこうご存知じゃないですか?」

 そんなことを言われるとは驚きである。旦那様、お家トド飼育検定一級くらいはあると思うんだけどな?

「甘い物は、どれも好きですよ。それに私が来てから、夕食にデザートが付くようになっただけでなく、ウォーターハウス風の味付けをした料理や、お魚料理の頻度も増やしてくださったそうですね」

「それは君が女性で、ウォーターハウス侯爵家出身だからだ。君のことを知っての行為じゃない」

 ……ん?

「あの、もしかして旦那様、真面目すぎて損をするタイプでは?」

 私は動揺して口走った。旦那様は微妙な顔をされたが、そもそもウォーターハウス侯爵家出身の女性って、厳密には今の世代だと私しかいないよ? それに合わせた時点で九十九パーセント私向けだよ?

「……真面目すぎるとはたまに言われるが、そんなにか?」

「そうですよ。私は世間一般的に想定されるであろうウォーターハウス侯爵家の娘らしく、お魚料理と甘い物はみんな大好きですよ。別にそこまで平均的な淑女から好みの基準値が大幅にズレているつもりはありません! ……たぶん」

 やってもいいよと教えてもらえたことが、ウォーターハウス侯爵家の名のもとに、淑女の基準値よりも多かったことに感謝して、全力で遊んできた自覚はあるけど。

「だから、飴細工の薔薇をいただければ嬉しいですし、素敵なドレスだって宝石だってアクセサリーだって小物だって好きです。はっきり言って、世間一般に綺麗だとされる物や美味しい物は、なんでも好きです! この世には、淑女にやたら出来の良い透明感のあるメダカの学校のアクセサリーを贈ってくる輩が一定数いるんですよ? 旦那様、そういうことしないじゃないですか……?」

 愛せないタイプの妻とはいえど、ペットのトド的隣人愛はあると思うので、ちゃんと力説しておく。

「待ってくれ、メダカの学校のアクセサリー……?」

「兄に海鮮のアクセサリーは嫌だと告げたら出現しました。綺麗に内臓が透けて見える感じの群れのブレスレットです。しかも微妙に柔らかかったです」

「技術はすごいな?」

「ええ、しかも善意はあったようなので、受け取って、ふりかけをメダカの餌っぽい容器に詰めて、メダカの餌と書いてお礼としましたね……」

「手は込んでいるな……?」

 余計な先例で旦那様を無駄に混乱させてしまったような気がするが、つまりはもしも何かを贈られて不快に感じたとすれば、その奥に潜む悪意や無関心や妥協が嫌だっただけだ。

 そして万人が素敵だと思うものを素敵だと思うくらいの感性は、私にだってある。

「ですので、私は青が大好きですが、青以外の服が着たいときだってあります。だから、緑の服を貰っても桃色の服を貰っても嬉しいですし、同様に、旦那様が選んでくださった物なら、チョコレートだってクッキーだってケーキだってマカロンだって、パフェだってクレープだって、ワニ肉だってカンガルー肉だって嬉しいですよ?」

 だって旦那様は、よくわからないけれど良い人なのだ。本当に、上手くは言えないのだけれど、人として好ましいと思っている。

「……後半はいいのか……いや、そうなのか」

 旦那様は難しい顔で頷かれてしまったけれど、何を食べるかよりも誰かと一緒にご飯を食べることのほうが、私にとっては重要なのだ。でも、旦那様と何かをすること自体が好きだとは、『君を愛することができない』と言われた私には、言えない。

「……ただ、本気で嫌いなのは、直射日光と海水に浸かることです。もちろん、海自体は大好きですよ」

「海水も、駄目なのか。わかった」

 とりあえず私の飼い方的な何かを提示しておくと、旦那様は深く頷いて、それから私の髪を見た。

「ちなみに食塩水なども駄目なのか?」

「いいえ。海水のみです」

 私は室内でしか出さないおくれ毛を摘んだ。

 一応、髪質がおかしくなってから、毛先を食塩水に浸したり、さらに強い蛍光灯に当ててみたりと、いろいろ実験をしたことはある。でも、それで髪色が変わることはなかった。もちろんスープを零しても、涙や汗が分泌されても反応はしない。そして海水を飲むのは平気だ。もちろん衛生的にも成分的にもよろしくはないから、試したのは少量だけど。生牡蠣だって食べられる。

「とはいえ食塩水に浸かる事態はないと思いたいですが」

 貝とかじゃないからね、私。海だと思って安心していたら砂が抜けて下拵えされていたなんて、悲しい運命だよね……美味しく食べるね。

「それはそうだな」

 と、旦那様が微笑んでくださったので、私はホッとして旦那様から目を逸らした。旦那様、顔が良いからね。トドは懐くし照れるよ。

 そのまま部屋の壁を眺めていると、棚の中に魔導式再生装置と映像記録媒体Bl-Urayのジャケットが数点、きちんと並べられているのが目に入った。ぶる・うれい。海底に沈んだ古代都市の遺物から製作されたもので、意味は古代語で『勢いよく深海へ』らしい。たぶん没入体験とかそんなニュアンスなんだろう。

「そういえば、旦那様はどんな映画がお好きなんですか? 以前、たしか『May.I.』についてお話されかけていましたよね?」

「ああ、うん。それが好きな映画なんだ」

 旦那様の言う通り、一番目立つ場所に『May.I.』と書かれた濃い青のジャケットが置いてある。

「ネリネも観たことがあるのか?」

「はい。……すごい映画ですよね。スペルバーン監督作品の中では、かなり切ない系というか……考えさせられる感じで……」

 鬼才ステディ・スペルバーン監督といえば、昨今の貴族社会が面白がって投資したがり一大文化を築くに至った、笑いあり涙あり爆発ありの映画業界の巨匠である。

 けれど『May.I.』は、孤独な機械仕掛けの人形が、たった一度創造主である母親に愛されたくて、壊れるのも構わず深海に辿り着いてしまうお話である。あれは全海が泣いた。

 でも、私にとっては簡単には称賛してあげたくない話だったのだ。悲しすぎて苦しいから。全てを懸けても一瞬しか欲しい物に手が届かない人について考えるなんて、箱入り娘でしかない私には荷が重いのである。

 でも旦那様は、そうではないのだ。

「――もしも旦那様があの人形の境遇だったら、同じようにされるんですか?」

 おそるおそる聞いてみると、旦那様は困ったように首を横に振った。

「しないと思う。だから、少し憧れるんだ」

「……憧れるんですか?」

「うん。というよりは、罪悪感かな……なにもかも投げ出して、一度だけ……なんて、俺には選べないから」

「なるほど……?」

 うーん。まあ旦那様には、大切なものがたくさんあるのだろう。ご友人とか、お仕事とか、地位とか立場とか――愛人とか。何か一つのために捨て身で破滅していい人ではない。政略結婚の相手にだって優しいし。

「確かに旦那様は、ファーストペンギン向きではありませんね?」

 お腹が空いていても群れのためであっても、一番最初に捕食者がいるかもしれない海に飛び込むべき人ではないのだ。諸々抱え過ぎている。

「向いてないのか?」

「向いていませんよ。さっきのカードゲームで確信しました。旦那様は淡々とシャチを射つ参謀ペンギンです」

「シャチってまさか殿下のことか?」

「ハートのクイーンを握ってのパス三回はお見事でしたよ」

「明日の仕事が増えてそうだけどな」

 旦那様はくすくすと笑ってくださった。

 良かった、あまり気の利いた言葉が思いつかなかったけれど、嫌な気分にはさせずに済んだらしい。

「ネリネは何か好きな映画はあるのか?」

「迷いますけど、一番は『アットホーム』ですかね……」

 これもステディ・スペルバーン監督の名作である。実話を元にしたお話で、遠洋漁業に出ていた船が、戻ってきたら故郷が占領されており、接岸できないまま一年近く海上で過ごす間での、船内での出来事や近くを通りかかる船との交流や燃料や物資補給を巡るハートフルストーリーである。

「必ずしもどこかに帰らなくても、良い人たちはいるんだなぁって」

 いや故郷は大切だけどね。でも、優しい人は遠い地でもどこにでもいると思えるのは、それはそれでとても素敵なことだと思うのだ。むしろ離れて見たほうが染み入ることもあるのかもしれない。

「ああ、まだ観たことがないやつだ。今度観てみるよ」

「はい、ぜひ。私の実家にありますし、必要なら持ってきますよ」

 けっこう高いからね、Bl-Uray。上級貴族以外は、映画館で水族館の入場料くらい払って観るのが普通だ。でも楽しいんだよね、皆で観るの。ウォーターハウス侯爵領の野次はすごいから、子供の頃にお兄様に連れられて、こっそり映画館へ見に行ったときは驚いたけど……弟がびっくりしすぎて泣いちゃったから、バレてお母様にはめちゃくちゃ怒られたけれど……。

「あとは、やっぱり『イン・ディ・ジョーダン』シリーズでしょうか。あれ楽しいから好きです」

 あのとき観に行ったのもその一作目だった。基本的には古代都市を巡る壮大な冒険活劇で、当時はまだお母様が私たち三兄弟がまともに育つと信じていたから、そんな低俗なものを……って観るの禁止されてたんだよね。

「ああ、うん……」

 うんうん、そうそう。お母様もこんな感じで天を仰いでいたっけ……。

「えっ、あれっ? お嫌いでしたかっ?」

 待って、なんで旦那様までお母様と同じような表情になってるの?

「いや、違うんだ……」

「でもっ、声が掠れてますし、呼吸も浅くなってますよっ? 深呼吸できそうですか? それかお水を飲みますかっ?」

 慌ててグラスを差し出すと、旦那様は一気に水を飲み干してから、ゆっくりと頭を振った。

「ありがとう。いや、大丈夫なんだ。ただ、殿下も『イン・ディ・ジョーダン』が好きで、年一で五夜連続上演会があるんだ。殿下による解説実況付きで……」

 ……おっと? 雲行きが怪しくなってまいりましたね! 私はそこまでしないよ? 風邪引いたときに一人で丸一日上映会はしたけども。

「でも、殿下は初代過激派で、最新作には少々不満があるらしくて、それが口外されないようにしながら愚痴を聞く時間があって……」

「わぁ……」

 厄介オタク――!

 さっき爽やかに帰っていった殿下が……実は流行文化の一端に、愛憎交々のご感想を抱いておられるのは、わりとけっこう面倒かも……。うっかりすると死人が出るからね、王族の発言は。

「その……一応、殿下の気持ちもわかるんだ。途中から明らかにテイストが変わっていて……物足りなさは確かにあったんだ……」

 ああ、旦那様の生真面目なところ出てる……。

「それはその、シリーズ物の宿命ですからね……? 生き残るためには、手足を生やしてみたり肺呼吸になってみたり、いろいろ変化するしかないときもありますよ?」

「うん……でも蛇に足を生やしたら蜥蜴だろう……」

「まあ、別生物ですねぇ……」

 私たちは天を仰いだ。

 このしみじみとした会話は、シモンが言いづらそうに旦那様の就寝時間の大幅な遅れを指摘するまで続いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ