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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

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蒼碧センテンス


「そういえば旦那様は、何色がお好きなのですか?」

 仕立屋を呼ぶ日。いつもよりものんびりとした朝食の時間に、私は旦那様になんとなく問いかけた。

「青だな。君は? 宝石は水色から青と言っていたが、他も同じか?」

「はい、やはり青系統ですね。ただ、青緑から青紫まですべて好ましいですが、やはり鮮やかに澄んだ青が一番綺麗だと思います」

 それこそアクアマリンみたいな色、好きなんだよね。ウォーターハウス侯爵家を象徴する宝石はサファイアだったから、青ならサファイアで良いじゃんみたいな雰囲気があって、実は一つも持ってなかったんだけどね。ドレスとか小物とかは、けっこう鮮やかな青が多い。青、奥深いからね。朝の爽やかで綺麗な青と、昼に燦めく可愛い青と、夜の艶めく美しい青は、全部まったく違うし。

 旦那様は基本的に怒らないということがわかってきたため、私は最近こうして気楽に話すことにしていた。すっかり野生を失ったペットである。

 しかし今日の旦那様は、違った。

「…………そうか。やはり君は、そちら側なのか」

「……なにか?」

 いつになく不穏なその声色に、私も身を固くする。

「……俺とて青は全般良いものだと思う。だが、実は、俺は……」

 旦那様が僅かに、息を吸う。その一秒は、永遠と錯覚するほどに長く思えた。

「深く濃い青が、一番好ましいと思う」

「っ……!」

 ま、まさか、アクアマリン伯爵様ともあろう者が、サファイアのような色味がお好みだったとは――!

「そう、ですか……」

「ああ……すまない」

 私たちはけしてわかりあえない。そう判明した朝食時だった。

 と思ったけれど、部屋に戻って侍女のエジェリーに相談したところ、「ではその二色をお使いになればよろしいのでは?」で決着した。


「さすが、君の侍女は優秀だったな」

 あのあと、私の頼れる侍女によって爆速で雪解けを迎えた私たちは、とりあえず採寸を終えて(ウエストちょっと増えてたけど、まあバストも身長も若干増えてたから良しとしようね……!)お茶をいただきながら、お願いする衣装や小物の最終確認をすることにした。

「これはグラデーションが海可愛い。こっちのバイカラーも空海コントラスト可愛い、この薄絹のかさねも入り江で可愛い。でもチュール重ねも波可愛いぃ……」

「そうか。気に入ったなら良かった」

「旦那様の衣装も素敵ですよ。これはフォーマルな大型船っぽいですし、こちらはクールな中型船、こっちは可愛い小舟で、これなんて小洒落たボートみあります。全部お似合いですよ!」

「そうか。褒められているのなら嬉しいな」

 久しぶりにいろいろ自分好みに仕立てた私は、いま滝も登れる勢いで浮かれていた。

 一番最近に仕立てた結婚式での衣装は、いかに髪が日に当たらないようにするか、あるいは髪が多少青くなっても目立たないようにするか、という髪型の工夫するのに必死で、好みとかを考える余裕はなかった。

 青と水色の刺繍と小さな真珠を縫い付けた極厚白青グラデーションヴェールに、サファイアと大粒の真珠のティアラ、青い花飾りと青いリボンを編み込んだ纏め髪という、えっ髪が青く見える? 光と装飾の加減でそう見えるだけですよ? と言わんばかりのこってり華やかな頭部を前提として、それに似合うドレスを選ぶしかなかったのである。

 年齢と身分を考慮して、白レースで肌を覆う以外はシンプルな形の上半身に、裾に下りるにつれて頭部に合わせた青い装飾が付けられたマーメイドラインのドレスは、すごく良く出来ていて可愛かったし、身内も職人も振り回しまくって頑張らせてしまったとは思うのだけど、髪の状態が気になりすぎて、あと単純に急に降って湧いた結婚に対しての不安も私なりにあって、あまり楽しめなかったのだ。

 でも兄と父が「冬の荒波みたいだな!」って褒めてくれたことは一生忘れない。母ですら「その調子で旦那様を化かして生きなさい」って言ってくれたのに。弟も「意外と悪くないよ。今までで一番綺麗、たぶん」って言ってくれたのに。

 まあそんなことは置いておいて。旦那様とは、朝と夕方の食事はご一緒していても、こうしてお茶の時間にお顔を合わせていることはあまりないので、ちょっと新鮮である。

「それにしても、旦那様は、ブラックコーヒーがお好みだったのですね」

「そういう君は、ミルクティーが好きなんだな」

 いやぁ、お見合い中みたいな会話ですね。

 まあ婚約期間も約一年と、それなりの貴族にしては最短の勢いで結婚した。準備に追われて顔合わせ後にほとんど会っていなかったくらいだし、お互いの理解度は実際似たようなところだろう。好きな色も今朝初めて聞いたし。

「旦那様が深く濃い青がお好きだったとは意外でした。もしかして宝石のサファイアもお好みだったりします?」

「そうだな。あまり考えたことはなかったが、好きなのだと思う」

 旦那様は小さく頷いて、それからハッとしたように私を見つめた。

「……君も、まさかアクアマリンが?」

「ええ……」

 私は重々しく頷いた。

「なぜそんなにシリアス調なのですか?」

 横からエジェリーが突っ込みを入れてきた。もう衣装の確認に飽きたことを察したのか、机に広げていたデザイン画集を取り上げて、お菓子を置いてくれる。

「えっ、だって、なんとなく、実家の象徴が一番好きじゃないと悪いような気がしない?」

「アクアマリンがあるのに、サファイアを着けていいものかと……」

 旦那様が困ったように眉を寄せる。エジェリーは、はあ、と首を傾げた。

「……ですが、奥様が贈られたサファイアと、旦那様に贈られたアクアマリンをお互い身に着けていることになんの問題が?」

「……本当だ」

 旦那様が目から鱗が五枚くらい落ちたような顔をした。

 待って、エジェリー、私よりも旦那様の頼りになってる……。

「ネリネ。その、以前君から貰ったサファイアのブローチを、今後は毎日身に着けてもいいか?」

「え? あっ、はい!」 

 急に飛んできた問いかけに、私は慌てて頷いた。私が結婚するにあたって持ち込んだ品のついでにウォーターハウスの見栄で贈ったサファイアのブローチは、貿易港のアクアマリン伯爵領らしいかと思って船のデザインで造らせた物だけれど、ウォーターハウスの象徴であるサファイアをグラデーションで敷き詰めたものだったから、アクアマリンの旦那様は着けてくださらないと思っていたのだ。

 なのに旦那様は、ふんわりと目を細めて私を見ていた。

「よかった……実はずっと着けてみたかったんだ」

「毎日眺めていらっしゃいましたものね」

 旦那様の側に控えていた従者であるシモン(旦那様の乳母兄弟らしい)が笑う。

「あ、えと、その……ありがとうございます!」

 そんなにサファイアが好きだったんだ。とりあえずお礼を言っておこう。だって嬉しいし。というか旦那様、もしかしてお飾りの妻から貰った物を身に着けるのは逆に不誠実かもという思考回路なの? あげた物なんだから、好きにすればいいのに。

「あの、ペンギンとタツノオトシゴなら、どっちがお好きですか?」

 ついそう問うと、綺麗なアクアマリンの瞳がパチパチと煌めいた。前から思っていたけれど、何を突然? という困惑の表情にすら品があるよね、旦那様。

「それは……迷うな。ペンギンは可愛らしいし、タツノオトシゴはかっこいいと思う。君はどちらが好きなんだ?」 

「すみません、同意見です……。ですが、ひとまずどちらもお好きなのだと考えてよろしいのですよね?」

「うん。そうなるな」

 なるほど。参考になるかもしれない。

 私が深く頷いていると、旦那様は何気ない調子で言い放った。

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