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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第二章 海に秘密が溶けていく

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イルカも冤罪

「おはよう、ネリネ」

 朝から爽やかな旦那様が、エプロンを着けて微笑んでいた。

「おはようございます」

 私は微笑み返して目を擦った。

 旦那様、アクアマリン伯爵ノア・クルーズは、やっぱりエプロンを着けて微笑んでいた。

 ……なんで?

「今日の朝食は、俺が作るから、少し待っていてくれ」

 私は食堂の中央に座る殿下を見た。

「うーん……それはノアの手料理に困惑してる顔だな?」

 翻訳してくださった。正解である。さすが殿下。

「おはようございます、殿下。本日も良いお天気ですね」

「うん。おはよう。俺のおかげだな!」

「はい。ありがとうございます」

 ひとまず殿下にも世間一般的なご挨拶をしておいて、私は再び旦那様に目を戻した。

「……旦那様って、お料理までできるんですね?」

「ああ。作れるものは偏ってるけど、ボード部では必要だったから」

「……あー……」

 そういえばお兄様も、謎のぶつ切り高火力骨肉破壊料理を習得していたね、ボート部で。

 ……ねえ、ボート部ってなんなの?

 キッチンに入っていかれる旦那様の背を見送りながら、私は王立学院ボート部について思いを馳せた。何もわからない。社会性が怪しい兄が楽しく過ごせたらしい圧力鍋みたいな勢力だということしか……。

 とにかく殿下が手招いてくださったので、私は殿下の斜め前に座ることにした。

「この食堂、居心地良いよな。朝日もよく入ってくるし、プライベート感あるし」

 と仰る殿下は、どうやらここを気に入ってくださっているようだ。落ち着いた木目と温かみのあるカーペット、個室らしいゆったりとした室内は、一面に広い窓を設けてあり、適度に開放的である。とはいえ屋根はしっかり出しているので、眩しくはない。あと、日光が直射で入らないって、私には何より大切なことだからね。

「はい。本来であれば、一室ごとにシェフが付くのですよね」

 まあスライドパネルでライブキッチンとしても使えるその場所には、今は旦那様がいるけどね。ちなみに油でなにかを揚げてる音がする。まさか……?

「ノアが、君に自分の手料理を食べさせるのはマナー違反か? とか悩みだしたときは驚いたけどさ。伯爵夫人にイワナの塩焼き食わせてもらった直後の悩み方としておかしいから、良いんじゃないかって言ったんだ」

 殿下は朝からニコニコと笑っていらっしゃる。

「夜中に仕込みもして、張り切ってたんだぜ。君のために」

「……それは、殿下のためだと思います」

 私は躊躇いつつも訂正した。だって、そうだよね? 私のことも気遣ってくれているとは思うけど、一番は殿下のためだよね? そもそも接待中だし。

 けれど、殿下が少し不思議そうな顔になった。

「――伯爵夫人」

 突然真剣な表情になられてしまった殿下が、じっと私と目を合わせてくる。

「俺は、ノアの味方だからさ。だから、ここは大真面目に言わせてもらうけど。……ノアは、君のために頑張っているよ」

「……えっ?」

 私は思わず、呆然と殿下を見つめてしまった。

 なんで今そんなことを言うんだろうか。二人の仲のカモフラージュ? それはさすがに……。

「ノアは、あんまり人に貸しを作れない奴かもしれないけれど、すげー良い奴だからさ。もう少し見ていてやっててくれないか?」

 けれど殿下は、真剣な顔を止めてくださらなかった。

「と言っても、俺は王立学院からの付き合いだから、昔のことは知らないんだけどさ。でも、王立学院時代もまだアクアマリンは貧乏で、ノアはけっこう苦労してたからさ。いや、領地が興隆してきてからも、先代アクアマリン伯爵が亡くなって、大変そうだったな。でも君が来てからは、ずっと生き生きしててさ。俺も嬉しいんだよ」

「……そうなのでしょうか」

 うっかり唇を突き出しそうになって、代わりにぎゅっと唇を押し潰す。あまりにも可愛げのない曖昧な反応をした私に、殿下はふんわりと唇を緩めた。

「そりゃあもうな。社交シーズンに王都で俺の仕事手伝ってもらってる時期とかさ、君と結婚するまでは、アイツも俺やレナートに合わせて飲みに来てくれていたけどさ。結婚したら即帰宅するようになったからな」

「……申し訳ございません」

 私はとりあえず目を伏せて謝った。でも、私のほうから旦那様に、毎晩すぐに帰ってきてほしいとか、そんな束縛するようなことは言ってないよ……そりゃ、嬉しかったけれども。

「ん? いやいやいやいや違う! 責めてない! 本当に!」

 殿下が慌てたように首を横に振る。同時に、旦那様がキッチンのほうから怪訝そうな顔を見せていた。

「殿下? ネリネと何を?」

「誤解だ! 俺の説明が下手だった!」

「ああ……問題なければ良いのですが。そろそろ前菜の用意をさせますね。お待たせいたしました」

 旦那様は怪訝そうな顔をしたが、深く突っ込むことはなく、引っ込んでいった。プライベートに近い状況とはいえ、私的空間ではない場所で殿下絡みで下手なことは言えないから、まあ妥当だろう。 

「一つだけ、お聞かせ願えますか?」

「ん?」

 私は自分なりに悩んだ末、口を開いた。ちょうど、とても美味しそうな白スープが配膳されたところだった。

「……スワンボートは、如何でしたか?」

 本当は、スワンボートの中で何をお話されていたのですか? と聞きたかったのだが、万が一お仕事の話をされていた場合、本当に余計なことを聞いた人になってしまう。

 果たして殿下は、無邪気そうにニコニコと頷かれた。

「ああ、めちゃくちゃ楽しかったぞ! 君も乗るか?」

「……素敵ですね」

 ――あ、あれ?

 私は微笑みを貼り付けながら、内心首を捻りまくった。

 ……あのね。聞いた瞬間も、殿下から一切の警戒を感じなかったんだけど……。おかしいな、私の予想では、もしも殿下と旦那様が具体的に親密な仲なら、なんでトド如きが俺たちの大事な思い出について聞くんだ? というトゲが一瞬くらいはチラつくと思ったんだけど……。

「だろ? 俺、スワンボートの見た目好きなんだよなー」

 その……もしかして、だけれど……旦那様の愛人は――殿下ではない可能性が……?

「可愛いですよね。ちなみに白鳥は、一夫一妻でつがいを大切にすることが多い鳥なのですよ。アヒルは相手を乗り換えがちですけど」

 冷静に考えれば、殿下と旦那様は、とても仲がよろしいのだ。別にスワンボートを乗っても、おかしくはないのかもしれない。

「そうなのか……。俺も白鳥を見習っておくよ」

 殿下は真剣な表情で頷き、スープを飲み始めた。私もそれに倣って、スープを一口いただいた。うん、カリフラワーとオリーブオイルの上品な味わい。

 ……あっ。もしかして、旦那様と殿下の仲良さは、クマノミではなく――

「イルカ……?」

「え? イルカも一夫一妻なのか? そんな感じには見えなかったけど」

「あっ、申し訳ございません。イルカは母系家族らしいです。しかも乱婚制です」

 しまった、思考と言語が混線した。

 いや、イルカはね、序列で性転換するクマノミ(雌雄同体で一番大きな個体がメスになる)ほど本気ではないというか……たぶん本番に向けての練習と単なる快楽の問題で、メスがいなくても男同士でそういう遊びすることあるんだよね……。

「乱婚制……」

 殿下がヤバいものを聞いてしまったという表情をされている……。

「人間とは異なる生命の神秘ですね」

「おお……奥深いな……?」

 よし、誤魔化せただろうか。誤魔化せたということにしておこう。誤魔化せたよ。

「そういえば、殿下も王都の水族館にお越しくださったことがございましたね」

 お忍び訪問とはいえ、警備の都合で事前にお知らせくださったので助かりましたね。

「ああ、あれノアと行ったんだよな! あれ楽しかったなー。俺さ、来年に他国から妻が来るだろ? そうしたら、また行こうかと思ってる。そのときは、おすすめデートスポット教えてくれよな!」

 ……。

 ねぇ、殿下……白では?

「はい。私でもお力になれることがあれば、ぜひ」

 スプーンを動かす手を止めて、私は頷いた。殿下は一層嬉しそうに笑って、大きな皿を持って厨房から出てきた旦那様に告げた。

「なあノア、帰りにもう一回スワンボート乗ろうぜ! 三人で!」

 うん。

 私は、無意味に白いスープを丸くかき混ぜた。

 殿下と旦那様、仲良い、けれど……これ、殿下、遊びたいだけでは?

 不敬だけどね。水族館に来た人間と遊びたがるタイプの、単なる陽気なイルカたちの姿が頭の片隅に浮かんできたよ。


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