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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第二章 海に秘密が溶けていく

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湖に浮かびし麗しの白鳥

 しかし、生態系を壊さない程度にイワナを乱獲して、ウキウキで湖まで持ち帰ってきた、そのとき。

 私は、美しい湖の真ん中を優雅に泳ぐ、一羽の黒く大きな白鳥に目を留めた。

「……あれは……?」

 いや、わかっている。スワンボートだ。こう、なんか二人で頑張ってペダルを足漕ぎして、水面下でバタバタする白鳥の気分になるやつ。 

 でも、その中には、もう見慣れたミルクティー色の髪があった。

 私はぽかんと口を開けた。

「……ぴゅぇっ……?」

 間抜けな鳴き声を発した私に構わず、爽やかな風が湖畔を通り抜けて、大きなスワンボートの背をそっと押す。

 中にいる旦那様の髪が、柔らかに揺れ動いている。

 ――あ、旦那様が笑ってる……。

 私は目を見開いた。肩を震わせて、無邪気に楽しそうに笑われる姿は、私があまり見たことがないものだった。

 けれど、その声を聞きたいと望むことは、できなかった。

 だって、その横に寄り添うように――けっこう大柄な人影があった。

「……で、殿下……?」

 第二王子殿下は、旦那様と何かを語らいながら、楽しそうに肩を揺らしていらっしゃった。

「……そんな……」

 私は理解した。それはもう、即座に。

 ――旦那様の愛人が……殿下だったなんて……!

 あっ……逆っ? 第二王子殿下はまだ未婚だけれど、婚約者様はいらっしゃるわけで、旦那様は私と既婚だけれど殿下のお側にいるわけで――つまり、旦那様が殿下の愛人ってことになるんだっけ?

「奥様、どうなされましたか?」

「……じゃあ、私は……」

 トド。そう、トドだ。旦那様と政略結婚したウォーターハウス侯爵家の娘。

 第二王子殿下に勝つのは、無理だ。……そもそも勝ちたいなんて一瞬でも思うことが間違っている。

「奥様? ネリネ様? どうかなされましたか? もしかして乗りたいんですか、スワンボートに」

「あっ……」

 いつの間にか後ろから近寄ってきた侍女のエジェリーに、声を掛けられて、私はハッとした。

 私はけっこう目が良いけれど、エジェリーには見えていないのだろうか、あの水上の中の甘い密会が。

「……えっと、甘い物も食べたいかもーって……?」

 挙動不審な私に、エジェリーは軽く目を瞬かせたが、すぐに有能な侍女らしく頷いてくれた。

「でしたら、マジョラムたちと合流して、カフェにでも行きましょうか? 良さそうなスイーツを出すお店がありましたよ」

「そうする」

 私は、ゆっくりとスワンボートから目を背けた。

 ……そうなんだ……お幸せに。



 エジェリーが事前にリサーチしておいてくれたらしいカフェは、シトロンのフロマージュがさっぱりの濃厚で、私好みの味だった。合わせてみた深煎りのコーヒーも、苦い香りと味わいが、今はとても心地良い。

「美味しかったね……」

 エジェリーとマジョラムも同席してもらって(さすがにヘンルーダには辞退されたので、別所で休憩してもらっている)個室で無礼講気味に女子会(?)をしたら、気分は少し上向きになった。

 本当はカスタードたっぷりのパイも気になっていたけれど、選べなくても正解だったのかもしれない。きっと、あれは旦那様と殿下が仲良く食べられるほうが、似合っている。

 ――ああ、そうか。愛人が殿下というか、旦那様が殿下の愛人ならば、愛人の子供を正妻(私)との養子にすることができないのか。

 だからあんなに悩んでいたに違いない。

 なんてことを理解しながら、カフェを出る。

 道の真ん前に旦那様がいた。

「……ネリネ?」

「あ、あ、あら、旦那様。……第二王子殿下まで」

 どうしよう、ごめんなさい、逢瀬の邪魔をするつもりはなかったんですけれど!

 しかし動揺する私とは反対に、殿下は陽気に笑いながら私に近づいてきてくださった。

「久しぶりだな、ネリネ。やっぱり日差しは苦手なんだな!」

「お久しぶりでございます、殿下。お見苦しい姿での拝謁をお許しください」

「いやいや、リゾート地でそんなに畏まることはないって! というか俺に畏まる必要があんまりないっていうかな! 相変わらず綺麗だし、ノアと仲良くしてくれているようで、俺も嬉しいし」

「もったいないお言葉でございます」

 とりあえず最初に服装に突っ込んで、そこから諸々上げ下げして不問にしてくれる姿勢、私は好きですね。

 なんて話してると、旦那様があからさまに何気なさを装ったご様子で仰った。

「ネリネ、今から予定はあるのか?」

「特には……宿を取っていないので、今から帰ろうかと思っておりましたが」

「だったら、泊まっていかないか? 試験運用中のホテルで、夕食を食べていってほしいんだ。味は悪くないはずだけど、君の感想も聞きたい」

 思わず私は、旦那様の後ろに控えている従者のシモンを見た。とくに慌てている様子はない。今からでも問題なく用意できるのだろう。

「……ええ、ではお言葉に甘えて」

 え、えぇー? 自ら邪魔者を引き込むの? 疑われないように一人で帰さない判断なのかな? 高度すぎない?

 しかし旦那様は、「よかった」と、なぜか嬉しそうに笑った。

「じゃあ、今から近くを散策に行くんだが、ネリネもどうだろう?」

「お、お邪魔ではありませんか?」

 なぜそんなに自ら、二人のささやかな逢瀬を、トドたる私に邪魔させようとするんですか?

「むしろ男二人で散策するよりもよほど良いよな」

 殿下もなぜか頷かれてるし……。

 あっ、なるほど。カモフラージュかな? お邪魔トド一匹いたところで、二人の固い愛に支障はないみたいな、そういうこと?

「……では、ぜひ」

 私が頷くと、ようやく旦那様が困ったように眉を寄せられた。

「よかった。ただ、もしかすると、少しぬかるむ場所があるかもしれないが構わないか?」

「そうなのですか? では、靴を変えてきても構いませんか?」

 私は急いでブーツだけを、渓流にイワナを釣りに行ったときの物に履き替えることにした。

「なんというか、別に構わないんだが……よくそんな靴を持ってきていたな?」

 合流すると、旦那様は思いっきり私の淑女らしいドレスの裾から見えている、ゴツいブーツに目を向けた。

 そこでようやく私は気づいた。

 ……あー! これ、私のほうから、すみません滑らない靴を持っていなくて……とか言って辞退するところだったんですね? 滑らない靴で滑ることあるんですね!

「えっと……その、少々、渓流でイワナを釣ってきておりまして」

 私は観念して白状した。

「……イワナを? ……そうか」

 旦那様も諦観した様子で頷いてくれた。

「はい。何匹か、生きたまま持って帰ってきておりますので、よろしければ後でお召し上がりになってくださいね」

「良いのか?」

「ええ、もちろん」

 ヤケである。まったく、どこのどんな伯爵夫人が、自分で食材調達してきて夫に食べさせようとするんだろうね?

「そうか、ネリネはイワナも好きなんだな」

 しかし真剣に頷いてくださった旦那様は、どうやらトドの餌を把握してくださるつもりらしい。

「俺も、す……」

 それから旦那様は、優しく微笑みかけてくださったが、ちらりと殿下を見て口を閉じた。

 ……なるほどね? 殿下の前では、たとえイワナの話でも、私に好きだなんて言えないよね。

 それでも旦那様が手を差し出してくれたので、そーっと指先を置いて、エスコートをお願いする。

 けれど旦那様は、露骨なくらい殿下から目を逸らしてしまった。

 そうだよね……義務でやっているとはいえ、気まずいよね……。

 あと殿下はニヤニヤしすぎだと思います。

 もう、なんで私のことまで散歩に誘っちゃったんだろうね? ……あー、一応ウォーターハウスから来た正妻だからかー。旦那様、そういうの気遣うよね……。

 私はもやもやと考えた末に、軽く首を傾げた。

「それにしても、お二人はなぜこちらに?」

 そう、貴方がたの禁断の恋を察してますよ、なんて顔はしてはいけない。ということは、何もわかってない顔で、もっともな質問をしなければならないのだ。さすが私、わかっている。ふふん。

「ここも本格的に開業したら、警備の都合で俺はあんまり気楽には来られないからな! というか他の客の邪魔するからな! 今のうちに全力で遊ばせてもらってる!」

「初めて領内で高級リゾート地として運営するにあたって、改善点を殿下から指導してもらえるなら、もう怖いものがないからな」

 あっ、すごく模範的な馴れ合い貴族の答えが返ってきた……。


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