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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第二章 海に秘密が溶けていく

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素直✕腹心=暴走

 港街の中心街に戻ると、到着時にはまだ準備中だった慰霊祭の用意が最終段階に入っていた。

 メインストリートに等間隔で並ぶ街灯には、キラキラと輝く貝殻やガラス玉を付けた麻縄が巻き付けられている。他にもローズマリーやラベンダー、淡い色のカーネーションなどの花が飾られていて、穏やかで明るい午後の陽射しを受けていた。

 慰霊祭の会場となる灯台広場の手前の公園には、どうやら食べ物や小物の屋台が出ているようで、既に人が集まり始めている。

 花を指差しながらオレンジジュースを飲む親子に、お喋りに花を咲かせながらエッグタルトを食べる少女たち、チュロスを齧りながら歩く青年と鼻をひくつかせる猫。

 みんな、少なくとも不安そうな顔はしていない。ゆっくりと復興祭の側面が浮かび上がるだけの年月を重ねた慰霊祭の――その数時間前を目にしながら、今日泊まる館に向かう。

 出迎えてくれたマジョラムには、残って荷解きをしてくれていたことを労って、お土産で買ってきたアイスクリームを渡した。

 それから私は、ひとまず旦那様と別れて、シャワーを浴びようと部屋に向かった。

 夜の慰霊祭までに、新米伯爵夫人らしく小綺麗にしておかなければならないのである。

 しかし、エジェリーと一緒に私に割り当てられた部屋の近くまで来てから、後方からシモンが追ってきていることに気がついた。

「すみません、奥様。少々個人的にお伝えしたいことがございます。今、お時間よろしいでしょうか」

 余計な人影はない廊下の周囲を見回しつつ、シモンは悩ましげに眉を寄せている。

 えっ、深刻な話? 怖いから聞きたくないです。……などとは言えないので、頷く。

 ちなみにシモンは、振る舞いは朴訥だが、旦那様の従者として非常に見栄えがする、黒髪緑目の上品ワイルド系である。使用人たちの間では、溜め息をつかれて叱られるときに、雰囲気だけサディスティックな色気があって素敵と評判らしい。つまり、黙っていたり無表情だとちょっと怖めの圧がある。

 そしてシモンは、今は目を伏せ気味にしたまま、静かに口を開いた。

「ありがとうございます。旦那様のことなのですが……その、わかりづらいかもしれませんが、旦那様は、現状かなり浮かれておられるのです。奥様が、このアクアマリン伯爵領を、良い場所だと仰ってくださったので」

 ……う、うん? あのね――奥様が来てから水道代が跳ね上がったんですけど? とか、そういう苦情とかだと思ってたら、常夏のサーフィン会場に放り込まれた気分なんだけど。

 いや、わかるよ? 自分の領地を褒められたら嬉しいもんね、相手がトドでも。あれ? むしろトドに褒められたらなんか嬉しいかも?

「ですので、奥様。……どうか、もう少しばかり、旦那様のことを信用してお待ちいただけますでしょうか? 旦那様は、確かに奥様のことを、とても大切にしたいと思っていらっしゃるのです」

「……?」

 私は無言で頷いた。そうなんだ?

 えっとね、伯爵夫人として大切にしてくれていることは、すごく伝わってくるし嬉しい。旦那様、人としてすごく良い人だと思う。

 でも、信用して待つ、とは……? 旦那様と私の関係って、現状維持しかできないのでは?

 私がオロオロした雰囲気を出したためか、シモンも困り顔に拍車がかかって肩を落とす。

「差し出がましい発言ばかりで申し訳ございません。……しかし旦那様は、けして悪い御方ではないのです。ただ少しばかり……女性慣れをしていないだけで」

「そうなのですか?」

 え? でも愛人いるんだよね? 女慣れは……そんなにしてないような気がするけれど、それも私には馴れ馴れしくしないだけかもしれないし、社交界ではむしろ堂々と節度ある振る舞いをされているから、何もわからない。

 しかしシモンは深く頷いた。

「はい。いろいろと考えすぎて、口下手……いえ、説明不足……じゃない、慎重になられる傾向もございますし」

 う、うん、シモンのほうが、すごく言葉選びに慎重になってるんだけど……。まあ確かに、旦那様も話運びに悩んでるときはあると思うけど……。

 もしかして主従って似るのかな? ねぇ、エジェリー。

 しかしエジェリーは、私のアイコンタクトをフル無視して言った。

「大丈夫ですよ、シモン。奥様もたびたび浮かれておりますし、まったく男性慣れしておりません」

 え、エジェリー……?

「しかも動揺されると奇声で鳴くこともございますし、些細なことですぐにニコニコとご機嫌になられますし、あまりにもチョロい……非常に寛大な精神をお持ちです」

 エジェリー、ねぇ、エジェリー……?

 私と違って言うべきことをわかりすぎじゃない? 全然主従で似てなくない?

 しかしエジェリーは、私の困惑をものともせず、近年稀に見る優雅な微笑みを浮かべた。

「ですが、長年ウォーターハウス侯爵家に愛されてきた、今後も一生大切にされるべき御方だということだけは、お忘れなきようお願いしますよ」

「心得ております。アクアマリン伯爵家は、奥様をお迎えできることが叶った日より、必ずやお守りすると誓っております」

 シモンも、即座に深く頷いて礼をしてくれる。

 ……き、きゅい。

 私は喉まで出かかった鳴き声を、ギリギリ人語に変換した。

「ありがとう、シモン。これからもよろしくお願いしますね」

 最後に思いっきり、強制滝登りで東洋の鯉でも龍になれそうなくらいに打ち上げてくれたエジェリーのためにも、頑張るね……?

 それと、シモンもたぶん、私と旦那様がアイスクリームを食べているときに、私が砂糖を入れ続ける奇行をしていたから、心配してくれたんだよね。

 その気持ちを込めて労おうとして、私はハッと閃いた。

「そういえば、シモン。さっきマジョラムに、お土産のアイスクリームを渡したんだけど。もう少し時間があるなら、一緒に食べてきたら? 私たちが食べていたときに、食べていなかったよね?」

「は……」

 シモンの目が、軽く見開かれる。

「今夜は忙しいだろうし。マジョラムは食堂のほうにいるはずだから」

「私は……」

 シモンの頬がじわじわと赤くなる。あまりにもわかりやすい反応である。ごめんね、楽しい。

 実はマジョラムはね、エジェリーと二人でそれとなく聞いてみたとき、とりあえずシモンの顔つきは好みって言ってたんだよね。あと性格も良いって肯定的。まあ理想の恋愛より現状の仕事宣言をしていたから、それ以上はわからないけど……。

 なんて人の恋路の片鱗を眺めてニコニコしていると、廊下のほうから軽やかな足音が聞こえてきた。

「あら、噂をすれば」

 エジェリーが目を細める。栗色の可愛い編み込みハーフアップに緑眼を輝かせた侍女、つまりマジョラムがこちらに小走りで近づいてくる。

「今お話中ですか?」

「もう終わったよ」

 私がにんまりと口角を上げると、マジョラムは首を傾げて言った。

「そうなんですか? だったら、シモンを借りていきますね!」

「……っ!」

 マジョラムは容赦なくシモンの腕を掴んだ。すごいね、マジョラム。シモン、一瞬で耳まで真っ赤になったよ。

「奥様にアイスクリームを貰ったんだけどね、食べたいのが二つあって、絶対に選べないの! だから半分こずつして! お願い!」

 可愛い我儘を成功させるべく可愛さの猛威を奮っているマジョラムと、戸惑いながら連れて行かれるシモンを見送りながら、エジェリーが無情な声で呟く。

「罪深い……マジョラムの場合、あれはおそらく何も考えていない友人仕草です」

「えぇー」

 頑張ってね、シモン。そんなマジョラムが可愛いんだもんね……。

「そういうエジェリーは、騎士団長の息子さんと良い感じなんだよね?」

 気を取り直して他人の恋愛模様を摂取しようと、エジェリーを見上げる。しかしエジェリーは、静かに亜麻色の髪を揺らすと、泉のような瞳を伏せた。

「どうでしょう。筋肉はとても魅力的なのですが、現状は給金がほとんど付き合い酒代に消えているようで……後々改善してくれるのなら良いのですが、周りが全員その調子だと難しいでしょうし……王都で知り合った方が王宮の文官になれそうなら、狙いを変えるのもアリかなと」

「……もっとこう、単純にときめく雰囲気としては?」

「焦れったくて心配になるほどの甘酸っぱさは、他人の恋模様だけでお腹いっぱいでして」

「そっか……どうなるんだろうね、シモンとマジョラム」

 エジェリーは肩を竦めた。

「まああちらは何とでもなるでしょう」

 うん? あちら? というと、そちらとかこちらとかあるみたいでは? あっ、そっか、エジェリー自身のことだね?

「エジェリーなら絶対に良い人を選べるよ」

「そうですね。自信はあります」

 その割に、私を見て盛大に肩を竦めたのはなぜ……?

 しかし私が言及するより早く、エジェリーは「ああ、もうそろそろ支度に移らないと、時間がありませんね」と私を部屋に入れて、ドレッサーの前に座らせた。

「……奥様も、何も悩む必要はございませんよ」

 髪飾りを抜いて、ゆったりと髪を解してくれながら、ふいにエジェリーはそう言った。

 鏡越しに見上げると、私の侍女はいつも通りの微笑みのまま、目元だけをいつもよりも気遣わしげに細めている。

「昼間、旦那様に仰っていたでしょう? 焦らなくても大丈夫だと。奥様もですからね?」

「……うん。ありがとう」

 私は肩の力を抜いて、髪を梳いてくれるエジェリーに頭を預けた。

「ええ。旦那様は、奥様のこと、絶対に好きですからね」

 う、うーん、そう思うのは、エジェリーが旦那様の第一声を聞いていないからだけど。

 ――そうだったらいいのにね?

 と言えるでもなく、とりあえず私は目を閉じることにした。エジェリーに髪を梳いてもらうの、気持ちいいんだよね。

 なんかラッコに昇格した気分で。


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