表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/34

寝る子が育ったあとの未来

「なあ、ダックワーズが散々俺の足で遊び倒した末に、今にも寝そう」

 マシュマロちゃんを抱えたまま、殿下が困ったように申告する。いつの間にかダックワーズくんは、立ち尽くした殿下の足の間で安心したように丸まり、殿下の革靴を枕にうつらうつらと目を細めていた。

「あー、すみません殿下。ほらダックワーズ、昼寝するなら家に帰ってからな」

 フォンテイン子爵がさらっと時空の歪みを作り出して、抱き上げたダックワーズくんをその中に戻した。ねえ、帰るときは詠唱ないの?

「マカロンとマシュマロも、帰ってダックワーズと一緒に昼寝の時間な」

 そう声を掛けられると、マカロンちゃんはフォンテイン子爵の前でぴょんぴょんし始めた。フォンテイン子爵に抱っこされると、満足そうに尻尾を振って、時空の歪みの中に運ばれる。

 その後を、殿下の腕から飛び降りたマシュマロちゃんはしゅたたっと走って、自ら時空の歪みに突っ込んで行った。

 また来てね、マカロンちゃん! ダックワーズくんとマシュマロちゃんも――! 

「グフォッ!?」

 そのとき時空の歪みの中からUターンしてきた白い毛玉が飛び出してきて、殿下の溝尾にぶつかった。

「く、マシュマロ……俺が油断したと思って……」

 マシュマロちゃんは、崩れ落ちる殿下を尻目に、もう一度颯爽と時空の歪みに駆け込んでいった。

「あー……俺が殿下に殺されるときは、マシュマロのせいだと思う」

「いや、テニスをしたときだろう?」

 限界王族友人ジョークを飛ばしているフォンテイン子爵と旦那様に、殿下が苦笑いする。

「オレ ソンナコト シナイ、サミシイ カラ。というか側近やってもらってる友人の首を切って維持できる立場なんてないし」

 ハハハ、と謎に爽やかな笑い声が、風に乗って王都の庭に広がる。

 私は少しだけ日傘を傾けて、上空の青を覗いた。

 王立学院のノリはついていけないというよりと、ついていくほうが不味いと思うけど、うん。

 このアクアマリン伯爵家の屋敷から見る空は、思っていた以上に、悪くない気がする。

 なんて蒼天に黄昏れていると、旦那様から、妙に気遣うような声が届いた。

「……ネリネも、犬を飼いたいのか?」

「えっ?」

 突然そう問われて、私は目を瞬かせた。そういえば実家で飼っていたのは十二匹の亀で、あといたのは父兄弟の馬とかで、あとは母の高貴な猫(シャルトリューのジュヌヴィエーヴ様、私より地位高いときある)がいて、犬を飼うという概念がなかった。

「マカロンのことを、すごく気に入っていたようだから。ポメベロスはレナートの家の血統魔法だから無理だが、普通の犬なら飼えるだろう」

「いえいえ、大丈夫ですよ! マカロンちゃんがものすごく可愛かっただけで、基本的には海の生き物のほうが好きですし! マカロンちゃんは可愛かったですけど!」

 あと、ペットのトドのペットの犬ってややこしいし。

 両手を振ってそう告げると、何やら殿下が旦那様の脇腹をツンツンし始めた。

 フォンテイン子爵も訳知り顔になる。 

「まあ、ノアは犬を飼うより先に、子供なんじゃないか? 犬も個体差があるからな、子供との相性もあるし」

 その瞬間、旦那様が固まった。

 でも殿下はまだそのことに気づかないご様子で、首を傾げられる。

「そういうものなのか? 先に犬を躾けておいたほうが安全じゃないのか?」

「殿下が俺のポメベロスたちに押し倒されても、まだそう思ってくださるのは嬉しいですけれど」

「あー……」

「選んだ犬が、子守と番犬を担えるほど賢く育つとは限りませんよ。アレルギーの可能性や、単純に犬を怖がる子もいますし。まあ絶対にどっちが正解とまでは言えないんですけどね、俺はまだ結婚すらしてないので」

「なるほどな。じゃあ俺もわからんけどわかった」

 殿下は、俺は学んでいますと言う顔でうんうん頷いている。

「あとは、可愛くて賢い犬に、奥方を取られる可能性も……あれ、ノアどうした?」

 ようやくフォンテイン子爵が旦那様が微動だにしなくなってたことに気づいたらしい。

「……子供……」

 硬い声と呟いた旦那様に、殿下も首を傾げる。

「うん? ノア似の見た目で、性格がアクアマリン伯爵夫人になったら、絶対に面白い、じゃなかった、可愛げが増していいと思うぞ!」

「逆にアクアマリン伯爵夫人の見た目で、中身ノアはヤバいですけどね……辛辣なこと言われたときのダメージが増しますし」

「絶対に心にくるよな……」

 ……あのー、お二人とも、私のことをどう認識していらっしゃる? ゆるキャラだと思ってます? ……否定はできない。トドはゆるキャラ。オーゥオーゥ青くなりゆく波際――。

「そんなに身構えなくても、ノアなら良い父親になれるって!」

「前伯爵も良い人だったしな。俺も将来はああいう渋いお祖父様になりたい」 

「それにはノアみたいな優秀な孫がいるけどな!」

「あっ、無理ですね! 俺の孫とか絶対にしっかりしてない! 鷹揚に構えてる余裕がない!」

 殿下とフォンテイン子爵も、あまり黙り込む旦那様を見たことがないのか、謎にテンション高く振る舞っている。

 が、旦那様の顔色は、明らかに悪くなっていた。

「……あの、すみません。少し暑くなってきたので、中に入りませんか?」

 私は淑やかに横入りした。

 ちなみに九十九パーセント本音である。私の日除け重装備は厚いのだ。いくらゆるキャラでも、殿下相手に薄生地のび楽お家ドレスとか着てられないからね、夜会と違ってしっかりと各種首元を覆った長袖の日中ドレスにしっかり帽子だよ。正直マカロンちゃんたちのダブルコートくらいに着込んでる。そろそろ舌出ちゃう。

 まあ、旦那様はずっと青褪めていらっしゃるけど……本当に大丈夫だろうか?



 その後、旦那様は室内でコーヒーと冷えた水菓子を嗜むと、少し落ち着かれたらしい。先ほどのことを誤魔化すように、通常っぽく殿下たちに辛辣な突っ込みを入れ始めていた。

 やがて殿下とフォンテイン子爵も「また王都に来たら遊ぼうな!」と去っていった。ちなみに今日いらっしゃったのは、旦那様と私が明後日からアクアマリンの領地に向かうからと、短い別れを惜しみに来てくださってのことだったらしい。

 というわけで、夕食までしっかり食べてから遊戯室でもボードゲームをして(例によって旦那様の手腕により、私が領地までの道中に食べるおやつのボンボンショコラの山ができた)酒を飲んでいったのに、門限を守る魚捕り少年たちと変わらないノリで「またなー!」とそれぞれ高級馬車に乗り込んでいかれたのをお見送りした後。

 下がるタイミングを見失って眠そうな顔をしていた侍女エジェリーが、私を自室まで送ってくれながら、ポツリと呟いた。

「……そういえば、奥様は、初夜すら旦那様とお茶をされてから自室に戻られて、健やかに爆睡されていらしたそうですが……」

「だ、だって結婚式で疲れてたし?」

 髪の発光を心配しながらの晴れやかなジューン・ブライドで、第二王子殿下やお父様クラスの偉い人たちに対応してたんだよ? 頑張ったよ?

「ええ。ですがその後も、ずっと自室でお休みになられていますよね? なので使用人たちの中では、旦那様が奥様に手を出されないのは――」

「……うん」

 待って、待って怖い話? あのね、エジェリー、まず私はキュッてなった呼吸を整えてっ、水を飲んで、すーはーってして、心臓の準備してからにしたいんだけど――!

「たとえ政略結婚でも、恋愛の過程を大切にされていらっしゃるため、奥様の心の準備ができるまで待っているのだと解釈をしているようなので」

「……んん?」

「お伝えだけしておきますね」

「………………そうなのね」

 あ、あー、あー! 旦那様、この屋敷のほぼ全員に慕われているからね、びっくりするほど前向きな見解になってる……! 少なくとも愛人ってこの屋敷では公認じゃないんだ……?

 道理で「奥様ってば旦那様に愛されないくせに屋敷の女主人面しててウケるー!」という雰囲気が、未だに一切ないわけである。なんならすごく優しくお世辞混じりに褒めてくれる。

 まあ実際には寝室にお呼びでないだけなんだけど……。

 私はどうにかして微笑んでおいた。

 そもそも、エジェリーはどこまで何を知ってるんだろう……。

 最初の顔合わせの、後は若い二人でガハハ! のとき、本当に侍女や使用人たちも全員引き上げちゃったから、旦那様の発言を聞いたのは私だけなんだけど……。

 不甲斐ない主でごめんね? って言うまでもなく、エジェリーはなんか察してる顔をしてるんだよね……。

 しかし、情報通な侍女にどこまで問うか迷っているうちに、エジェリーは、あーやっと休めるー! という表情で「それでは私はこれで失礼します。お休みなさいませ、奥様」と微笑んだ。

 なので、「遅くまでありがとうね」と言うしかなく、彼女は優雅に一礼して下がっていった。

 ……いや、そんな話を聞いたばかりの私は、いくらなんでも健やかに爆睡もといお休みできないんだけど……?

 混乱した私は、落ち着くために、ぐるぐると自室の中を三回ほど歩き回った。そして、結局部屋を脱走することにした。

 階段を無駄に五往復くらいしたほうが良さそうだった。

 けれど、いざ階段を降りようとしたら、踊り場に旦那様が一人で立っていた。

 声を掛けようとしたが、何やら真剣そうに、壁面にかかる先代伯爵の肖像画を見上げている。

「……跡継ぎ、どうしよう……」

 あー、うん。……どうするんだろうね……?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ