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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

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海は広く、世間は狭く

「旦那様は何をされていたんですか?」

 さっそく話を振る人を変えると、旦那様は微妙に頬を掻いた。

「ボート部だよ」

「えっ」

 ボート部? 意外……いや海側領主としては当然の嗜みではあるかもだけどね? でも雰囲気がボート部よりボードゲームクラブっぽいから……。まあ、確かにエスコートしてもらうときとかダンスのときとか、あれ意外と身体すっごく引き締まってない? とくに上半身、見た目に反してかなり強くない? とは思っていたけども。ボート部製だったんですか……なるほど。

「……ウォーターマン先輩が主将の代だけ、すごいスパルタで、その、印象深かったよ」

「んぅえぁっ」

 あああ兄とも弟とも寮は違うって聞いていたから今まで気にしてなかったけど、そういえばお兄様、旦那様の一学年上でボート部……!

 頭を抱えたくなって、代わりに持っていた扇子を広げて、口元というか顔半分を覆う。

 すると、マカロンちゃんを撫でていたフォンテイン子爵が、にやにやと笑った。

「お前、代替わりで熱血のウォーターマン先輩から感動的にオールを受け継いでおいて、翌日あっさりと今後は心身に負担が掛かるだけの無駄な根性論は省いて、効率的に鍛えて勝つ研究の時間を増やす! って宣言してたよな」

 あ、しかも主将だったんだ……?

「……俺もあのときはまだ青かったんだ……」

 扇子の上から見上げると、旦那様が気まずそうに呟く。ちなみに王立学院は十二歳からの少年部と十八歳からの青年部に分かれていて、部活で鎬を削るのは少年部のほうである。青年部は、家の跡継ぎか頭良い研究者候補以外はあまり進学せず、肉体派の人材ほど就職したり士官学校に向かう可能性が高いからだ。

「その、私は合理的なほうが好きですよ」

 お兄様は単に筋トレが趣味なだけですからね。と優雅に微笑んでみたが、ダックワーズくんに付き合ってやたらお洒落なステップを踏んでいた殿下が、再び鳩尾を狙いに来たマシュマロちゃんを捕獲しながら口の端を吊り上げる。

「そんなんだから婚約を申し込んだときにウォーターマン先輩から断られるんだぞー?」

「えぇ?」

「いや、それは、その」

 弁明を言い淀む旦那様に、再びフォンテイン子爵様がにんまりとする。ちなみにマカロンちゃんはフォンテイン子爵の撫でには満足したのか、旦那様の足元に走ってきた。

「なんか、妹は俺よりお前みたいなインテリのほうが確実に好きだから駄目だムカつくみたいなこと言われてたよな」

「お兄様ぁ……」

 行き遅れの妹の奇跡的な婚約話を邪魔しないでくださーい……。

 膝から崩れ落ちた私は、とりあえず旦那様の足元で可愛らしく転がり始めたマカロンちゃんを拾い上げることにした。旦那様はね、マカロンちゃんは女の子だから……駄目です。いくら可愛くても、間女の間女はちょっとね。

「……もふもふ」

 海には向いていない、ふわふわの毛を撫でる。

 水は弾かないし、海では確実に生き残れない可愛い脚。でも、ふわんふわんの毛の奥に、細かい毛の層があって、体温を逃さない構造だ。完全に陸上の仔。小さくて皮膚も薄くて、心音も速い。

「あったかい……ふわふわ……かわいい……」

 座り直して膝に乗せると、マカロンちゃんは満更でもない様子で私のスカートの上をゴロゴロしている。さっきまで芝生を駆け回っていたけれど、毎日手入れされているらしく、かなり綺麗な毛並みをしている。

 しかしふと気づくと、旦那様が難しい顔でふわふわのマカロンちゃんに夢中な私を見ていた。

「あ、すみません。思わずはしゃいでしまいました」

「いや、咎めているわけでは……。海の生物だけでなく、陸上生物も好きなんだなと思っていただけだ」

「さすがに可愛すぎますからね……」

 殿下がにやりと笑った。

「ノアの髪も、撫で心地は良いと思いますよ」

 おっと、そういう暴投の受け止め方は学んでないですねー? 私は正妻であり本命ではないので!

 旦那様は、殿下をギリギリ睨んでない感じに目を細める。

「殿下。面倒な行事が軒並み終わって、開放感に満ち溢れている今が一番失言が多い時期ですよ」

「おお、ガチ説教じゃん。ありがとう、ノア。そんなに俺のことを考えてくれて」

「……あの、殿下は、旦那様の髪を撫でたことが……?」

 つい好奇心で聞いた瞬間、旦那様は殿下を思いっきり避けるように距離を取った。

「うーん、撫でるには警戒心が強過ぎる」

「自分の家の庭に殿下を転がしてる時点で、俺もレナートも、殿下に訴えられたら終わりますが? 警戒心があればそんなことしません」

「俺は友情のおかげでポメベロスたちと触れ合えている……」

「転がってるのは殿下だけですよ」

 殿下は唇をきゅっとさせて、私の膝の上を見た。

「マカロンも転がってるだろ!」

 旦那様も私の膝を見た。マカロンちゃんはころんころんとすごく可愛いポーズを取っている。なるほど、これがファンサの上手いモテる女の子の貫禄。

「犬ですが……」

「ダックワーズは、殿下のことを先輩大型犬だと思ってる可能性はありますけどね」

 旦那様の困惑に、フォンテイン子爵が付け加える。それから私に向き直って、誇らしげな笑顔になった。

「まあ、これが俺の魔法だ。有用だろ?」

「はい。とても素敵ですね」

 だってふわふわマカロンちゃんもふもふ。

「いいか、マカロン。ちゃんとこの人のことも覚えて、何かあったら守るんだぞ?」

 あああぁっ! いまっ、きゅーんって鳴いてくれた! 私のほうを見上げて、マカロンちゃんがっ、きゅーんって! 

「ありがとうございます、フォンテイン子爵! わ、私っ、ちゃんとマカロンちゃんを守りますね?」

「ネリネ、違う、逆だ」

 旦那様から横から冷静な突っ込みを入れてきて、マカロンちゃんを抱き上げて私の膝から下ろした。

 マカロンちゃんはすぐさま、なんで下ろすのー? とでも言いたげに、旦那様の足に飛び掛かっている。可愛い……。

 そしてフォンテイン子爵が私の発言の後から、無言でお腹を抱えて震えながら、焼けていく海老みたいになってる……。淑女を笑わないように頑張ってくださるらしい。申し訳ない。


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