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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

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キミガキレイとガラスのカナリア

 その後、お疲れのはずの旦那様が二曲目も踊ってくださるようだと浮かれていたら、気づけば三曲が終わっていた。

 さすがに私が殿下と合わせて四連続で踊っているので、五曲目が始まるのを聞きながら、輪を抜けることにした。まだ踊れるけど、無理をするために来ているわけじゃない。

 けれど、ダンスを眺めながら歓談していた人たちのほうに戻ると、旦那様への視線が集中していることに気がついた。

 ……まあね、仕方ないね。旦那様格好良かったからね……。

 たぶん称賛だと思うけれど、それが落ち着かなかったのか、旦那様の足が速くなる。

 旦那様が壁際にいたスタッフからレモンジュースを受け取って、私にも渡してくれた。そのまま会場の外、バルコニーのほうへ向かうらしい。

 この時間の良いところは、踊り続けているか、もしく会場から離れれば、たいして社交していなくてもバレないところだと思う。

 バルコニーに出ると、涼やかな夜風が火照った頬を撫でてくれた。

「……旦那様、注目されていましたね」

 先導されて背中が見えているうちに、ぼそっと呟いておく。さすがに顔を見て言う勇気はない。

 けれど旦那様は「うん?」と不思議そうに振り返ってきた。駄目です、まだ前を向いていて―― 

「君が綺麗だからだろう」

「――? ……キミガキレイ……?」

 なんだっけ。カレイの仲間だったっけ?

 聞いたことはある気がするけど水族館にも漁港にもいなかったはずの不思議な魚の名前を、私は呆然と繰り返した。

「……あの……キミガキレイ、どういうお魚でしたっけ……? カレイかエイですかね……? 黄色いんですか?」

「ネリネ」

「お花……?」

 ネリネとは、ヒガンバナ科ネリネ属、美しい海の妖精ネーレーイスを由来とするらしい花である。花弁に日が当たるとキラキラ輝くため、別名はダイヤモンドリリーとも呼ばれる、なかなか可愛いお花である。ただ、キミガキレイ、という別名はなかったと思う。

 しかし旦那様は、少しばかりムッとした表情で告げてきた。

「君のことだよ。ネリネ・クルーズ」

 私は背後の会場を振り返った。もう一度旦那様を見た。私を見ていた。

 うん。私しかいないね。

 ……なるほどね? つまり旦那様は、さっきの注目は、私が綺麗だから受けたものだと思ってるんだね?

 ……それは違うね?

「いえっ、絶対に全員、旦那様のほうを見てましたよ!」

「なんでそんな自信満々に……」

 向き直って叫ぶと、明らかに顔を顰めた旦那様に、さらに私は被せ気味に言った。

「旦那様がカッコいいからですね!」

 その事実への自信はある!

 しかし旦那様は、狼狽したように私を見たまま視線を揺らした。

「……そう思ってくれているのか……?」

「は、はい」

 あ。うわ、どうしよう、勢い余って言っちゃった……けど、嘘ではないからね、撤回はできない。

「あの……」

「なんだ」

「……なんでもないです」

 君が綺麗、なんて、本当に思ってないと出てこない言葉ですよね? ――とは、聞けなかった。

 だって実は愛人に言い慣れているからだよー、とか言われたらね、私でも嫌だし。……旦那様の様子を見た感じ、そんなこともないような気はするんだけども……わかんないや。


 黙って並んで冷たいジュースを飲む。そうするとモヤモヤした気分は胸よりも下に落ちていって、ひとまず楽になった。

 そのまま、しばらく会場の外の夜を堪能する。中からは華やかな音が多重に聞こえてきて、ここが外なのに、まるで貝の中に入っているみたいに静かだ。落ち着く。

「……そういえば、旦那様の魔法って、いったいどういうものなのですか?」

 遠くの木からこちらを視ている、仄かに輝く二羽の小鳥に視線を向ける。旦那様と顔合わせのときから、少し桃色っぽく輝いている一羽が、常に私の五十メートル以上先にいるようになった。まったく気にならないから気にしていなかったけれど、その効果を実はまだ聞いていない。

 けれど旦那様が、驚いたように少し目を見開いた。

「……知らなかったのか?」

「はい」

 頷くと、困ったような眉になる。

「そうか、すまない。てっきり、誰かしらに聞いているものだと」

 その言葉に、私は理解した。

 ……ああ、なるほど。お父様かお兄様あたりは、とっくに旦那様の魔法を知っているのか。だから、もう私が知っている前提でいたのだろう。

 だって魔法は使える人の少ない力だから、良い魔法を持っていたら婚約に有利となる。……父ならば、今後家の繋がりを持つ相手がどんな魔法を使えるのかなんて、当たり前に吐かせただろう。ウォーターハウス侯爵には、娘をできる限り良い相手に嫁がせる義務がある。そして下手な相手と縁を作るくらいなら、無理に嫁がなくてもいいと判断していた。 

「すみません。聞き損ねていました」

 私は苦笑した。

 そう、私が知らないだけで、旦那様は父のお眼鏡に適っている。でもね、私の実家、すごく力はあるけど、いやあるからこそかもだけど、あんまり報連相の感覚がないんだよね……あるのは筋肉、パワー、物理的解決だよ。

「いや。俺がちゃんと説明すべきだったな」

 旦那様は人差し指を魔法の小鳥たちに向けて、ちょんちょんと呼び寄せるような仕草をした。水色っぽい小鳥と桃色っぽい小鳥が、すぐさま飛んできて、旦那様の腕に留まる。

「水色の子のほうは、いつも旦那様の近くにいますよね」

「ああ。概念体だけどな」

 ようやく間近で観察できたその鳥は、カナリアのように小さく可愛らしい姿をしていた。本物の小鳥のように、ちろちろと首を動かして落ち着きはあんまりないけど、鳴きはしないみたいだ。

「触ってみてもいいですか?」

「どうぞ。動きはそれなりに擬態してるとは思うけれど、質感は違うかな」

 旦那様が小鳥を近づけてくれたので、指の腹でそっと撫でてみる。確かに、本物の小鳥の羽毛のような滑らかなふわふわ感じゃなくて、高密度の魔力で構成されていることがわかった。温かいガラスのような不思議な感触がする。

「この鳥には、監視させている相手が危険に陥ったときに、俺に報せる力があるんだ。それと、命の危機や敵意を持って攻撃されたときに、一度だけなら護ってくれる」

 なるほど……えっ、すごいね?

「だが、俺がすぐさまその場に移動できるわけでも何でもないから、根本的な解決はできない。凶弾も二撃目は防げないから、役に立たないのが一番だな。とはいえ、自分で転んでかすり傷を負うときにも反応しないから、そんなに強い魔法ではないんだ」

「……でも、一度目を防げるのは、大きいですよ」

 だって……やったか? ――やってない! ってなるからね、自動的に。

「……うん。ないよりはあったほうがいいと思って、君と殿下と俺自身に付けている。今のところ、三体が限界なんだ」

「そうだったんですね。ありがとうございます」

 どうやら私は知らなかったのに、護ってくれていたらしい。

 ……あ、えっと、ちなみに本当は四体だせるのか、愛人さんは護らなくていい安全な場所にいらっしゃるのか、どっちだろう……。いや、私もまあまあ危ういこともある身の上だから、この小鳥は愛人さんに譲ってあげて、なんて殊勝なことを言うつもりはないけれど……。


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