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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

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揺蕩う視界(一倍速)

 しかし料理を終えると、ジゼル様は早々に席を辞してしまい、フォンテイン子爵も慌ててエスコートして行ってしまわれた。

 殿下も他のテーブルへのお声掛けを再開されたので、私は少しばかり旦那様と二人で話すことにした。

「――さすがに王宮のお料理は美味しかったです……最後に頂いたアイスケーキパルフェ? も絶品でしたし」

 アイスクリームを何層も重ねてケーキに見立てて、生クリームやクランブルやベリーやお花でたっぷり飾ったデザートは、これから王都で流行るんだろうな、という出来栄えだった。

「うん。もう少し爽やかにアレンジすれば、うちの領地でも流行るかもしれないな……」

 ゆっくりとお茶をいただきながら、旦那様が頷く。

 よし、和やかな雰囲気だ。私は周りに人がいないことを確認しつつ、早々に本題に入ることにした。

「あの、ところで先ほどお会いしたジゼル様のご様子についてなのですが……あまりにもお食事を召し上がっていらっしゃらなかったようなので。いつもそうなのか、後日フォンテイン子爵に確認していただけませんか? ……差し出がましいことかもしれませんが、心配なのです」

「ああ、そうだったのか。わかった、妙な食事制限は体に毒だからな。レナートに聞いてみるよ」

「ありがとうございます」

 旦那様が真剣そうに頷いてくださったので、私もひとまずホッと息を吐いた。

 でも、うん。やっぱりダイエット目的だと思うよね……。そうでなければ体調不良だけど……スープも飲んでなかったからね……。

 飲みかけの紅茶をソーサーに戻して、揺れる水面を見つめる。言うべきかどうか少し迷ってから、旦那様に問い掛ける。

「あの……魚を食べるときに、魚が可哀想って思いますか?」

「ん?」

 おお、かなりの怪訝な顔をされてしまった。まあ当然だろう、海側に領地がある貴族としては、お魚は民を生かすための資源である。可哀想というのは問題にはならない。

「それはまさか、ミルテ侯爵令嬢が言ったのか?」

 確かめるように問われて、私は頷いた。

「ええ……その後のお肉は一口いただかれていたのですが、ホタテのスープにも手を付けておらず、少々珍しいなと印象的でして」

「……なるほど」

 旦那様は考え込むように数秒黙ってしまった。

 人間って陸の哺乳類だから……陸上生物を食べるのは可哀想だけど、お魚は平気って人ならそこそこいると思うんだよね。でも、逆は――けっこう珍しいんじゃないかな?

「……ここで話すことではないか」

 やがて旦那様はそう呟いた。私は、とりあえず紅茶を飲み干した。



 やがて、照明の色がほんのりと変わり、会場の奥中央がそれとなく開かれる。そろそろダンスの時間なのだろう。

 ぼへっとそれを見ていると、殿下が近づいてきた。

「――アクアマリン伯爵夫人。私の誕生日の記念として貴女と踊る時間をいただけますか?」

 …………ぷきゅぅー?

 一回瞬きしてみたが、殿下は完全に、私に向かって手を差し出していた。

 え、本当に私? ……あっ、私だ、今この場にいる殿下の周囲で一番立場が安定して高い既婚者! 私だ――っ? 

「……光栄ですわ、殿下」

 私は微笑んで、殿下に自分の手を預けた。

 軽く引かれて後に続きながら、軽く旦那様を振り返るとなんとも思ってなさそうな顔をしている。当然である。

 殿下、普段なら妹王女殿下と踊られていたと思うんだけど、今夜のお誕生会はね、いらっしゃらないからね……。

 中央に進み出て、殿下と向かい合って優雅に一礼する。一応、元ウォーターハウス侯爵令嬢として、主催や外せない夜会とかでは何回か最初に踊ったこともあるからね。実家の家族構成が父母兄私弟だからね。兄が結婚する前とか、母が体調不良だったりとか、弟が社交界デビューしたりとかでね、だいたい家族の誰かに適当な相手として引っ張り出されてる。だから大丈夫、私はできる女……である可能性はちょっとくらいある。

 ……水族館の水槽の内側に入った気分にはなるけど。殿下ずっとこれをこなしてて偉いよね……。

 再び殿下に手を取られて、曲が響き始める。ゆっくりと踊り始めながら、私は実家の水族館に思いを馳せることにした。久しぶりにイルカショーを観たいな……みんな元気かな……。

 いやだって、眩しいんだよ? シャンデリアに照らされる殿下のご尊顔。ずっとミスらないように気を張りながら殿下の肩口だけ見てる、わりと虚無の時間だよ?

「悪かったな、新婚なのに引き離して」

 やがて踊り終えた拍手の中で、殿下は苦笑してそう言ってくださった。

 まあ、殿下と同世代のご友人たちの同伴者は、まだ婚約者止まりの未婚のご令嬢ばっかりだからね……そっちを誘うわけにはいかなかったもんね。 

 一礼の後、殿下はさらっと私をエスコートして旦那様の方にリリースしてくださったので、そのままキャッチしに来てくれた旦那様と踊り始める。

 ……うん。すごく踊りやすいんだよね、旦那様。殿下もめちゃくちゃ上手かったんだけど、気遣い慣れすぎた人特有の繊細さがあってね。その点、旦那様は雰囲気は細身の知的な青年っぽいのに、意外と厚みがあるし、体幹がしっかりしてるし、動きにも無駄がない。でもリードは的確で、私が動く余白もある。

 こんなに踊りやすい人は初めてだ。まあ家族意外と踊ったことはあんまりないんだけど、弟はともかく、父と兄は……ね? 高すぎる身長に盛り上がりすぎる筋肉で、私が添えるべき手の位置も高くなりすぎて疲れるし、しっかりホールドしてくれるのは有り難いけど、そのままぐるんぐるん振り回されるからね……。優雅な大円舞曲が体感三倍速くらいになるし、私の足は床から五ミリ浮いてるよ。

 だから、こんな……周りの景色がちゃんと見える! 動体視力検査されてない! 床が踏めてる! 楽しい! あとちょっとだけ高めの身長も、なんか俯瞰したときに割り増しで上手く見えてる気がする! ってなるのはね、有り難いことなんですよ、ええ。

「ネリネは、踊るのが好きなんだな」

「え?」

 ふいにそう言われて、私は旦那様を見上げた。

「ダンス中は、ずっとにこにこしているから……違うのか?」

「違いません……」

 私は、ほんの少しだけ躊躇って、結局言ってしまうことにした。

「……旦那様とのダンスが、その好きというか……楽しいんですよ。だからです」

 おっと、旦那様、今ステップをちょっとミスらなかった?

 心做しか顔も赤いけど、熱いのかな? この夜会の準備も手伝っていただろうし、当日もご挨拶で動き回っていて、ダンス中も殿下の代わりに会場内の様子を見ていたみたいだし、ずっと忙しそうだもんね。お疲れ様です。

「……そうなのか。それは良かった」

 触れている手の力が、ほんの少しだけ強くなった気がして、私はその分だけ力を抜いた。

 まだやっぱり緊張してたんだよね。


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