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君を愛することができないって言われたからペットのトドとして暮らそうとしてるんだけど、旦那様けっこう構ってくれる  作者: 鶴川紫野
第一章 陸で迷子の海獣たち

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遭難トド救助船

そしていざ夜会である。

 日々王宮に出仕している旦那様は常に格好良いので、顔合わせのときも真面目に誠実に整えてきましたみたいな感じで格好良かったし、結婚式のときは完璧過ぎてもはや演劇の中の人みたいだったので、もちろん夜会も、日常より盛った感じが最高に格好良いのはわかりきったことだった。

 なので、屋敷で旦那様を見たときは、おおー、さすが旦那様! となっていて私も途中までは何も気にしていなかったのだが、いざ王宮に入ってから、ふと気づいた。

 私とリンクコーデである。

 格好良い旦那様と、私――リンクコーデ着てる。お揃いで仕立てたのだから当然である。どうしよう。つらい、無理、助けて、荷が重くて平目になりそう。華麗ではない。

 あー、あと加齢について話を振らないでくださーい。それとなく行き遅れが結婚出来て良かったねってご挨拶は止めてくださーい。

 まあそんな状態で、しつこい年長者の話を大人の対応で聞き流し、同世代の嫌味を言う顔より優雅に微笑み、コイツら全員クラゲ並に血も涙も心も脳も無いですわー、わぁひらひらして綺麗ですねーって思っていたら、さすがに疲れた。

「……ネリネ、大丈夫か? 休憩室に行こうか」

「いえ、壁際で少し飲み物でもいただけば、落ち着きますから……」

 旦那様とて、伯爵とはいえ社交界ではまだまだ若輩者扱いされる身である。やたらと悪妻の私を庇っていただくわけにもいくまいと、たまに自虐も挟んでたせいで、ちょっと心がひもじい気分なだけである。

「そうか。それならその間に、君が出向く必要のない相手に挨拶してこよう。すぐに戻るが、体調が治らなければ、俺を待たずともちゃんと休憩室に行くように」

「わかりました、ありがとうございます」

 頷くと、世話焼きで気の利く旦那様は、ジュースを持ったスタッフにさりげなく目配せをして、颯爽と人混みをすり抜けて消えた。社交会場って熟練者なら泳げる場所だったんだね……。

 差し出されたジュースを受け取り、一口いただくと、瑞々しい果実の酸味が会場の熱気を和らげてくれた。これ美味しい。さすが王宮。さすが第二王子殿下のお誕生日。おめでとうございます。

「あら、ウォーターハウス侯爵令嬢ではありませんか」

 しかし、突然完熟でも爽やかなジュースを台無しにする青々しい声が飛んできた。気のせいかな、と思ったけれど、わざわざ目の前まで重そうなドレスでえっほえっほとこっちに近づいてくる。うわ、ご苦労様です。

「……ご存知ないようですが、今の私はアクアマリン伯爵夫人ですよ」

 やだー面倒臭い人来たー! あなたに認められてなくてもこれ一年前からの公式発表済みの既出情報ですのよー!

 とかは言わないように、私は小首を傾げて微笑んでおいた。もちろん相手もそれだけで帰るわけにはいかないから、ニマニマと笑ってくる。

「今夜は引き籠もっていらっしゃらないのねぇ?」

「ええ。私、もともと夜は昼間ほど引き籠もっておりませんよ?」

 そう、出席率ほぼゼロパーセント付近の昼に比べればね。

「あら、そうでしたの? 影が薄くて気づきませんでしたわぁ」

「お気になさらず。夜は濃い影も他人に紛れるものですし、皆が皆、よく気が付く方ではありませんからね」

 私は肩を竦めてジュースに口を付けた。しかしグラスを傾ける前に、重そうなドレスの婦人は眉をひそめた。

「確かにウォーターハウス侯爵家の皆様は、獣のように目敏いですわねぇ」

 それはそう。私はジュースの残りを飲むことにした。――ああ、そうだ。この人、名前は思い出せないけれど、確かウォーターハウス侯爵家が王都に建てた水族館の前で、海外から仕入れた絵という名目で、子飼いの売れない画家の絵を売っていたお店の娘さん、かな?

「ええ。海で些細な変化も見逃してはなりませんからね。目を曇らせていては、自分や周囲を危険に晒してしまいます」

 ようやく思い出せたので満足して、空になったグラスを近づいてきてくれたスタッフに返す。それから、遠くから滑らかに近づいてくる人を見つける。

「その点、ウォーターハウス侯爵家も、そしてアクアマリン伯爵である私の旦那様も、影の薄い私をちゃんと見つけてくださいましたわ」

「ネリネ」

「旦那様」

 気取って微笑むつもりだったのに、思いのほか頬が緩んでしまった。だって声が優しかったんだよ、仕方ないね。

「向こうで食事しよう。今夜は魚料理が豊富だそうだよ」 

「わぁ、やったっ……嬉しいですわ!」

「ただ、殿下たちもいるけれど」

「まあ、第二王子殿下には日頃から良くしていただいているのに、よろしいのかしら」

「ぜひネリネに会いたいそうだ。この間のお礼も兼ねて、と」

 助け舟と呼ぶには大型船すぎる旦那様が、左腕を差し出してくれる。私は優雅にその命綱に手を添えて、顔だけ見たことある婦人に会釈した。ごめんね、本気で高位貴族と海側貴族しか、お名前あんまり思い出せないんだよね、私が社交をサボりすぎてるせいで……。

「では、私はこれで失礼いたしますね」

 さて。――大好きなのは! コネ! 金! 権力ぅ!

 貴族だからね、仕方ないね!

 それよりお魚お魚! 王宮のお魚食べる!

 にこにこを隠せない私を見て、旦那様が微笑した。

「余計なことをしたわけではなさそうで良かった」

「余計なこと、とは?」

「ふと君を見たら、ご婦人に向かって微笑んでいたのに目が据わっていたから。あまり気分の良くない絡まれ方をしていたのかと思って」

「……ええ、助かりました。ありがとうございます」

 ……わざわざ見てくれたんだ。で、来てくれたんだ。

 申し訳ないなって思いながらも、どうしよう、すっごく嬉しい。

 おかげさまであの場からとてもスムーズに退席できました。


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