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殺しとは

 滴り落ちる血。

 首筋から流れ、腕を伝い、指先から地面に落ちる。


「全く‥‥やってくれましたねぇ」


 擦れる声で文句を吐き捨てる。


「まさかあれほどとは‥‥流石は熾天使、と言ったところですか」


 そう言ってから、すぐに笑う。


「ですが、結果としては‥‥ワタクシの”勝ち”ですよ」


 その日、熾天使が一人死んだ。

 百年? 千年? いや、天界が創造され、天使が創造されたその時から、一切変わることのなかった熾天使に空席ができたのだ。

 それはまさに世界を揺るがすほどの事件に、天界は震撼した。


 そして、その犯人は世界で最も天使を殺した大罪人として、天界から最も警戒される対象となったのだ。


 大罪人の名は四魔将<殺蝶>。

 魔王から地獄の影を与えられ、至上最低の悪魔として名をはせた巨悪である。




 * * *




「ディアベル、どういうことだ!」


 熾天使の死後、魔王はディアベルを呼び出すと、酷く叱りつけた。


「お、落ち着いてミレイア」

「落ち着いてなんていられない! ディアベル、答えろ。”どういうことだ”」


 鋭く、心臓を突き刺すような声。

 しかし、ディアベルは一切動じない。


「わたしがお前に地獄の影を渡したのは、熾天使を殺す為なんかじゃない」

「ほぉ?」

「わたしは、お前を”守る”為に地獄の影を渡したんだ」


 その言い様にディアベルは一笑し、切り捨てる。


「ふっ」

「なにもおかしいことはない」

「いえ、おかしいですね」


 ディアベルは格上の魔王に対して、挑発的な視線をぶつける。


「ワタクシを‥‥守る? ふふっ、ご冗談を。魔王様のいったいどこにワタクシを守る理由があるのでしょうか」

「そんなの、お前がわたしの友達だからだ。それ以外に理由なんてない。他の四魔将もそうだ。全員わたしの友達だから、わたしの力を貸して守ってるんだ」

「‥‥勘違いも甚だしい」


 ディアベルは聞こえないような声量で言い捨てると、一度視線をリーベルシアに向け、再び魔王に視線を戻す。

 その時、魔王の瞳に映ったディアベルの顔は、狂気的とも言い難い、深く‥‥怒りと恐怖を混じり合わせたようなものだった。


「世間一般的に、それは”支配”と呼ぶのです」


 ディアベルのその言葉が、魔王の耳に届いた瞬間、辺りに瞬間的な恐怖が走る。

 魔王は触手を露にし、ディアベルに威嚇する。


「ふっ、こういうことですよ」


 ディアベルがそう言うと、魔王はすぐに触手を引っ込めた。


「わ、悪かった‥‥」


 そう言う魔王を無視して、ディアベルは話を続ける。


「他の四魔将がどうかは存じませんが、少なくともワタクシを”守る”などという意味の無いもので縛ることはよした方がよいですよ? これはあくまで友達という名の契約なのです。ワタクシにもメリットがあるからこそ、この友達という縛りを許容しているにすぎません」

「‥‥それ、本気で言ってるのか?」

「えぇ、もちろん」


 ディアベルのはっきりとした物言いに、魔王は言葉を失う。


「ふっ、結局はその程度。そもそも、ワタクシはこれまでにも多くの人間、そして天使を殺してきたというのに、今回熾天使が殺されてようやくお咎めというのは、あまりにも”神らしい”がすぎますよ」

「‥‥‥」

「えぇ、そうでしょう。人間やただの天使程度、神からすればそこらへんにいる虫と大差ありません。ですが、熾天使ともなればそれは虫程度、で見過ごせるようなものではなくなる。端から、ワタクシたちの間には、絶対に埋めることのできない”価値観の差”というものがあるのです」


 神は、理性に生きる冷酷な存在。世界にとって影響の少ないものに関しては全く興味を示さない。何故なら、神は世界に縛られているから。事実、リーベルシアは絶対的な平等を掲げるが余り、ディアベルが天使を殺していることに関しても、天使もディアベルを殺そうとしているのだから、お互い様ということで片づけている。


(やはり、同じ生物とは思えませんね。事実、そうでしょう。そもそも神は生物とはかけ離れている)


「ディアベル。うちの子たちもあなたを殺そうとしてるから、私は何も言わないけど‥‥でも、悪いことはしちゃダメだよ」


 ディアベルはリーベルシアの優しすぎる説教に苦笑で返事をすると、魔王たちに背中を向け、首にかけていた水晶を握って魔王に見せる。


「ご安心ください。”これ”がある以上、ワタクシたちの友達という契約は途切れません」





 そう、この力。この力さえあれば‥‥‥


 ―――ワタクシは、貴族悪魔(自由)に成り上がれる。





「へぇ、そんな風に思ってた‥‥のね?」


 ディアベルが地獄に帰った時、目の前に突然現れた二又の尾を持つ悪魔はその無様な蝶を笑った。


「ふふふっ、馬鹿じゃないの? あんたみたいな‥‥”平民(罪人)”が、ワタシと同じ? 無理」


 二又の悪魔がディアベルを強く睨みつける。すると、地面から重苦しい鎖が生えてきて、ディアベルを縛り付けた。


 ‥‥何故。

 何故何故何故。

 何故何故何故何故何故何故何故。


 世界は、これほどにまで理不尽なのか。


「熾天使を殺ったんでしょう? それで勘違いしちゃったのね。‥‥残念。あんたはいつだってワタシの”奴隷”なの。一方的な契約に縛られるワタシの女。そうよね?」

「‥‥‥」

「黙っちゃたの? あらら。相当怒ってるのね? 分かるわよ。せっかく神の力を手に入れて、それで人間界に踏み入れるという自由を手に入れたのに‥‥また、その自由を失いかけているんだもの」

「‥‥‥」

「にしても‥‥ふふっ、本当に災難。熾天使との戦いで‥‥残っちゃった? 後遺症」

「黙りなさい」

「あは! 随分と威勢が無くなっちゃって。かわいい」


 ディアベルは熾天使との戦いで勝利を収めた。しかし、それと同時に深い傷跡を残されてしまった。


 それは―――心だ。


 もしかしたら、自分は死んでいたかもしれない。

 悪魔になってしまった以上、死ぬということは完全な消滅を意味する。

 もしそうなれば、自分は永遠に自由を手に入れられなくなってしまうかもしれないと言う強い不安がディアベルの心を埋め尽くしてしまった。


「だから、平民なのよ」

「‥‥?」

「その程度で心を崩されてしまうから、あんたはいつになっても自由にはなれないの」

「‥‥貴様。ワタクシの心を読んだな」


 二又の悪魔は顔を、縛り付けられているディアベルの顔に近づけると、不快感をねじ込むような表情を見せた。


「ワタシとあんたとの間にあるこの”鎖”は絶対に切れない。何があろうと、あんたはワタシのもの。その体、その心、その全てはワタシのものになるのよ」


 ディアベルは強い抵抗心を見せつけるように、腕を大きく振り被り鎖を強く揺らす。

 しかし、鎖が切れる様子は無かった。


「ふっ、その抵抗がいつまで続くか見ものね。まぁ、その抵抗が完全に消える時を楽しみにしてるわ。ワタシ、少しでも抵抗心がある子は大嫌いだから」


 そう言い残して、二又の悪魔は姿を消した。それと同時にディアベルを縛っていた鎖が解ける。しかし、その心を縛り付けている”鎖”は未だ消えていない。


 ―――自由が崩れ落ちる。


 端から、自分は自由から抜け出せてなどいなかったのだと、気付かされてしまった。


「‥‥このワタクシが、縛られている?」


 ディアベルは笑う。

 しかし、その笑いは乾いており、すぐに怒りが追い越してくる。


「ふざけるな! あのクソビッチが。ワタクシを縛るものなどあってはならないのですよ。それにも関わらず、あのクソクソクソクソクソクソ」


 どれだけ地面に怒りをぶつけようと、怒りは収まらない。

 普段であればそんなことすぐに気付いて平静を取り戻せるのに、今回はどうも上手くいかない。


「そうだ。この心、こんなものがあるからワタクシは縛られている。あの熾天使に凍らされてしまったこの心さえ溶かすことができれば‥‥ワタクシは、自由になれる」


 そう、殺しとは―――自由なのだ。


「全ての愚か者に見せつけてあげましょう。ワタクシこそが、世界で最も自由な、夜空をかける蝶なのだということを」

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