92話:私が決めた運命なんだよ
数日の夜を過ごして、パーティの準備も整った。
正直、それほど大掛かりである必要は無いが、せっかくだから大掛かりなものにする。
ロゼリアに招待状を送って、グレイアに頼んでロリエルも呼んでもらうことにした。
今日眠れば、明日にはお楽しみのパーティが始まる。
ただ、今日は眠れずにいた。
「ぐぬぬ~~」
その原因が目の前にいる。
寝ようとした時に突然部屋に入り込んできたリーベルは、トランプをベッドの上に並べて、ババ抜きをすることを提案してきた。
そうして二人だけのババ抜きが始まって、リーベルは私の手札から何を取ろうかと迷って唸っている。
「こ、これ‥‥」
リーベルはそう言いながら、わたしの表情を伺っているようだった。
手札は残り二枚。左にはジョーカー。つまり、リーベルは右の方を取れば勝てる。
「こ、こっちは‥‥」
リーベルは深く悩んでいるようだった。実は、わたしはポーカーフェイスが得意‥‥ではない。
そう、得意じゃない。ハッキリ言って、こういうのは顔に出やすい方だと自覚しているが、リーベルは悩んでいる。実際、こうやってわたしは負けかけているのだから。
「こ、こっち!」
リーベルは勢いよく手札を抜き取った。
―――右だ。
「あ、負けた」
端的に負けたことを告げる。すると、リーベルはすぐに別の遊びを提案してきた。
「つ、次は大富豪しよ! 大富豪! シリウスに教えて貰ったの!」
「え? あ、あぁ‥‥ふわぁ」
その提案を承諾しつつも、わたしの口からは欠伸が零れる。それを見たリーベルは、「もう眠い?」と聞いてきた。
「うん、眠い」
「も、もう寝ちゃう?」
「知らない。少なくとも、そろそろ寝たくはある」
そう告げると、リーベルは少し悲しそうだった。
ただ、なんとなく‥‥本当になんとなくだが、リーベルは遊べないこと以外に別の悲しい理由があるように見えたのだ。
「‥‥リーベル」
「なに?」
「本当は、何しに来たんだ?」
そう聞くと、リーベルは暫くポカンとして、すぐに焦ったように口を開く。
「あ、遊びに来たんだよ? だ、だって‥‥」
「じゃあ、どうして二人しかいないのにババ抜き? 普通は四人ぐらいでするものだろ?」
「み、皆寝ちゃったし‥‥起きてるのミリアだけだもん」
「本当に?」
疑い深いわたしに、リーベルは何度でも「本当」と答えた。その度、強く思う。
―――リーベル、嘘をついている。
何となくではなく、長い間一緒にいたからよく分かる。
リーベルの感情は耳に現れやすい。嬉しい時、悲しい時、そして嘘をつく時。
リーベルの耳は揺れていた。
「‥‥私、思うの」
リーベルはどうやら堪忍したようで、真実を語り始める。
「このまま計画が終わっちゃうのは、ダメなんじゃないかなって」
計画‥‥間違いなく、【魔王復活計画】のことだ。
「仕方ないだろ。魔王はそもそも復活できないんだから。復活できないんじゃ、計画は終わる」
「‥‥そうかもしれないけど」
「むしろ、その方がいい。その方が、これから危険な目に合わずに済む」
「‥‥ミリアは、本当にそう思ってるの?」
リーベルの純粋な眼差しから放たれる問いは、答えを喉に詰まらせる。
「‥‥私ね、思っちゃうの。計画が終わっちゃったら、これ以上私たちを繋ぐものが無くなっちゃって、もう会えなくなるんじゃないかなって」
‥‥そんなことない。
そう言いたかったが、言えなかった。
別に、計画が終わっても友達は終わらない。だから、また会いたくなった時にでも会えばいいと思う。だが、なんだろうか‥‥何となく、寂しいのだ。
「それぐらいでミリアと友達じゃなくなっちゃうなんてありえないけど‥‥でも、思っちゃうの。変だよね、私」
「‥‥そんなことない」
やっと言えたが、言葉に重みを持たせられない。
どうしてここまで寂しく感じるのか、その原因は少し考えれば分かることだった。
これまでわたしたちが過ごしてきた時間を繋いだのは、全て【魔王復活計画】だ。そこには、シリウスの計画も、セルシエルの計画も混ざっている。
こう思うのだ。
―――わたしたちは、計画に動かされてきただけなんじゃないのかって。
別に、今更そんなことでうじうじしたいわけじゃない。多くのことは自分で決めてきたと思っている。
でも‥‥問題は、”出会い”なんだ。
「‥‥リーベル」
「なに?」
「お前は‥‥わたしと出会ったことをどう思う?」
「‥‥どういうこと?」
夢に出てきた魔王のせいかもしれない。
全てが終わって解き放たれてしまった感情のせいかもしれない。
それは分からないが、ただ思ってしまう。
「わたしも‥‥思ってしまう。この出会いが、偶然なんかじゃなくて必然だったんだって」
「‥‥?」
この計画のおかげで、いろんな出会いをしてきた。
もちろん、それらも計画によって決められた必然だったのかもしれない。だが、セルシエルの計画には直接的に関わっていない。
計画の中で、その出会いという道があって、わたしは偶然そこを通ったからその出会いに巡り合えた。だから、これらの出会いは偶然と言える。夢の中で魔王を話して、そう思えるようになった。
ただ‥‥無理なんだ。
一人だけ、彼女とだけの出会いは、どうしても必然に思えてしまう。
「‥‥わたしは、お前との出会いは必然じゃなくて、偶然が良かった」
「‥‥‥」
彼女、リーベルとだけの出会いはセルシエルの計画の一環としてあったから、わたしがどういう道を進もうと、そこにリーベルとの出会いはあったのだと思ってしまう。
「前世とか関係なく、本当に偶然会えて、それで仲良くなれて、今こうやってトランプで遊ぶような関係になりたかった。でも‥‥どうして? わたしは、思えない。どうしても、お前との出会いが運命のように思えてしまう」
「‥‥運命?」
「運命なんて聞こえがいいだけで、結局は決められた道を進んだだけだ。わたしは神の決定なんかでお前と出会いたくなかった」
段々と声が震えてくる。
相変わらず、リーベルの前だと感情が表に出すぎてしまう。そんな力が、リーベルにはある。
「わたしは、”ケガレつき”としてじゃなくて、”ミリア”としてお前と出会いたかった」
口にしてしまった。
初めからだ。そう生まれた時から。
その時から、魔王なんて関係なかったら、わたしはケガレつきじゃなかった。もしそうだったら、わたしはケガレつきとしてじゃなくて、ミリアとして生きられたんだ。
でも、ミリアだったらわたしはリーベルに出会えてない。それが悔しくてたまらない。
ケガレつきだったからリーベルと出会えたなんて、そんな事実が嫌で仕方がない。
「‥‥私、ケガレつきなんて知らないよ?」
「‥‥?」
リーベルはそう言うと、わたしの手を握ってきた。
「ミリアが教えてくれたんだよ。”ミリア”っていう名前。それとも、ミリアの名前は”ケガレつき”なの?」
「‥‥違う」
「知ってる」
リーベルは握っている手を顔の前に持ってくる。すると、わたしの視線はその手を追うように動いて、リーベルの顔で止まる。
「それに―――」
リーベルの輝かしい笑顔に、心を何度救われたことか。
また救われようとしている。
その救いに甘えたい。
「―――私が決めたんだよ」
「‥‥?」
「ミリアと一緒にいること、私が決めたの。だから、これは神が決めた運命なんかじゃなくて、私が決めた運命なんだよ。そういう運命だったら、嬉しいって思わない?」
‥‥まただ。
また、救われた。
リーベルはよく恥ずかしいことを平然と言う。だが、その全ては正しくて、いつだってわたしを救うのだ。
今回だって、恥ずかしく聞こえるそのポエミーな発言はわたしの胸を突き抜けて、体のどこかにある心を強く動かすんだ。
「‥‥って、なんだか恥ずかしいね」
どうやら、今回は自覚しているようだ。
でも‥‥‥
「そんなことない」
「え‥‥?」
「その優しさを恥じる必要なんてない。わたしは‥‥その優しさが‥‥す、好きだから」
少しだけ自分を制御できなくなってきた。
きっと、眠たいせいだ。つまり、リーベルのせい。
「ミ、ミリア‥‥?」
わたしは握っているこの手を手繰り寄せるようにして、リーベルに近づく。
そして、そのまま顔をリーベルの胸に埋めて押し倒した。
ボスッ、そんな情けない音がする。
「いた‥‥くないけど、どうしたの?」
「わたしのこと、どう思ってるの」
質問返しをする。だが、今回の質問返しに疑問符はない。つまり、強制だ。リーベルは絶対に答える必要がある。
「ミリアのこと‥‥うん、大好きだよ」
「‥‥そ」
ようやく言ってくれた。
それなのに、満足できない。
気になってしまう。その”大好き”の裏側にある意味が。
わたしはそれを確かめる為に、埋めていた顔を離して上へ這いずりあがっていく。
胸から顔を上げれば、辿り着くのは顔だ。当然のことで、わたしとリーベルの顔が真正面に向かい合うようになる。
「う‥‥ち、近いよぉ」
お互いの息が混ざり合うような距離感に、リーベルは少し目を背けた。
しかし、わたしは見ている。じっくりとリーベルの顔を見ているのだ。
「‥‥続き」
「‥‥続き?」
「そう、続き」
「なんの?」
その問いに答える方法はただ一つ。
―――わたしは、目を瞑った。
「‥‥ッ!?」
リーベルの戸惑う声が聞こえてくる。しかし、わたしは目を開けようとしない。
その時、戸惑う声が消えた。
唇に柔らかいものが触れる。
知っている匂いがする。スイーツの甘い香りだ。
今日もスイーツを食べてたのか。リーベルは、わたしの家に来ると毎回スイーツを食べている気がする。
まだ触れているだけだから味はしないが、味は匂いに左右されるというから、これはスイーツの味ということでいいかもしれない。
その時、唇に触れていたものが離れる。そして、「もういいよね」とリーベルが言う。
わたしは目を開けない。
すると、リーベルの「うぅ」と唸る声が聞こえてきた。
もう一度、唇に柔らかいもが触れた。
今度は少し強く押し付けられて、少し無理していることが伝わって来る。
そろそろ止めた方がいいのだろうか?
いや、まだ止めたくない。
このよく分からない感情はリーベルが引き出したものなのだから、リーベルが押し戻すべきだ。
わたしは腰の方で未だに繋いでいる手を一度離す。そして、今度はお互いの指が交差するように握り直す。
リーベルの手は少し汗ばんでいるが、それはわたしも同じだ。両者の汗が混じり合って、少し気持ち悪いが、落ち着きもする。
「‥‥ぷはぁ」
その時、息が切れたのかリーベルが唇を離した。
わたしも息が切れて勢いよく息を吸う。その拍子に目を開けてしまった。
そして、目が合う。
お互いに目が合うと、余計に恥ずかしく感じる。ぶわっと顔全体、いや体全体に熱が伝わってしまう。
きっと、リーベルの熱い息が空気に混じっていて、わたしがそれを吸ってしまったせいだ。
「‥‥ミリア、大好きだよ」
こんな時にまた恥ずかしいことを言う。そして、わたしがその”大好き”の裏側にあるものを知りたがっていたことに気付かれたような気がする。
「伝わった?」
確信に変わった。
「それで、ミリアは?」
リーベルからも求められる。
「‥‥‥」
「ずるいよ。黙るのは」
攻め寄ってくるリーベルに口を割られる。
わたしは、静かに「好き」と答えた。
「”大”好きじゃないの?」
「どっちでもいい」
「どっちでもよくない」
「‥‥別に、好きに量なんてない」
わたしはかなり恥ずかしいことを言っている、気がする。
それが恥ずかしくて、体が更に熱くなる。主に繋いでいる手から熱が伝わってきて、わたしは手を離した。
「なんだか、これじゃ友達っぽくないね」
その発言に気付かされる。
大好きの裏側にある意味が、友達としてじゃないことに気付いてしまったから、わたしは覚悟を決める。
わたしは手を上の服のボタンまで持ってくると、一つ一つ外していく。
「ミリア?」
その様子を、リーベルは不思議そうに見ていた。
「どうして服を脱いでるの? お風呂入るの?」
――――は?
「まぁ、確かに熱いもんね。もう汗びっしょりだよ」
「‥‥‥」
「私もお風呂入ろっかな」
‥‥馬鹿。
「もういい、寝る」
「え? う、うん」
わたしは目を瞑った。今回は大好きの裏側を確かめる為じゃなくて、寝る為だ。
とりあえず、リーベルは馬鹿だ。
 




