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8話:影の指輪

 エルフの里に魔王の残滓があることが分かった。しかし、具体的な位置までは分からず、分かるのはエルフの里の中にあるということだけ。つまり、探さなければいけない。


「―――はぁ」


 自然と溜息が出る。


 ついさっき彼女にあんな態度を取ってしまった手前、今更戻るのは気が進まない。とはいえ、運よく魔王の残滓があることが分かった以上ここを離れるわけにもいかない。


 というわけで、わたしはエルフの里に戻り、探ることにした。


 幸い、先ほどの場所に彼女はもういなかった。

 きっと、あの他人行儀な態度は彼女を傷つけてしまっただろう。だが、それは彼女が王女である以上いつかは経験しなければいけないことだ。王族や貴族に”友達”などという対等な存在はいない。


 長いこと平民の暮らしを続けていたからか、忘れていたが。


 エルフの里に戻ると、里のエルフたちが慌ただしく何かの準備をしていた。


 美しい花や色とりどりの果実など、そういった何かを飾るようなものを運んでいる。それだけを見れば、王女が帰って来たのだからそれを祝うものかとも思ったが、少し妙だ。


 様々な物を運んでいるエルフたちが辿り着く先はどれも同じ場所だった。全員が違う物を運んでいるのに、全員が教会というたった一つの場所に運んでいる。

 一瞬、教会で祝うのがエルフの仕来りなのかとも思ったが、一応聞いてみることにする。


 何人かのエルフに話し掛けてみるが、案の定無視される。

 しかし、その時、一人の親切そうなエルフがわたしの呼び掛けに足を止めてくれた。


「あの、いったい何の準備をしているのですか?」

「ん? あんたは‥‥あぁ! 王女様と一緒にきた貴族の方か」


 貴族‥‥か。まぁ今はそういう風に振舞っているから仕方ない。


「今はな、王女様の結婚式の準備をしてるんだよ」


 結婚式? どうして帰って来たばかりで彼女の結婚式をするんだ? 


 それに、あまりにも手際が良い。彼女が里に帰って来てからそれほど時間は経っていないのに、どうやってこれほど多くのエルフたちを動かしてスムーズに準備を進められているんだ? まるで彼女が帰って来ることを知っていたみたいだ。

 門番は彼女を見てあれほど驚いていたのだから、彼女が帰って来ることは知らなかったと思うんだが‥‥‥


 奇妙な状況がわたしを悩ませるが、話を続けた。


「結婚式‥‥ですか? ですが、王女様は今しがた帰られたばかりでは?」

「あぁ‥‥それは、今エルフの里で王族の血を受け継いでいるのが王女様しかいないからだな」


 そのエルフによると、彼女の母親は王族だが父親は平民の出らしい。

 そして、今は彼女の母親、つまり女王がいないらしく、早く王女を結婚させて新たな女王を生み出したい、という考えのようだ。


「それでは‥‥王女様がそれほど早く女王様になる必要があるのでしょうか?」

「それはなぁ‥‥王族の血を引いているエルフは光属性の魔力が扱えるんだよ。言ってしまえば、光属性を持っていること自体が王族の証ってわけだ。けどな、今の王は王族の血ではないから光属性の魔力が使えない。この里は光属性の魔力による光魔法で他の魔物たちから守っているところがあるからな。長老も早く扱いづらい王女様じゃなくて、扱いやすい女王様にしたいんだろうな‥‥おっと、今のは内緒だぜ」


 親切なエルフは余計なことを言ってしまったことに気付いて、思わず口を塞いだ。


「なるほど‥‥ありがとうございます。ご準備のお邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」

「いいんだよ、お嬢ちゃんかわいいしな。サービスだよ、サービス」


 親切なエルフに手を振って見送った。


 扱いやすい女王様か‥‥なるほど。女王は里の責務を負わなければならない分、比較的自由な王女とは違って扱いやすいということか。

 やっぱり、彼女もそういう運命にあるのか‥‥‥


 それ以上は考えないことにした。こういった貴族や王族の裏を考えていると頭が痛くなってくる。彼女に同情はするが、したところで彼女に失礼なだけだ。


 わたしは気を取り直して、魔王の残滓探しを続けることにする。


 暫く里の至る所を回って、里の構造を知り尽くしてしまうぐらいには探したが結局何も見つからなかった。


 すっかり陽は落ち、辺りは暗くなっていた。


 ―――さて、残るはここのみだ。


 わたしは里の中心にある教会の前に立って、その目立つ大きな建物を見上げる。

 結婚式の準備をしていて、暫く立ち入ることができなかったが、ようやく入れるようになった。


 わたしは教会の中に入る。

 結婚式の準備は着々と進んでおり、里の中心にある教会には王女の結婚を祝うための豪華な装飾が施され、彼女の瞳にも似た美しい式場が出来上がっていた。


 その美しさに目を奪われる。エルフの装飾は、人間が好む宝石のようなキラキラとしたものではなく、緑を基調とした”自然”をテーマとした美しさがある。まるで大自然の中に入ってしまったかのように感じさせる程、エルフの自然に対する理解力と感性には驚かされる。


 その時、壇上に目が止まる。壇上の前には二人の屈強なエルフが槍を縦に構えて像のように立っていた。


 警備のようだが、何を守っているんだ? 


 それも気になったが、それ以上にその守られているもの自体に強く惹かれて、目を掴まれるようにそこから視点が外れなくなった。


 引き寄せられるように近づいてみる。


 そこには、指輪があった。

 何を守っているのかと思えば、指輪を守っていたのか。恐らく、結婚式で使う指輪だろう。


 展示だろうか。指輪は魔法で張られた結界に守られており、警備を合わせた二段構えで厳重に守られていた。


 指輪に付いている宝石が目に入ってくる。

 真っ黒にも関わらずまるで輝いているように感じさせるその宝石は、見続けていれば吸い込まれてしまいそうなほどわたしを魅了した。わたしは無色透明な宝石が好きだが、何故かこの”黒”という、たったそれだけの宝石に惹かれた。


 昔、宝石は見飽きるほど見てきたが、わたしの知らない宝石があることは驚きだ。


 そう、わたしはこの宝石を知らなかった。


 近くの森で採れるもの? それとも‥‥‥


 カタカタカタカタカタカタカタ


 その時、<影収集機>の針が激しく揺れ始めた。まさかと思い、<影収集機>を指輪の宝石に近づけると更に針の揺れは激しくなった。


 ―――リリリリリリリリリリン!!!


「わっ!」

「貴様! あまり指輪に近づくな!」

「す、すみません! すぐに離れますので」


 この音、いくらなんでも大きすぎる。

 とにかく、一端教会から出て誰にも見られない場所で通話をしよう。


 少し離れた誰もいない場所に移動して、<影収集機>を取り出した。


「やぁ、ケガレちゃん。どうやら見つけたみたいだね」

「おい、もう少し、いや、もっと音を小さくできないのか? これだと不便で仕方がない」

「う~ん‥‥そうだねぇ、考えておくよ。どちらにせよ、一度こっちに戻ってくれないと改善できないけどね」


 こいつ‥‥はぁ、まぁいい。


「それで、指輪についてる宝石が魔王の残滓だとこの収集機は言ってるが‥‥何か分かるのか? 宝石の特徴を言った方がいいか‥‥」

「いや、大丈夫だよ。<影収集機>にはリアルタイム投写機能もあるからね。こっちからでもバッチリと見えてるよ。そういうところ、ボクは抜け目がないからね」

「はぁ‥‥分かったから、すごいすごい」

「あはは、ありがとう。それで‥‥そうだね。あれは宝石‥‥というか、魔力の塊だね」

「魔力の塊? でも、魔力が見えるわけ‥‥‥」

「その疑問は最もだ。魔力は微粒子。見ることも触ることもできない。ただ‥‥魔王の残滓、つまり魔王の魔力ともなれば、あまりに濃密すぎてまるで本物の宝石のように、見ることも触ることもできる」


 なるほど、道理であの宝石のようなものが真っ黒なわけだ。

 魔王が扱っていた魔法が、わたしと同じ闇魔法なら、その魔力は他の何よりも黒い影のようになる。


「それで、どうやってあの魔王の残滓を手に入れるか‥‥。他の宝石にすり替える? いや、あれほど黒い宝石は中々ない」

「そうだねぇ~‥‥ところで、ケガレちゃんは気付いているかい?」

「‥‥?」

「あの指輪、ただの指輪じゃない」

「そんなのは分かっている」

「そうじゃないよぉ~‥‥あの指輪、魔道具だ」


 魔道具?


「あの指輪をはめると魔王の残滓が装着者に一気に流れ込む仕組みになっている。ただ、その仕組みを発動するためには、かなりの魔力が必要みたいだけどね」

「どうしてわざわざそんなことを?」

「さぁ~? それはボクにも分からないよ。単純に他の者が間違えて付けないようにするためか‥‥もしくは‥‥ね?」


 シリウスは何か意味ありげに言い残すと、通話を切った。

 あいつ、絶対なにか知っているのに何も教えない。多分、特に意味はなく、ただ”そういう”やつなだけだ。


 魔王の残滓を他の宝石にすり替えようとも考えたが、シリウスの話を聞くと何やら不穏な予感がし、少し”別”の調査をすることにした。


 それは、結婚式の裏を調査するということだ。

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