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87話:また、誰かが傷つく空を見ている

 時は少し遡る。

 ミリアがセルシエルたちの誘いに乗り、地獄の穴に入ってしまった後、その場に取り残されたリーベルたちは長い沈黙に包まれていた。




 * * *




「ミリちゃん‥‥そんな‥‥‥」


 ロリエルは泣いていた。


「お嬢様‥‥」


 グレイアさんも泣いていた。


「今すぐに向かう」


 突然、ミリアのパパがそう言った。


「で、ですが勇魔戦争跡地まではかなり距離が‥‥‥」

「だとしてもだ。わたしはあの子の父親だ。わたしが助けてやらなければならない。また、”あの時”のように家族を失うことだけはあってはならない」


 そう言うミリアのパパの瞳には、涙が浮かんでいる。普段、全く表情を前に出さないミリアのパパですら、泣いていた。


「今すぐ戦力のある者を集めて、あの子を‥‥‥ゴホッ!」


 その時、ミリアのパパが咳き込んでその場にしゃがみ込んだ。


「ご主人様! もう十日間も休みなしで働いているのです。そろそろ安静にしなければ‥‥‥」

「そのようなことは関係ない。わたしは、あの子を失うわけには‥‥‥」


 またミリアのパパは咳き込んで苦しんでいた。

 きっと、一人でこの大きな家を動かしているのだから、相当疲れが溜まっているんだと思う。私には家の仕事とかそういうの分からないけれど、今のミリアのパパの疲れた顔を見たら、ミリアのパパがどれだけ疲れているのか分かる。


「わたくしが向かいます。ですので、ご主人様はどうかお部屋で安静にしていてください」

「しかし‥‥‥」

「しかし、ではありません」


 ミリアのパパは自分の弱さを責めるように地面を叩いて、やっぱり泣いていた。


「あ、あたちも向かいますの。あたちなら、ミリちゃんを‥‥‥」

「多分、無理だよ」


 あぁ、私は何を言ってるんだろう。


「リーベルちゃん‥‥?」

「だって、ミリアは自分でそう決めたんだから。だから、私たちが何をしようとミリアを連れ戻すことなんてできっこないよ」


 私は、馬鹿だ。

 そんなこと、知ってるよ。


『巻き込んでしまった』


 ミリアはそう言った。それが意味することを私は知っている。


 やっぱり、私は仲間外れなんだね。


 いつだってそう。私はミリアの友達になれたかもしれないけど、それでも仲間にはなれていない。

 いつだってそう。私は自分で何も決められないから、ミリアの後ろを付いていっただけ。

 いつだってそう。私は―――大馬鹿者だ。


 無力で、弱虫、更には泣き虫。そのくせ、いつも面倒くさいことばかり言って、優しいミリアに甘えてばかり。

 計画に参加した理由も希薄。


 ミリアは自分の力の謎を追い求める為。

 シリウスはいろいろありはしたけれど、しっかりとした目標を持ってる。


 それなのに、私はただ、なんとなく、で参加した。


 ―――違う。そうじゃないよ。


「リーベルちゃん。な、何を言ってるんですの‥‥‥?」


 パァン!!!


 私は突然頬を両手で強く叩いた。


「泣くな! 私!」

「リ、リーベルちゃん‥‥?」

「ロリエルが泣いてても、グレイアさんが泣いてても、ミリアのパパが泣いてても、私が泣くのはダメ!」

「きゅ、急にどうしたのですか‥‥?」


 私は弱い。


「何が、なんとなくで参加した、なの! 違う! 私は、あの生活が大好きだから。大好きな皆と一緒に笑いながら暮らすあの時間が大好きだから、だから私は計画に参加した!」


 私は馬鹿だ。


「ミリアがどうしたの? ミリアが死にたいって言ったら、死なせるの? 違う! ミリアが決めたことを信じるのが私の役目でも、ミリアが苦しまないように寄り添うことも私の役目! ミリアが独りで悩んでいるのなら、私が全部聞くから」


 あの時決めたのに、それを忘れたらダメ。


 あの日、ママが死んだ日。

 また、誰かが傷つく空を見ている。空を見て、天国にいるママに救いを求めてる。


 また、誰かが傷つく空を見ているだけなのリーベル。

 ―――違う。


 空じゃない。前を見るんだ。


「ロリエル!」

「な、なんですの?」

「天界の門を使ったら、遠い場所でも一気に移動できるよね?」

「‥‥? 多分、できますの。もしかして、それで勇魔戦争跡地に行くんですの?」

「ううん、王都に行くの」

「王都‥‥?」


 私はロリエルを強く見つめる。すると、ロリエルは「分かりましたの」と言って、私の考えも聞かず私の願いを聞き入れてくれた。


「わたくしも一緒に向かいます。ここで何もせずにいることはできません」


 そうして、私とロリエル、そしてグレイアさんは王都に向かった。

 王都といっても、場所は決まってる。


 そう、聖女の部屋だ。


 ロリエルの天界の門で一度天界を経由し、更にそこから聖女の部屋の前に門を開くことで道のりを短縮した。


 トンットンッと速めのペースで扉をノックする。すると、すぐに部屋の中から返事が聞こえてくる。

 扉が開かれると、少し眠そうなフェシアが出てくる。


「ふわぁ‥‥どちら様ですか?」


 フェシアはあくびをしながら出迎えてくれた。


「フェシア! 私だよ」

「リーベルさん‥‥? それに、後ろの方々は‥‥‥」

「いいから! 部屋に入らせて!」


 少し急かすようで申し訳ないけど、今は緊急事態だから仕方ない。

 フェシアも私の切羽詰まった様子を見て察してくれたのか、すぐに部屋に入れてくれた。


 私たちは円形の椅子に座って、すぐ話に入る。


「その、今あんまりよくない状況で‥‥‥」

「その前に、待ってください」


 フェシアは私の口の前に指を置いて喋りを止める。


「いろいろと知りたいことが多すぎます。それに、急ぎの用なのであれば尚更ゆっくりと状況を説明して頂けた方がこの後の行動がスムーズになると思います」

「‥‥わ、分かった」


 私はゆっくりと、そして正確に状況を説明した。


「―――なるほど。いえ‥‥えっと‥‥」


 フェシアはどうにかして平静を保とうとしていたが、明らかに動揺していた。


「その‥‥まぁ、リーベルさんがエルフだったこととか、そちらの方がミリアさんのメイドであることとかは、まだ大丈夫です。ですが‥‥その‥‥‥」


 フェシアはロリエルを見て、頭の中がクルクルと回っているようだった。


「な、なぜ熾天使様がこちらに‥‥?」

「それはですの‥‥」


 私は「フェシア!」と呼んで、話を中断する。


「ごめん、フェシア。今は本当に時間が無いの。絶対にいつか全部話すから」


 全部。

 ミリアが魔王の転生者だったこととか、私が天界の神の転生者だったとか。そもそも、ディアベルの正体も隠したままだし、フェシアには隠し事してばかりだ。


「‥‥分かりました」


 でも、フェシアはそんな嘘だらけの私を許してくれた。


「あなた方は相変わらず隠し事が多いようですね。でも、いつかは話してくださいね」

「ごめんね」

「大丈夫です。むしろ、恩返しだと思ってください」

「恩返し‥‥? 私、何も恩なんて‥‥‥」

「いえ、あなた方のおかげで、私は‥‥自分に正直になれましたから」


 フェシアの顔が少し赤い。多分、アリシアのことだと思う。


 ―――その時、扉がバンッと勢いよく開かれた。


「おはよう、フェシア。昨日はよく眠れたかな? ふっ、なんて、私が眠らせなかったんだったね」


 そこには、わざと喉を広げて野太い声を出す変なアリシアがいた。


「‥‥あれ?」


 しかし、すぐに声色が戻る。


「何だか、今日はいっぱい人がいるね」


 アリシアが私たちを見回していると、フェシアが突然椅子から立ち「アリシア!」と少し強めに呼ぶ。そして、アリシアの側に駆け寄ると肩を持って左右に揺らした。


「アリシア! その変なあいさつを止めてくださいと前に言いましたよね?」

「えぇ~」


 フェシアは気の抜けた返事をするアリシアの肩を更に強く揺らした。そのせいで、「えぇ~~~」と伸びるアリシアの声にビブラートが掛かる。


 暫くして、状況が収まると、再び話に戻る。私はアリシアにも事情を話した。


「―――なるほどね。まぁ、事情は分かったよ。私も協力してあげる。もう、一回あなたたちとは契約をしたことがあるからね」

「契約って何ですか?」

「‥‥何でもない」


 とにかく、早く話を進めないと。


「こんなことを言うのはおかしいって分かってるんだけど、今は私の言うことを何も言わず聞いてほしいの」

「わぁ、何だか凄い状況になってきたね」

「アリシア、少し静かに」


 私は”私の計画”について話した。この計画こそ、ミリアとシリウスを救うカギになるって私は信じてる。

 その計画を聞いた皆は、終始驚いた表情をしていたけれど、それでも真剣に話を聞いてくれた。


 そうして、私たちはとある場所に移る。

 その場所とは、”勇者の剣”だ。


「‥‥って、相変わらず人が多いよ」


 王都の広場には勇者の剣が刺さった岩が飾られている。こんな開けた場所で大っぴらに置いて大丈夫なの? って思うけど、勇者の特性のおかげで、そもそも誰も勇者の剣に触れられないから問題ないらしい。実際、これまで盗まれてはないから。


 でも、当然勇者の剣は凄い観光スポットになっていて、毎日人でごった返している。今日もそうだ。


「では、私たちはリーベルさんの計画に従います。ですが、最終的にその計画が成功するかは、リーベルさんに掛かっていますからね」

「うん、分かってるよ」


 そう、分かってる。

 もう、泣かない。

 もう、弱虫じゃない。


 ミリアが私に『巻き込んでしまった』なんて仲間外れなこと言うんだったら、いつだって私は自分の意思で動いてるんだって、教えてやる!


「はぁ、父上に怒られちゃうなぁ」

「ご、ごめん‥‥」

「ま、いいけど。面白そうだし」


 そう、これは皆を巻き込んでるんだ。それでも協力してくれてる皆に感謝しないと。


「ロリエル様、今は天界魔法を使うこと‥‥‥」

「言わなくても大丈夫ですの。あと、あたちは何も見てないですの」

「‥‥感謝します、ロリエル様」

「じゃあ、始めますの! 今世紀最大のパーティを、見せつけてあげますの!!!」


 ロリエルはそう言って、その六枚の翼を展開した。


「皆ちゃ~~ん!!! たった今から、<無垢>の天使ロリエルの花火大会が始まりますの~!!!」


 ロリエルがそう叫ぶと、勇者の剣を見ていた人々の視線が一気に集まる。


「ロリエルって‥‥熾天使のロリエル様じゃないか!?」

「嘘!? こんなところに熾天使様がいるの!?」

「お~い! 皆! ロリエル様がいらっしゃるぞ!!!」


 そんな風にして、勇者の剣に集まっていた人々は、ロリエルの元に集まった。


「じゃあ、まずはグレイアちゃん!」

「はい、お任せください」


 グレイアさんは魔力を込めた拳を上空に向かって大きく振り被る。すると、扇状に氷の魔力が広がって、キラキラと輝く氷の結晶が空に川を流した。


「では、お次はお願い致します」

「分かりました」


 次はフェシアがその空の川に向かって魔法の杖を掲げる。そして‥‥‥


 =ボルトヘイズ=


 呪文を唱えた。すると、杖の先からパチパチと痺れ、そしてゴオゴオと燃える雷と炎の複合魔法が放たれた。


 その複合魔法は空の川に当たると、まずは雷が氷の結晶に反射して光り輝き、今度は炎によって氷の結晶が溶かされてできた水が、更に熱で一気に蒸発する。

 小規模の爆発が起きた。それはまさに”花火”だった。


 よし、勇者の剣に溜まっていた人たちがいなくなった。けど‥‥‥まだ警備員の人たちが残ってる。


「そこの警備員さん」

「はい。何でしょうか‥‥って! おおおお王女様!?」

「父上が今日は働き方改革でもうお仕事は終わりだって言ってたよ」

「え? そ、そのようなことは聞いていませんが‥‥‥」

「まぁまぁ、休める日に休んどきなって。勇者の剣の警備って結構激務でしょ?」

「お、王女様‥‥こんな私の身を案じてくださるとは‥‥分かりました。今日は実家に帰って母に恩返ししようと思います」


 あれ? 警備の人がいなくなった?


 その時、アリシアがこちらを見て物凄い笑顔でグッドマークを見せた。


 アリシア‥‥ありがとう。皆も、ありがとう。


 私は皆に助けてもらってばかりだ。だからこそ、私は自分の考えを突き通したい。


 私は勇者の剣の前に立って、その静かに刺さっている剣を見る。


「あなた、いつもここで誰かを待ってるの?」


 私が喋り掛けても何も帰ってこない。

 当たり前だけど、今はこの勇者の剣の気持ちが知りたい。


「今ね、私の大切な友達が、それこそ家族みたいな人たちがピンチなの。だから、お願い。私に力を貸して、一度世界を救った剣さん」


 昔と同じように、この戦いを終わらせられるのは勇者としての”心”だと思う。

 だから、私はこの剣を手に取る。この剣の力が欲しいというよりも、この剣に宿っている”勇者の魂”から、その勇気を分けて欲しい。


 私は勇者の剣の柄を強く握って、引っこ抜こうとする。


 ―――重い。まるで、この剣が背負った運命のようだ。


 ―――想い。勇者が願った平和への願いを感じる。


「お願い! お願い! お願い!」


 やっと気付けたんだ。

 私の”光”の意味。


 光は影を消す為のものじゃない。

 光は―――誰かが迷わないように未来を示すもの。

 影は―――疲れた人が一休みする為の憩いの空間。


 だから、私の光は――――影が無いと輝けない、疲れちゃうから。

 だから、私の光は――――影を作る為に、日陰には差し込まない。


「だから!!! 私はーーー!!! この光で、影に寄り添う。私は―――世界に光を差して、影を作る」


 その時、勇者の剣を抜こうとしている腕の力が一気に抜ける。

 諦めたんじゃない。ようやく抜けてくれた。だから、もう力を入れる必要がなくなったんだ。


「‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」


 疲れた。息が切れる。


 でも、やっとだ。


「よし、じゃあ行こうか。もう、誰も傷つかないように」


 もう、私は誰かが傷つく空を見ているだけの少女にはならない。

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