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84話:全てを終わらせる為の魔法

 分かってる。分かっていた。


 彼女との実力差がどれだけあるのかぐらい、一緒にいた期間が長すぎたから分かっていた。


 =水神(アクアゲン)


 彼女がその魔法を唱えると、辺りに水滴が現れる。そして、雨が降る。


 今、この場は結界で覆われている。だから、雨が降っているのなら、雨は結界に阻まれているはずだ。にも関わらず、こうやって結界の中で雨が降っているのは、彼女の魔法が原因。


「まだ終わりじゃないよ」


 彼女は軽く手を二回叩く。すると、その両手の中には風の塊のようなものが渦巻き始めた。そして、その風の塊に息を吹き込んで、その塊を大きくしていった。


「さぁ、響かせて」


 =風神(フラトュス)


 管楽器に荒く息を吹き込んだ音がするのと同時に、強い風がわたしを襲う。

 その風は土を巻き上げ、降っていた雨と混ぜ合わせて泥を作る。そして、その泥をわたしの顔に浴びせて視界を奪った。


 先ほどの火神(フレイシャ)という魔法もそうだった。火の魔法は高い攻撃性を持つはずなのに、彼女はその魔法を過剰な熱でわたしの影の花を枯らす為に使った。決して、わたしを殺す為じゃない。

 そして、今もそうだ。彼女はわたしの視界を奪うだけで、傷はつけてこない。


「さて、次はどうしようかな」


 彼女はそう言って、箒を前に構えた。そして、クルクルと回した後、わたしに箒を向ける。


「さぁ、少し冷えるよ」


 =氷神(オメガゼロ)


 彼女がそう唱えた瞬間、箒の先から冷気が放たれる。その冷気は一瞬でわたしの元に辿り着いた。


 ようやく攻撃する気になったのか。そう思ったのも束の間、わたしの足に付着していた泥が凍る。そして、それだけで終わった。


 やっぱりだ。


「さてさて、次はどうしようか」


 片手を顎に添えながら考える彼女に、わたしは低く冷たい声で「おい」と呼び掛ける。


「なんだい?」


 彼女を指差す。


「お前、わたしを殺す気ないだろ」

「‥‥ふ~む。どういう意味かな? 一応、これは戦いだよ」

「そうか。なら、殺せよ。さっきからわたしの視界を奪ったり、動きを奪ったり。そんなことしてる暇があるのなら、わたしの命を奪えよ」


 そう、冷たく言う。


 命を奪え。


 そんなこと、簡単に言っていいはずがない。それでも、わたしは言う。この戦いがしっかりと終わりを迎えられるように。


「―――ケガレちゃん」

「なんだ」

「もし、どちらかが死ねば戦いが終わるなんて‥‥‥」


 次の瞬間、彼女の声色が途端に低くなる。


「そんな甘い考え、そして下らない考え、今にでも捨てた方がいいよ」


 そんなこと‥‥知ってる。だから‥‥‥


「黙れ」


 死んだら楽になるって。

 死が終わりだって。

 殺せば戦争が終わるって。


 そんなこと、長い歴史の中、必ずどこかでおかしいって、誰かが気付いていたはずだ。


 でも、誰かを殺さないと戦争は終わらない。

 勇者と魔王もそうだった。勇者と魔王が死んだから、その戦争が終わった。


「わたしは、この下らない物語(戦争)を終わらせに来たんだ。だから、いつまでも甘い考えでいる方がおかしい!」

「‥‥‥」

「お前の方が甘い。甘ったるい。死は存在する。死はいつだって隣にいる。それが分かってるから、こうやって終わらせようとしてるんだ。だから、わたしは‥‥お前を殺す。もしくは、お前に殺される」


 わたしは全身の体に力を入れて、縛ってきていた氷を剥がす。そして、顔を振って、泥から視界を取り戻す。


 足と触手で強く地面を蹴って、体を前に動かす。

 弾丸のように高速で移動して、彼女との距離を詰める。そして、紛争の剣を振り抜いた。


 ―――しかし、消える。


 わたしの剣が彼女を捉えた瞬間、彼女の姿が消えた。


「ケガレちゃん」


 すぐに背後から声が聞こえる。


 ブォン!


 その声がした瞬間、背後に剣を振り抜く。しかし、またいない。


「知っているだろう。転移魔法だよ」


 知っている。何度も、その魔法でいろんな場所へ赴いたから。


「転移魔法は、遠くなればなるほど、転移させる人数が増えれば増えるほど、発動にかかる時間も魔力も長く、そして多くなっていく。つまりは、短い距離を一人だけで転移する分には、それこそ瞬間移動ができるんだよ」


 わたしは紛争の剣、更には刃のついた触手を振り回して連撃を浴びせる。しかし、その連撃を彼女は転移魔法で全て避けてしまう。


 わたしの手数は触手の分があるから、一般の魔法使いどころか、全体でも見てもありえないほど多い。そんなとてつもない手数から放たれる連撃を全て避けてしまう彼女は、本当にその”瞳”で全てが見えているんだろう。


 わたしと彼女の戦いは続く。しかし、今度の彼女は防戦一方だ。いつになってもわたしを攻撃してこないことに変わりはない。


「なぁ」


 転移魔法で逃げ続ける彼女に問うてみる。


「なんだい?」

「お前、500年もどうやって生きたんだ?」


 素朴な疑問。

 彼女がただの人間なのは気付いている。だからこそ、500年も生きられたことが不思議でならない。


「そうだね~‥‥言わなくても気付いてるんじゃないのかい? ボクにはケガレちゃんの考えていることが手に取るように分かるからね」


 そう、気付いている。


 500年もの間、何をしていたのか。

 前に一度、彼女は自分が魔法学院の学生だったことを明かした。魔法学院を設立したのは他でもない彼女なのだから、彼女は自分で建てた学院に自分で入ったということになる。


 恐らく、そんなことをしたのは魔法学院に大賢者時代に残していた多くの資料が残っているからだろう。


「素晴らしい推理だね。殆ど、いや、全くもってその通りだ」


 そして、彼女が研究していたことは魔王に関するもの。それは嘘じゃない。より詳しく言えば、魔王の残滓、つまり勇者の魂を蘇らせることのできる力を研究していた。

 そう、彼女は魂の研究をしていた。


 勇者を蘇らせる為に途方もない時間を魂の研究に費やしたからこそ、彼女は魂に関して天使以上に詳しいのだろう。じゃなきゃ、天界裁判の時にしたようにあれほど魂に関して詳しい説明はできない。


「そうだね。その通り。もしかして、ケガレちゃんも人の思考が読めたりするのかい? なんてね」


 ここからはただの推測でしかない。それでも、納得できる。


 魂の研究を続ける中で、手に入れたんだろう。”永遠の魂”を。


「まぁ、大方合ってるよ。ボクは、セレスを蘇らせる為に魂の研究をしていた。もちろん、その研究には多くの失敗がつき纏っている。だから、こうやってボクが不老の体を手に入れてしまったことは、”失敗”なんだ。まぁ、そのおかげで”永遠の研究時間”と”永遠の苦しみ”を手に入れられたんだけどね」


 その表現は、ずるい。


 相変わらず、彼女は狡猾だ。そうやって同情を誘うような言い方をしてくる。


 ―――ダメだ。騙されるな。彼女はわたしを裏切った。


「今だ!」


 わたしは彼女の隙をついて、背後から触手を伸ばす。そして、彼女の胴体に巻き付けてそのまま投げ飛ばした。


 投げ飛ばされた彼女は空中を弾丸のように飛ぶ。しかし、一瞬で止まった。


「転移魔法はね、慣性を無視できるんだよ」


 彼女はその場に転移することで、自分にかかる全ての力を消した。

 彼女はわたしを冷たく見つめる。そして「ケガレちゃん」といつもの呼び方をした。


「さっき、ボクにはケガレちゃんを殺す気がないって言ったけど、それはケガレちゃんも同じなんじゃないのかな」

「‥‥‥」

「だって今、殺せたよね? 背後から隙をついて紛争の影で尖らせた触手でグサッ! ってすれば、ボクは死んだかも。でもそうせずにただボクを投げ飛ばした。おかしな話だね」


 そう、おかしな話だ。


 殺す。もしくは殺されないと、この戦いは終わらないというのに、わたしはこの戦いを終わらせられずにいる。


「―――だからね、少し、心を入れ替えようか」

「‥‥?」

「少し厳しく思えるかもしれないけど、許してね」


 彼女は箒に乗って空を飛ぶ。そして、上空から静かにわたしを見下ろした。


 =絶対支配(オーバロード)


 彼女の瞳に貫かれる。その瞬間、わたしの体が固まってしまったかのように動かなくなる。


「知ってるよね。ドルマンの魔法だ。実は以前、この魔法を模倣することに成功してたんだよね。結構使い勝手がいいし」


 体が動かない。


「さて、この物語の主人公に選ばれたケガレちゃんに見せよう。ボクが大賢者と呼ばれた所以をね」


 彼女は両手を静かに合わせる。そして、静かに呪文を唱えだした。


「呪文? まぁ、あってもなくてもいいけど。せっかくだから、雰囲気を出そうか」


 辺りの魔力がピリついている。恐らく、彼女の常軌を逸した魔力に震えているんだ。


「表現としては間違ってない。けど、それだと五十点しかあげられないね。言っただろう? ボクの魔力は光と闇を除いた全ての属性を持っている。だから、複雑な属性を持っている自然魔力に適応できる。そう、これは”共鳴”だよ。ボクの体内魔力と、自然に散乱した自然魔力がお互いに共鳴し合っている。”ボクの体内には自然が存在している”」


 それは比喩だが、真実とも受け取れた。


 次の瞬間、彼女が合わせていた両手を離すと、その手と手の間には火、水、土、風、氷、雷、あらゆる属性の魔力が混ざり合った、それこそ”全ての属性を持つ特殊な魔力”が渦巻くように存在していた。


「この魔法は、全ての属性の魔力を持ってしてようやく放つことのできる究極の魔法だ。それこそ、ボクにしか扱えない。そして、ケガレちゃんは知ることになるだろう。人類の英雄が、かつて勇者と肩を並べた大賢者が、神の領域に足を踏み入れているということを」


 そう言って、彼女はその特殊な魔力を片手の中に収めると、遥か上空に向かって投げ捨てた。


「さぁ、天に昇る数多の恒星よ。今こそ流星となる時だ」




 =恒星神(シリウス)

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