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83話:終わりの始まり

「さて、始めようか」

「‥‥‥」

「えーっと、ケガレちゃん、ミリアちゃん、それとも‥‥魔王。どれがいいかい?」

「‥‥‥」

「そろそろ喋ってくれないと、こっちとしても困るんだけど。はぁ‥‥じゃあ、ケガレちゃんでいいかい? すまないけど、今はそう呼ばせてくれないといろいろ不便なんだ」


 そろそろ喋らないといけない。そんなことは分かっている。分かっているが、喋りたくない。


「‥‥ふぅ、まぁ、そうだね。戦うのもいいけど、少し、話をしようか」


 彼女はそう言って、宙に浮く不思議な箒を椅子代わりにして腰かけた。


「きっと、この先これ以上ボクたちが交わる未来は存在しないだろうから、せっかくだし、ここでボクの秘密をいくつか教えてあげるよ」


 わたしは沈黙で返事をした。


「ケガレちゃん。<影収集機>にはリアルタイム投写機能があるって言ったよね。それのおかげでボクはその場にいなくても<影収集機>越しにケガレちゃんたちの動きを把握することができた。と、ケガレちゃんはそう思っているだろう? あれはね、嘘だよ」


 ‥‥?


「頭に疑問符を浮かべているね。そして、また思考を読まれたとも思っているね。これこそが、ボクの嘘だよ」


 続けて、彼女は自身の瞳を指差した。


「この瞳。またの名を”真理の瞳”。この瞳はね、全ての真理を見通す力があるんだ。この瞳で覗けば、その頭の中に隠れた思考も、自分では見えないような場所の光景も、誰かの視点も、全てが見えるんだ」


 突然の意味の分からない情報に頭が混乱する。


「つまりは、ボクはこの瞳を使ってケガレちゃんの動向を常に伺っていたんだよ。<影収集機>にリアルタイム投写機能があると言ったのはあくまでこの瞳のことを悟られないようにする為だからね。まぁ、流石に別の三界の光景までは見えないけど」


 変な話だ。そんな力、この世に存在するわけない。


「そう思うよね。でも、事実あるんだよ。そして、こうも思うよね。”どうしてお前がそんな力を持っているのか”って」


 そんな力。まるで、”神”のようだ。


「その例えは実に的を得ているよ。その通り、これは神の類の力だ。ケガレちゃんが持つ影の力と同じように、明らかにこの世の理から逸脱した力」


 彼女はわたしの思考を読んでそう答えた上で、次はその力を手に入れた経緯について話し始める。


「ボクはね、ここからずっと、本当にずっと遠くからやって来たんだ。今から数えて、もう500年以上が経っているから、もう”あの世界”はボクの知らないものになっているだろうけどね」


 彼女は遥か遠くにある、もう帰ることのできない故郷を懐かしむようにそう言って、空を見る。


「あちらの世界からこちらの世界に渡る時、その時に得たんだ。この”(真理の瞳)”を。そう、転生特典ってやつさ」


 特典‥‥?


「そう。世界を渡るのだから、この世界でもやっていけるように、世界がボクに渡した祝福のようなものだ。とは言っても、この力を祝福だと思ったことはないんだけどね」


 彼女は表情は、少し物悲しいように見えた。


「真理を見ることができるって、そう言ってしまえば、まさに神の所業。それこそ、誰もが羨む力だ。でもね、神の所業は”神だから”扱えるものなんだ。ただの人間であるボクが使ったところで、その真理に耐えられると思うかい?」


 そこで確信する。彼女は、悲しんでいる。


「人は誰しも何かを考えている。その思考を知ることがいつだって幸せをもたらすとは限らない。‥‥あ、今こう思ったね。知らないやつから向けられる劣情を知るのはつらいだろうな‥‥って。あははっ、確かにそれは嫌だね。でもね、それだけなら良かっただろうね」


 続けて、彼女はわたしの目を見て言う。


「勇者が‥‥セレスが‥‥魔王を倒しに行くと言った時、彼女はボクに言った。”全部終わらせたら帰るから”って。そして、こう思っていた。”魔王と一緒に死んで、世界を平和にする”って」


 ‥‥‥


「セレスは、誰よりも綺麗な心を持っていた。だから、彼女の言うことと思うことはいつだって同じだった。悪く言えば考えなし、でも、良く言えば嘘をつかない正直者。そんな彼女のことが‥‥好きだった」


 ‥‥!?


 初めて見る彼女の表情。それは、本気の言葉だということを証明していた。


「いったいどこに、死にに行こうとしている大切な人を見送る者がいるんだろうね。‥‥あははっ、ここにいるよ。ボクだ」


 彼女が語ったこと。恐らく、いや、間違いなく真実だ。

 わたしは知っている。彼女はマッドサイエンティストじゃない。ただの人間で、人相応の愛を持っている。

 知っている。だから、苦しくなる。


「少し話がずれたね。つまりは、ボクはこの”真理の瞳”を持っているから、セルシエルの計画に気付けた。もともと勇者を蘇らせるという計画はボクの中にあったけれど、その計画にセルシエルの計画は都合が良かったから、こうやってケガレちゃんにコンタクトしたんだよ」


 彼女は経緯を話した。

 それは、結局のところ、わたしたちを自分の計画に利用していたということを示していた。


 だが‥‥もう、いいだろ。


「もう、話は終わりだ」

「そうかい?」

「早く終わらせたい。こんな戦い、こんな物語」

「‥‥そうだね」


 彼女は箒から降りて、大きな三角帽子からその瞳をこちらに覗かせる。


「一応言っておくけど、ボク、この場にいる誰よりも強いからね」

「そんなの‥‥分かってる」


 分かってる。

 彼女がこの場で明らかに異常な存在なのは、とっくに知っている。それは、強さという意味でも、また他の意味でも。


「分かってる‥‥が、それでもわたしは諦めない。わたしは、この下らない物語を終わらせて、このケガレに別れを告げる」


 わたしは触手を出す。そして、すぐに紛争の影で触手の先を刃にして、紛争の剣も創る。これが、わたしの戦闘態勢。

 だが、今回はまだ終わりじゃない。原初の魔石を手に入れたことで、更に力を上手く扱えるようになった。だから、それを試す。


 =生命の影=


 生命の影を一滴、雫のように地面に垂らす。すると、地面から影でできた黒い茎が生えてきて、伸びていく。その茎には何本ものトゲが生えている。そして、完全に伸び切った時、その茎の先には黒い花弁が広がった。


 影の花。薔薇のような姿をした生命を持つ影だ。


 この薔薇は生きている。だから、わたしが何もしなくても、一人でに動く。そして、わたしから生み出されたからこそ、わたしの言うことを聞いて、守る。


「影の花。わたしを援護しろ」


 影の花はうんともすんとも言わない。

 植物なのだから当たり前かもしれないが、それでもわたしの指示を理解している。


 花弁が大きく開き、その中心に影を溜める。


 そして、放たれた。


 凝縮された影は、その勢いのまま一直線に彼女へ届く。


「―――おや」


 彼女は瞬時に魔法で土の壁を作り出し、それを立たせて盾代わりにすることでわたしの攻撃を防ぐ。

 そして、わたしの魔力と彼女の魔力がぶつかり合った瞬間、何も無かったかのようにお互いに消えてしまった。


「これが生命の力かな。属性としては闇だけど、その特性は土属性の魔法によく似ている。異なる属性の魔力がぶつかった場合はそれぞれの科学的特性に基づき反応するけど、同属性の魔力がぶつかりあった時、魔力干渉と呼ばれる現象が起きる。お互いの魔力が干渉することで強め合うんだ。ただ‥‥今回の場合、ボクは少し手を加えて”逆位相”の魔力を作り、それをケガレちゃんの魔力にぶつけた。すると、びっくり! 今度はお互いの魔力を弱め合うんだ。そして、本来この現象は力学的エネルギーに影響しないという特徴があるんだけど、弱め合う場合はそもそも魔力自体が消えてしまうから、その魔力が持っていた力学的エネルギーも消えてしまう。だから先ほど、ケガレちゃんの魔力はかなりのスピード、つまり力学的エネルギーを持っていたけど、ボクの魔力と弱め合ったことでその力学的エネルギーを失ったというわけさ。ちなみにこれは、波の干渉から着想を得たものだよ」


 彼女は頭がクラクラしてしまいそうなことをスラスラと言う。

 そもそも、生命の影を通した闇魔法が土魔法と似たような特性を持つなんて、わたしですら知らないことなのに、彼女はそれを一瞬で見抜いた。

 それは彼女が”大賢者”だからなのか、その人知を遥かに超えた”瞳”を持っているからなのかは分からない。


 ただ、そんな長話もいつの間にか心地よく感じるようになった。何より、それは実に彼女らしくて、変に静かでいるよりかは幾分かマシに思える。

 まぁ、ただ慣れてしまったというだけかもしれないが。


 ―――違う。彼女はわたしを利用していただけだ。


「こういった基礎は決して蔑ろにしてはいけないよ。応用は常に基礎の上に成り立っているのだから、土台が崩れちゃうと意味ないからね」


 それだけで説明できるほど、彼女の魔法に対する理解は常軌を逸している。


「こういうことかい? どうして複数の属性を扱えるのか。答えは、ボクが500年の間で数えられないほどの魔力覚醒を起こして、この世の存在する全ての属性を扱えるようになったからだよ」


 彼女は「闇と光以外だけどね」と付け加えた。


 魔力覚醒という現象はあまり知られていない現象だ。わたしは依然、この闇魔法を調べる為にも魔法に関する書物を漁ったことがあるから、そういった現象があることはなんとなく知っていた。

 とはいえ、結局、わたしの闇魔法は他の魔法とは根本的に違う部分が多すぎたから、すぐに魔法の勉強は止めたんだが。


 そのせいか、今でもわたしはあまり魔法について詳しくない。

 だから、その足りない部分をいつも彼女が埋めてくれていた。


 ――――違う。彼女はわたしを裏切った。


「その書物って、多分だけどボクが書いたものじゃないのかな? もしくは、ボクが出した論文を誰かが再編集したものとか。ボクは結構この世界の魔法に革命を起こしてるんだよ。どうだい、すごいだろう」


 彼女は自慢げにそう言う。だが、何故だか今日の彼女の自慢は明るくない。


「そんなことはどうでもいい。だから、早く戦いを終わらせるぞ」

「そうだね。そうだったね」


 彼女は「じゃあ」と言って、戦いが終わりに近づけるようにする。


 彼女は片手を頭上に掲げて、空に鎮座する神に届くような勢いで指差した。


「終わりを始めようか」




 =火神(フレイシャ)

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