75話:シリウス(後編)
『きっとさ、あたしがあいつを殺せば、世界は平和になるんだよね。でもさ、それって、あいつは幸せなのかな』
今でも彼女の最後の言葉を覚えている。
最後でも彼女はあいつのことを心配していて、それが最期の言葉になった。
最後まで優しくて、綺麗な心を持つ彼女は、誰よりも勇敢で、誰よりも愚かだ。
死んだら、意味ないんだよ。
「どうだい? ボクの正体を知って、もう疑う必要は無くなっただろう?」
ボクの発言を聞いて、何よりボクの正体を知って、グランシエルの頭の中はそれを処理することでいっぱいいっぱいになっているのか、返事に時間が掛かっている。
「‥‥‥分かりました」
「そう、ならよかったよ」
「では、その提案を受け入れるにあたって、あなたの祈祷を」
祈祷‥‥ね。
そんなの、最初から決まっているよ。
「この法廷を完全に無かったことにする。あとは‥‥分かるよね?」
「‥‥えぇ、分かりました。今回の法廷を取り消します」
その時、検察側から理解を拒む声が聞こえてくる。
「グランシエル! 貴様‥‥私情を挟んだな」
「静粛に」
「ふざけるな」
グランシエルの考えを拒んだマルシエルはそのまま法廷から姿を消した。その後をラヴィエルも付いていく。
取り残されたボクたちは更に話を続ける。
「さぁ、ここにケガレちゃんという、さっきいった死者を蘇らせる権能を持った子がいるね」
”生命の影”
これこそ、死者を蘇らせる権利を得ることができる権能。
これさえあれば、彼女を蘇らせることができる。
「ピースは残り一つ。勇者、セレスティアの魂だけだ。もちろん、それがどこにあるのかも分かっているよ」
そう、知っておる。
グランシエルも知っていたようで、「勇者の剣」、そう言った。
「そう。かつて、魔王は彼女の魂を勇者の剣に封印した。つまり、勇者の剣から彼女の魂を取り出せば、全ての工程は終わる」
もう、終われる。
この長い時、500年‥‥そう、500年だ。
生命の影を<魔王の書>に移して、その権能は手に入れた。後は、彼女の魂を手に入れるだけ。
「――――待って」
その時、聞こえてくる。
「ケガレちゃん、まだ何かあるのかい?」
「何かあるって‥‥あるに決まってるでしょ」
はぁ、怒ってる。
彼女のその口調が戻ってる時、大抵心が強く揺れ動いていて不安定な時だ。
「あなたがどれだけのことを隠しているのか‥‥そんなの、わたしには分からない。分からなくたっていい。ただ‥‥‥否定しないで」
「否定‥‥?」
言わずとも分かっている。
思考を読めば、その意味はしっかりと。
「計画の為でもいいから‥‥せめて、これまでの思い出を、生活を、わたしたちと一緒に暮らした全てを否定しないで。そんな簡単に、無かったことにしようとしないで」
‥‥はぁ。
だから、最悪だ。綺麗な心なんて。
「分かっているだろう? ボクは、ケガレちゃんを利用していたんだ。何なら、リーベルちゃんも利用していた」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ。証明してあげようか?」
残酷なことを言っている。分かっている。
ボクの心は‥‥ケガレている。
「実はね、ケガレちゃん、キミは――――」
ここまで言うつもりじゃなかった。
なのに、今のボクは本来の計画からはずれたことをしようとしている。
「魔王の転生者なんだ」
そう言った瞬間、ケガレちゃんの思考が停止する。
「どういうこと? って思ってるね。いいよ、教えてあげる。魔王はね、さっき言った通り”神”だ。天界の神や地獄の神と同じような存在。そして、世界を支配しようとした存在でもある。そんな奴の魂を、天界が放っておくと思うかい?」
ケガレちゃんの脳内で、(―――は?)という疑問符が浮かんでいる。
「当たり前だよね。そんなとてつもない奴の魂、普通に考えて、徹底的に管理した上で、もう二度とそんなことが起こらないように対策するよね」
「‥‥うるさい」
ケガレちゃんを無視して、話を続ける。
「でも、魔王はね、自分の魂を流転させたんだよ。”生命の影”、あの力があれば、それができる。事実、そうした。魂が流転するのに掛かる時間は約500年。多少の誤差はあれど、そう定められているから、それ自体は絶対に変わらないことだ。そして、ケガレちゃんが生まれた年、その年こそ魔王が死んで約500年。それで魔王と同じ魔力を持っているなんて、もうそれ以外の可能性は考えられないよね」
「‥‥うるさい」
「だからだよ。ケガレちゃんをボクの計画に利用したのは。もちろん、魔王の残滓に適応できるのも想定の範囲内だったし、むしろそれを利用して魔王の残滓の力を研究していたんだ」
「‥‥うるさい」
「でも――――」
でも?
ボクは何を言おうとしているんだ?
「ケガレちゃんの体には何も起きないよ。天界からの追跡もボクが何とかしよう。それにさ、ほら、リーベルちゃんとも出会えたんだし、ボクの計画はそんな悪いものじゃなかったよね」
「‥‥うるさい」
「実はね。リーベルちゃんも色々と関係しているんだ。ほら、リーベルシアっていただろう? 彼女は天界の神だ。そして、今は生きていない。どうしてそんなことを知っているのかって? 勇者パーティの一人が、彼女を殺したからだよ」
間違いなく、ボクは余計なことまで喋っている。
「もちろん、魔王の恋人であるリーベルシアを殺してしまったことによって様々な影響があった。皮肉にも、魔王側に付いて天界を裏切ったリーベルシアを殺すこと自体、天界から罪を追及されることなんて無かった。それで、そろそろ察しがついたかい?」
「‥‥うるさい」
「魔王はね、リーベルシアの魂も流転させているんだよ。さぁ、もう分かるだろう? リーベルちゃんとケガレちゃんの歳はかなり近い。そして、リーベルシアが死んでから魔王が死ぬまでもせいぜい一年程度だ。これは、誤差の範囲に入るよね? そろそろ、分かったよね。さぁ、答えを言ってみて」
「うるさい!」
突然、強く拒絶される。
「もういい! お前が何を言いたいのかも、何を考えていたのかも! 全部分かった! だから、もういい。もう‥‥死ねよ。わたしの前から消えていなくなれよ」
子どものような暴言。
普通なら、何とも思わないそれに、ボクの心は締め付けられている。
「そうだね。そろそろ別れようか。ボクは自分の家に帰るし、ケガレちゃん‥‥いや、”ミリアちゃん”も、自分の家に帰るといいよ」
「わたしの名前を呼ぶな」
「はいはい」
彼女はリーベルちゃんを連れて、ロリエルが開いた天界の門を通って帰って行った。きっと、帰ったのは、ボクの家じゃなくて、彼女自身の家であるランタノイド邸だ。
もう、ボクと彼女は赤の他人だからね。
でも、もう全部伝えた。彼女が知るべき全てを伝えたから、後は自分のことに集中するだけだ。
「よいのですか?」
グランシエルが突然そう聞いてくる。
「あはは、どういう意味かな、それ」
「分かっているでしょう」
「うん‥‥分かるよ、もちろんね」
でも、否定しなきゃいけない。
「さて、気分を切り替えて計画を進めるとしよう」
「勇者の剣の元へ向かいましょう」
「その前に、やるべきことが一つだけある」
「‥‥?」
そう、最後に一つだけ。
それは、そもそもボクがこの計画を考えた理由だ。
「この計画は、確かにセレスティアを蘇らせる為のものだ。魔王は、そもそも魂が既に流転してしまっているからね、蘇生なんてできない。でも、魔王の復活という点に関しては、正しいんだ」
「それは‥‥どういう意味ですか?」
「あまりに都合がいいよね。ボクたちは魔王の残滓をいとも簡単に見つけているけれど、なんていうか、タイミングが良すぎる。彼女がこの世に生まれてから、ほんの数年の間にこれだけの魔王の残滓が誰かの手に渡っている」
「つまり‥‥‥」
グランシエルが何かを言う前に、ボクは答えを示す。
「黒幕。それだけで分かるよね」
「‥‥彼ですか」
「そう」
ボクとグランシエルの頭の中には、共通のとある”天使”が浮かび上がっている。
「にしても、よく隠してたよね」
「えぇ、彼が既に熾天使ではないことが人間にバレてしまっては、大きな波紋を生む可能性がありますから」
「まぁ、そうだね、その通りだ」
ボクの計画の真意は、魔王の力を利用して勇者を復活させること。
それに対して、その天使は、恐らく魔王を復活させることを望んでいる。
彼女に魔王の残滓を全て与えて、そして”影”が彼女を支配下に置いた時。
それは真の意味で、”魔王の復活”を示している。
「相変わらず、どこかで暗躍しているんだろう? 魔王軍幹部四魔将の<堕天>さん?」
* * *
「時は来た」
一目だけでは、性別を判断できないほど美麗な姿をした天使はそう呟く。
六枚の”表面上は”純白に染まった翼を展開し、首元に掛けられたネックレスを強く握る。
「急に何ですか?」
隣にいた悪魔がそう聞いた。
「残る四魔将は我らのみ。余が動かなければ、魔王復活の悲願は叶えられない」
「それでは質問を答えにはなっていませんよ」
「構いはしない。余は、あの方に会いに行く」
天使がそう言うと、悪魔はその言葉の意味を察して、狂気的な笑みを零した。
「ふふっ、いいでしょう。ワタクシは、契約を守る悪魔ですから」
次回から七章‥‥ではなく、最終章になります。(すぐに終わるという意味ではないです)
ついに黒幕が姿を現して、ミリアたちがどんな結末に辿り着くのか‥‥‥最後まで見守っていただけると嬉しいです。




