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72話:天界裁判

 ――――天界

 生前、罪を犯さず純粋な魂を保ったまま死を迎えた者たちは、ここに昇天する。

 罰を与えられることもなく、死を弔うかのように生前の疲れを癒し、そして新たな生を迎えるのを待つ。


 罪も、罰も、闇も、悪も存在しない聖地。そこには天使たちが住み、死者を癒している。

 天界の神リーベルシアは、全ての者を救い、そして導く。欲深き種族しか集まらない地獄とは違って、ここには多くの死した者が集まる。それは、人も、魔物も、関係ない。全てが平等で、全てが新たな生を迎える権利があると、リーベルシアは考えた。


 その為に天界の住人である天使たちを創造した。


【神話:天界の神は死者を弔う】




 * * *




「たった今から、裁判を始める」


 開口一番、マルシエルはそう言い放つ。


 まずい。


 それしか考えれらなくなっている。途端に状況が移り変わっていって、未だに頭が混乱しているが、この状況がまずいことなのは流石に分かる。


 一端状況を整理する。


 突然マルシエルがわたしたちの前に現れて、天界に連れて行った。その上でこの発言なのだから、考えられる結果はただ一つ。


 計画が天界にバレた。


 マルシエルが天界に指示をすると天界の門が開き、そこに入ると景色は一変―――法廷だ。


 一番最初に目に付いたのは、裁判官だ。


 全てを導く者の象徴ともいえる、太陽の如き輝きの金色の髪。

 そして、金色の瞳、その中には太陽に照らされた海のように青い十字が瞳を刻んでいる。

 何よりも、六枚の翼。


 間違いない、<祈祷>の天使グランシエルだ。


「ミリちゃん!」


 少し遠くの方から、元気、だが焦ったようにわたしを呼ぶ声が聞こえてくる。そちらに目を向けると、そこにはロリエルがいた。


「ほな、うちは傍聴するとしますかな」


 すぐ後ろにいたラヴィエルはそう言って、傍聴席の方へ向かう。「よいしょ」と大袈裟に言って傍聴席に座った後、足を組んで法廷を眺める。

 マルシエルの方も移動して、検察側の席に座った。


 そうして、ようやく気付く。自分たちが証言台に立っていることに。


「願い。あたくしはあなたたちに名を求めます」


 突然グランシエルがそう言う。その瞬間、拒めない強制力が働いて、無理やり口が開かれる。


「アミリアス・リヒト・ランタノイド」

「リーベル・リュミエール」


 ただ名前だけを言う。しかし、シリウスだけは口を開かなかった。


「相変わらず手荒だね」


 ただそうとだけ言って、名前を言わない。


「貴様、名を名乗れ。これは秩序の為だ」

「嫌だね」


 即答するシリウスにマルシエルは少し声を荒げる。しかし、グランシエルがマルシエルを宥めた。


「構いません。今から裁判を始めます」


 マルシエルは少し不服そうだが、起訴状を読み始めた。


「アミリアス被告、及びリーベル被告とシリウス被告は、四魔将<魔人>に接触し、協力した疑い。また、四魔将<殺蝶>に接触した疑いに加えて、魔王を復活させようとした疑いが掛かっています。これは秩序を揺るがす由々しき事態。私、<秩序>の天使マルシエルは、被告人らの有罪判決を求めます」


 やはり、バレている。にしても、ディアベルに会ったことまでバレていたのか?


 ――――いや、そうか。


 ディアベルの勘を思い出す。

 王都にいた時、ディアベルは「誰かに監視されている」と話した。それはただの勘で、信憑性があったかは怪しい。だが、ディアベルの勘は異常に当たる。それは彼女が殺人という大罪を犯し続ける極悪人だからこその感性であり、実際それを信じたから上手くいった部分もあった。


 もし、誰かに監視されている、この勘も当たっていたとするのならば‥‥まさか、マルシエルに監視されていたのか?

 そもそもマルスという人間の冒険者としてその身分を偽っていたのだから、その可能性は高い。


 つまりは、あの時からこの結果は決まっていたのか。


「分かりました。では、被告人。並びに弁護人代理のロリエル。何か話はありますか?」


 来た。わたしたちの番だ。というより‥‥ロリエルが弁護人?


 すると、ロリエルが隣に駆け寄って来て、焦りで染まった顔をこちらに向けてきた。


「ミ、ミリちゃん! あ、ああああたち頑張るから!」


 ま、まずい。

 ロリエルがダメなんじゃない。ただ、嘘をつけない彼女にこの状況は相性が悪すぎる。


 いや、むしろ今は嘘をつくのは悪手かもしれない。計画の方までバレていて、これまで監視されていたことを考えると、嘘が嘘だとバレた時のリスクが高すぎる。


「わ、わたしは‥‥‥」


 思考しながら口を開く。もう少し考えてから喋った方がいいかもしれないが、焦りと沈黙がわたしの背中を押し続けていて、とにかく何か喋らないといけないという気持ちにさせている。


「ねぇ。一つ聞いてもいい?」


 その時、リーベルが突然喋り出す。


「私たちって、何か悪いことしたの?」


 その発言は法廷全体を凍り付かせた。

 暫く更なる沈黙が続く。熾天使全員は、リーベルのその発言に唖然とし、傍聴していた数人の天使たちもザワついていた。


「あの娘は何を言っているのだ?」

「魔王を復活させることがどれほどの悪か、それを理解できる脳がないのでしょう」


 そんな会話が聞こえてきて、傍聴席を睨んだ。もちろん、そんなことをしたところで意味はない。


 その時、グランシエルが「静粛に!」と少し強めの口調で言って、法廷を黙らせる。その後、すぐにマルシエルが口を開いた。


「意義あり」


 その言葉が聞こえてくる。


「マルシエル。今は被告の話を聞く時間です」

「裁判長。その必要はありません。被告は己の罪深さを理解していません。何を話そうと、そこに意味はない」

「これは裁判です。私情を挟むことは許しません。被告リーベル。話を続けてください」


 グランシエルの冷静な対応に少し感動する。決して、理不尽に追い詰められるというわけではないようだ。

 リーベルは「えっと‥‥」と先ほどの何を言おうとしたのか思い出しながら話を続ける。


「だって、本当に悪いことしてないよ? 何だか四魔将の皆が悪い人たちみたいな言い方してるけど‥‥天使さんたちは四魔将の皆と会ったことがあるの?」

「その発言は根本から破綻している。四魔将は悪だ。これは前提であり、絶対的な事実だ」


 依然としてリーベルの発言を妨害するマルシエルにグランシエルが釘をうつ。


「そ、その‥‥ディアベルは確かに悪い人かもだけど‥‥でも、悪い人じゃないよ。何て言えばいいか分からないけど、悪魔なんだから悪いっていうのは当たり前で‥‥でも、ディアベル自体は良い人っていうか、悪い人じゃなくて‥‥‥」


 ディアベルに会っていたことはまだ疑いの段階だったから、今リーベルがディアベルの話をしてしまった時点で既にバレているわけで‥‥‥

 だが、それでいいかもしれない。正直ディアベルと会っていたことを隠せる自信はなかったし、今はリーベルの正直さに任せて、こっちはこっちで何か考えないと‥‥‥


「グラトニスは、それこそ何も悪いことなんてしてないよ。魔物を守ろうとしてただけだし、人間を殺した、のかもしれないけど、人間も魔物を殺してるよ? というより、そもそも種族がどうとか、四魔将がどうとか言ってる時点でおかしいよ」

「そ、そうですの!」


 ロリエルがとりあえずリーベルの意見に賛成する。


「ふざけるな!」


 その時、またマルシエルが声を荒げてリーベルの発言を遮った。


「マルシエル! いい加減にしなさい」

「黙れ! これは<秩序>の裁判だ。僕に全ての権利がある」

「それは横暴です」

「知らない。これ以上無駄な話をしたところで無意味だ。もういい。僕がこいつに何が善で、何が悪かを教えこんでやる」

「マルシエル! やめなさい。この場で神器を使うことは‥‥‥」


 =天秤の剣=


 グランシエルの呼び止めを無視し、マルシエルはその剣を地面に突き刺す。その瞬間、周りの空間が凍り付くような感覚がして、体が動かなくなる。許されるのは発言だけだと、そう無理やり気付かされた。


「天秤の剣の判断は、神が絶対であるのと同じように絶対的な秩序のもとに善悪を判断する。エルフ、もう一度先ほどの発言をしてみろ」


 その言葉は明らかにリーベルを貶めるような言い方だ。

 わたしは口を挟もうとする。しかし、何も話せない。あの剣の力なのか、所有者が発言を許した者しか喋れなくなっている。


「えっと‥‥何ていうか、さっきから四魔将が悪いみたいな」

「事実だ。貴様は生きていなかったから知らない。四魔将の罪。それだけでも今ある全ての罪を超える。<殺蝶>は天使の大量殺戮。<魔人>は人間の大量殺戮」

「そうかもしれないけど、天使さんもいっぱい殺してきたんでしょ?」


 ああ言えばこう言う。そんな風にして、マルシエルの言い分は次々に押さえられる。

 どちらが正しいのかは分からないが、天秤はリーベルの方に傾いていた。


 それを見たマルシエルは、ある言葉を口にする。


「―――魔王は勇者を殺した」


 その時、法廷がザワつき始める。


 魔王が勇者を殺した?

 確かに勇者は死んでいる。ただ、それは寿命で死んだんじゃないのか?


「マルシエル! それ以上余計なことは‥‥‥」


 グランシエルの忠告を無視して、マルシエルは話を続ける。


「貴様は、そんなやつが悪ではないと言いたいのか?」

「う~ん‥‥」

「勇者を殺した魔王は絶対的に悪だ。そして、それに協力した四魔将も悪」


 マルシエルがそう言うと、天秤がマルシエルの方に傾いた。


 まずい。このままだとリーベルが負ける。

 恐らくグラトニスもあの剣に負けたのだと考えると、リーベルの命が危ない。


 あまりこういう手段は取りたくなかったが、仕方ない。

 ここにいる天使を襲って、この場の悪をわたしにすれば――――


「でも、勇者も魔王を殺したんでしょ?」


 ガタンッ!

 強く天秤が揺れる。


 マルシエルの言い分を認めた上で、まるで同じことのようリーベルは言い放った。


「‥‥は?」

「魔王が勇者を殺したのかは知らないけど‥‥どちらにせよ、勇者も魔王を殺してるんだから、同罪じゃないの?」

「何を言って‥‥」

「そもそもさ、魔王を復活させることって、悪いことなの?」


 その時、天秤が一気にリーベルに傾く。


「マルシエル! 剣の力を解きなさい!」


 グランシエルが咄嗟にそう言って、マルシエルは天秤の剣の力を解いた。

 天秤が完全にリーベルの方に傾くよりも前に、その力が解かれて、咄嗟にマルシエルは剣を離した。


 カランッ、と鉄が響く音がして、天秤の剣は地面に寝そべる。


 マルシエルはすぐさま天秤の剣を拾って、静かに元の場所に戻った。

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