71話:連行
「あんたら、ちいと一緒に来てもらうで」
シリウスの魔法によって転移した先に、見知らぬ天使がいる。しかも、熾天使だ。
わたしは貴族だが、それでも全ての熾天使を把握しているわけじゃない。いや、名前は知っているが、そもそも顔を知らないから、名前と顔が一致しない。こいつみたいな人間にあまり顔を出していない熾天使がいても何もおかしなことはない。
「キミみたいに怪しい天使さんに、ついてきてと言われて正直についていく奴なんているのかい?」
シリウスが少し煽るように言う。ただ、余裕から出てくる煽りというより、焦りを隠すような煽り方だ。
「まぁ、うちは逃げてもいいと思っとる。せやけど、分かっとるんとちゃうか? ここで逃げても、どうせまた捕まるって。せやろ?」
「はぁ‥‥面倒だね」
少し特徴的な喋り方をする熾天使にシリウスも困っている。
いつも余裕そうにしているシリウスがこんなに分かりやすく困っているのを見たのは始めてだ。ここは、わたしも少し口を挟んでみるか。
「あなた、わたしが誰なのか分かった上で話しているのですか?」
「ん? あぁ、もちろんやで。あんた、ロリはんところのお嬢ちゃんやろ? せやけど、別に関係あらへんな。公爵令嬢のうちにこんなことするのは無礼や~、って言いたいんやろうけど。残念やけどそれが免罪符にはならへんよ」
こいつ、話が通じない‥‥というより、話の流れを掴むのが上手い。熾天使である以上実力行使はしない方がいいだろうが、このままでは何も進まない。こちらが不利になる一方だ。
いや、違うな。ここは反抗するんじゃなくて、どうしてこうなってるのかを確かめる方がいい。一端こいつの話を聞いて、今の状況を確認する方が先だ。
「いえ、ただあなたに聞きたいことがありまして。一応わたしのことを存しているのか聞いただけです」
「そうなん?」
「はい。こんな場所にどうして熾天使様が足をお運びになられたのかを知る権利がわたしたちにはあると思います」
わたしがそう言うと、その熾天使は少し悩んで頭を掻きながら流れるように言葉を放つ。
「せやな~‥‥まぁ、どうしてあんたらのとこに来たのかっちゅうと‥‥知らんな」
「え、えぇ?」
「うちはただマルはんに、一緒に来い、って言われただけやからな。せやからマルはんが来てくれんと何も説明できへんな」
マルはん? さっきロリはんと言っているのは、ロリエルのことだと思うが‥‥‥
熾天使の中にマルなんて付くやついただろうか‥‥‥
<無垢>の天使ロリエル。
<祈祷>の天使グランシエル。
<無欲>の天使セルシエル。
<純愛>の天使ラヴィエル。
今の熾天使はこの四人だけのはずだ。
そもそも、こいつがこの中のどれなのかすら分かっていない。ロリエルは違うとして、セルシエルは男性だったはずだ。この熾天使は女性だから、グランシエルかラヴィエル‥‥‥
天界の頭領であるグランシエルがこんな簡単に顔を出すとは思えないし、単純にイメージが異なる。ということは‥‥‥
「ラヴィエル様‥‥‥」
「ん? 確かにうちはラヴィエルやけど。なんで今呼んだん?」
「いえ、何でもありません」
ラヴィエルと分かった。ただそれだけだ。
わたし、こんなに会話が下手くそだったか? いや、ただ熾天使を前にして少し萎縮しているだけだ。ロリエルは慣れているから特に問題はないが、初見の熾天使相手だとどうしても貴族としての部分が熾天使を崇高してわたしを邪魔してくる。
「ねぇ、ラヴィエルさんはどんな天使さんなの?」
その時、リーベルが会話を繋いでくれた。
「ん? なんや、あんたエルフやん」
ラヴィエルの発言はわたしを突き動かし、リーベルの一歩前に立って守る。そのままラヴィエルを少し強く睨んだ。
気付かれた。今はシリウスの魔法でエルフであることを隠しているはずなのに、熾天使の目を欺けなかった。
「な、なんや急に。うちなんかしたかいな。いや、したか。まぁええわ。別にあんたがエルフやろうがなかろうがうちには関係あらへん。確かに一部の天使が魔物を嫌っとるちゅうのは知っとるけどな」
ラヴィエルはそう言って一歩こちらに近づく。距離が近づく度、わたしの睨みもより鋭くなっていった。
「‥‥はぁ、ほんまに警戒されとるな。そんなんされたら流石にうちも傷つくわ。しゃあないな。こうなったのも、うちら天使の責任や。熾天使として、もうちょい他の天使たちを束ねてあげた方がええんかもな」
ラヴィエルの印象、思っていた以上に人格者だ。
熾天使だから当たり前なのかもしれない。だが、今のわたしは根本的に天使というもの自体を警戒するようになっている。ロリエルやグレイアのような天使関係なく大切な存在なら問題はない。ただ、このラヴィエルという熾天使とは初めましてだ。
そう思うと、わたしの考えは少し変わってきている。昔はこんな風に天使を疑うなんてことはなかった。常に天使は正しいという前提が存在していて、それは信頼というより崇拝という方が正しい。
魔王への考えが変わっているように、天使への考えが変わっている。だが、違うな。
わたしは差別をしたいわけじゃない。油断をするわけではないが、天使であることを理由にして、このラヴィエルを疑い続けるのは間違っている気がする。
そう思って、わたしは守る為にリーベルの前に出した手を引っ込めた。
「‥‥あ! すまんな。ちいと話はズレてもうた」
ラヴィエルはリーエルに平謝りをして、話を戻す。
「えーと‥‥うちがどんな天使なのか聞いたんやんな?」
「うん」
「あ~、せやな。うちは<純愛>の天使やから、まぁ美しい愛が大好きや。感じるで~、あんたらから強い、愛! をな」
「愛! って?」
「愛は愛や。気持ちに種類はあるかもしれへんけど、愛に種類なんてないんや。どれも美しい、どれも純粋、どれも尊い!」
少し話がズレてきている。いや、今はこういう無駄話をしていた方がいいかもしれない。いったんラヴィエルのことはリーベルに任せて、わたしとシリウスの方で解決の糸口を探るか。
シリウス!
そう心の中で念じてみる。
(‥‥‥)
何も返ってこない。
おい、シリウス!
もう一度、心の中で呼びかける。
(あぁ、なんだい?)
ようやく答えた。はぁ‥‥お前、ちょっとおかしいんじゃないか? いつもはこんなに焦らないのに、今のお前はなんというか‥‥変だ。
(変?)
そう。
(それはちょっと失礼なんじゃないのかい? まぁ別にいいけど。ケガレちゃんに言われないと気付かないほど、自分に疎くはないからね)
それはどうでもいいが。
とにかく、あのラヴィエルの思考を読んで、何か分かったこととかないのか?
(いや、ないね。彼女は本当にマルシエルという名の天使に付いてきただけみたいだよ)
そうか。さっきから気になってたんだが、マルシエル、って誰だ? 少なくともわたしが知ってる熾天使の中にそんな名はない。
(そうだろうね。ボクも知らない)
じゃあ、前みたいに記憶資料とか‥‥‥
(ラヴィエル、彼女の思考を読んでも、マルシエルに関する情報はそこまで見えない。ボクはあくまで思考が読めるだけで、記憶を辿れるわけじゃないからね。ローズみたいに異常なまでに考えることが多くない限り、記憶資料みたいなことはできないよ。特に今はリーベルちゃんとの会話に集中していて、”愛”、たったこれだけのことに関して熱心に考えている、としか言えないかな)
シリウスですら分からないのなら、わたしたちにできることはあまりない。
「――――何してる」
突然、背後から声が聞こえてくる。
「あ、マルはん。終わったん?」
「あぁ、終わった」
マルはん。その名前を聞いてわたしも振り向く。
‥‥最悪だ。
一番嫌な展開がきた。
マルシエルの正体‥‥マルス。王都の最高位冒険者であり、ギルドナイトであり、そして人間であるはずの彼が熾天使の一人。
正直、気付けたかもしれない。彼の人間への擬態は完璧すぎて、王都にいたころには気付けなかったかもしれないが、それでもつい先ほどあの場にいたのは明らかに不自然だった。だから気付けたはずだ。
だが、それが最悪の展開なんじゃない。
「マルス‥‥いや、マルシエル」
「何だ」
「‥‥グラトニスはどうした」
強く低く、突きとめるように言う。
マルシエルという熾天使があの場にやってきていて、グラトニスが四魔将で、そんな状況から推測できる展開は一つだ。今ここで、マルシエルが帰ってきてしまったということが、その最悪な展開を示している。
「あぁ、あいつなら死んだ」
クソが。
「殺したのか」
「死んだとしか言っていない」
「それじゃ答えになってない。わたしの質問に答えろ」
答えを追及する。その為にわたしは熾天使相手にかなり攻撃的な態度を取っている。
何故ここまでわたしは怒っているのか。恐らく、今は死に敏感なんだ。久しぶりに死を目の当たりにしてしまったから、リーベルに見せたくなかったのと同じように、わたしもそんなもの見たくなかった。そのせいで今のわたしは簡単に、死んだ、なんて言うこいつに怒っている。
「質疑応答は終わりだ」
わたしの言葉を遮って、マルシエルは無理やり会話を終わらせる。
「連行だ」
連行‥‥?
「罪状、魔王の関係者に接触、及び協力した罪。また、魔王を復活させようとした罪で貴様らを逮捕する」
そう言われた瞬間、全身の汗が干上がる。同時に熱が奪われて、手先が急激に冷やされて、対照的に頭は熱でパンクした。
「抵抗は無駄だ。何も言わず、天界に付いてこい」




