69話:仲直り
ダンジョンを支えていたグラトニスの魔石を一度回収し、代わりとして生命の影で作った”影の木”に置き換えた。
ダンジョンの栄養が”影”で補われているのなら、魔石のような一方的な供給しかできないものより、”影の木”、つまり生きているものにすれば、循環して、ほぼ永続的なものになる。
もちろん、何か問題があればその都度わたしが解決すればいいだけの話だ。
ひとまず問題が解決して、ほっと胸を撫で下ろす。それはわたしだけじゃなくて、グラトニスも同様だった。
その後、グラトニスはお礼にと、わたしたちを談話室に連れて行き、ダンジョンで採れる食材などを提供してくれた。
「これ‥‥‥」
「魔物の肉です。嫌ですか?」
「いや。別に構わない。だが、お前はいいのか? 魔物を守るんじゃ‥‥」
「はい。その通りです」
「これだと殺してることに‥‥‥」
色々あった手前、正直魔物の肉は進まない。むしろ、これはグラトニスが嫌がりそうなことに思えたが、それをグラトニス本人がしている。
「守るというのは、魔物個人のことではなく、”魔物”という種族です。生きとし生ける者、それは全て平等。この魔物の肉は生態系を乱す可能性があったものから得ています」
つまり、グラトニスはダンジョンの生態系を守る、いわばダンジョンマスターのような役割を担っているのか。
ただ、本来のダンジョンマスターの意味は、ダンジョンの創造主、もしくはそのダンジョンにおける頂点の魔物のことだ。
だが、グラトニスがやっているのは、どちらかというと、支配よりも管理。それ自体は重要なことだが、どうしてこんなことをしているんだ?
「お前は、どうして魔物を守りたいんだ?」
だからか、そんな疑問が自然と口から出てきた。
「それは‥‥分かりません」
「分からないのか?」
「はい。俺は魔王様の考えに従っているだけですので」
魔王。
ディアベルはあんな性格だが、それでも魔王を尊敬? いや、尊敬ではないかもしれないが、それでも魔王を悪くは言っていなかった。
このグラトニスも同様、魔王のことを悪く言っていない。それどころか、かなり好印象だ。
【魔王復活計画】なんてしているからか、わたしたちは魔王側の存在と接する機会が多い。そのせいか、わたしの中では魔王という存在の印象が、少しずつ変わっている。
「魔王は‥‥どんなやつだったんだ?」
そのせいか、そんな質問をした。
ディアベルの時は、そんなこと全く気にならなかった。ただ、魔王の謎を解き明かして、自分が何故魔王と同じ魔力を持っているのかを知りたいだけだった。
それなのに今、わたしは魔王という人物像を知りたがっている。
「それは‥‥恐らく、答えることはできても、その答えをあなたに教えることはできない」
「どういうことだ?」
「俺は、魔王様のごく一部しか知らない。俺が生きてきた中の魔王様しか知らないからです」
「それでいい。教えてくれないか?」
引き下がらず、グラトニスに頼んでみる。
グラトニスは暫く悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「魔王様は‥‥何でもない、ただの平和を望んだ”少女”でした」
平和。それは、魔王という言葉の対義語といってもいいような、少なくとも魔王の行為からは考えられないような言葉だ。
というより、魔王は少女なのか。何か化物の類だと思っていたが。
「じゃあ、どうして魔物なんて生み出したの?」
先ほどまで黙っていたリーベルがそう質問する。
「全種族が一つになれば、もう誰も争わなくなるからです」
「でも、魔王が紛争を起こしてるから、意味ないよ」
リーベルは至極真っ当なことを言う。
わたしもその通りだと思う。種族を統一することに関しては、平等にはなるかもしれない。だからといって、それが世界から紛争が無くなるという意味にはならない。
「そう言われても、俺には分かりません。そもそも、紛争を仕掛けてきたのは人間側では?」
「そうなの?」
「俺の知る限り、魔王様が誰かを殺しているところは見たことがありません」
その発言を聞いて、わたしは「待て」と会話に割り込む。
「どういうことだ? 魔王は殆どの種族を支配したんじゃないのか?」
「はい」
「じゃあ、殺してないなんてありえないだろ」
紛争の影なんていう、死を具現化したような力を持っていて、誰も殺したことがないなんてありえない。
わたしはそんな考えを基に生み出された先入観からそう言う。だが、グラトニスはその先入観に対して首を傾げた。
「魔王様は”殺し”とは、縁遠い方だと思いますが。少なくとも、俺の目にはそう映っていました」
「だ、だが‥‥‥」
納得していないわたしに、グラトニスは情報を付け加える。
「正直、未だに魔王様が誰かを殺したなんてことは信じられません。魔王様が”あの方”の嫌うようなことをするとは思えません」
”あの方”。何だかわざとらしい言い方だ。
「あの方って誰だ?」
グラトニスの言い方だと、まるでその”あの方”が、あの魔王に対して強い影響力を持っているように聞こえる。
「あぁ、”リーベルシア”様ですか?」
あまりにも予想外の名に、頭が思考を止めてしまう。
「リーベルシアって誰? 何だか私と似た名前だね」
リーベルがそう言った瞬間、リーベルの方を見て、肩を強く掴む。
「え、な、何?」
「知らないのかお前!?」
あまりに無知蒙昧なリーベルに少し声が強くなってしまう。
「天界の神だよ、リーベルちゃん」
「えぇ!?」
リーベルシア。その名は、人間なら、いや、普通誰でも知っている名だ。
”神”
その言葉は、種族なんてものを超越した存在を尊ぶ為に生み出された言葉だ。
天界の神であるリーベルシアは、その名の通り天界を創造し、そして天使を創造した。全ての者を平等に導き、救う。そこには、人間も魔物も関係ない。
数ある神話の中で、リーベルシアの名が出てこない神話なんてないほど、その名は広く知れ渡っているものだ。流石にエルフであるリーベルだって知っていると思っていた。
「そもそも、リーベルちゃんの名前は、リーベルシアから取ったものじゃなかったかい?」
「そうだったんだ‥‥‥」
どうして知らないんだ。ま、まぁいいか。
今は、リーベルが天界の神の名を知らなかったことより、どちらかというと魔王軍幹部であるグラトニスの口からその名が出てきたことの方が気になる。
「‥‥で、グラトニス。どうしてそこでリーベルシア様が出てくるんだ?」
「リーベルシア様が魔王様と恋仲だからです」
‥‥は?
グラトニスが言いたいのは、誰だって好きな相手が嫌がることはしたくないという意味なのだろう。
リーベルシアという神は、神話でも殺生を嫌う神として描かれることが多い。実際、全ての生命を救う立場にある天界の神が、殺生なんてしないだろう。
だが、そうじゃない。そこじゃない。
もう、ダメだ。
頭が情報で埋め尽くされてしまって、完全に思考を停止しそうになっている。
「い、一応だが‥‥魔王は、”少女”って言ってたよな?」
「はい」
「リーベルシア様は、”女神”だよな?」
「はい」
グラトニスは何もおかしなことが無いように言う。
これは、わたしがおかしいのか?
もう、そういう時代なのか?
もう、分からない‥‥もう、自分が分からない。
何だか世界から取り残されているような気がする。わたしが世間知らずなだけで、もしかしたらそれが普通なのかと思ってしまう。
ディアベルとアーデウスといい、アリシアとフェシアさんといい‥‥もしかして、わたしが間違ってるのか?
「ミ、ミリア? 大丈夫?」
「もうダメよ」
「あわわ~、ミリアが壊れちゃったよ~!」
わたしはリーベルの肩を掴んだまま、リーベルの方に倒れ込み、頭を押し付ける。
は~。やめて欲しい。ただでさえ今は最悪な気分で、できるだけ頭を使いたくなかったのに。そんな時に色々と情報を詰め込むのは、もはや拷問だ。
はぁ、でも丁度いい。むしろ心が落ち着いた気がする。
ここに来るまでは、何だかやるせない怒りに振り回されていたが、今こうやって情報に振り回されたおかげで、もうどうでもよくなった。
「もう、大丈夫」
「本当に?」
「本当」
‥‥ちょっと待った。頭が混乱していたせいで今自分が何をしていたか気付いていなかった。
不覚にも、リーベルに甘えてしまった。これじゃあ‥‥‥
横を見ると、シリウスが憎たらしい顔をこちらに向けている。
ほら、こうなった。
いや、でも‥‥いい機会か。
「ごめん」
「え?」
どう考えても今じゃないのは分かっている。もしかしたら、わたしがついさっき言った”もう大丈夫”は全然嘘かもしれない。
「リーベルはここに来ちゃダメとか、色々と言った」
その色々には、わたしがした変な説教とか、そういうのも含まれている。
「そ、それ今なの?」
やっぱり、そこを指摘される。その通りだ。
「わたしはこういう時じゃないと謝れない気がするから」
だが、無理やり通すことにした。
やっぱり、わたしはわがままだな。
「でも‥‥ミリアは私のこと想って色々と言ってくれたんでしょ?」
リーベルの言い分に妙に納得してしまって、わたしは静かに頷く。
「じゃあ、いいよ。許します!」
少し上から目線でリーベルがそう言う。少しイラっとしたが、それよりも安心が勝ってしまった。
「何だよ。許しますって。言っておくが、リーベルも悪いからな」
「えぇ~。まぁ‥‥そっか。ミリア、ごめんね。大嫌いなんて言っちゃって」
「じゃあ、許す」
「ねぇ、今も気にしてる?」
ちょっとからかうようにリーベルが聞いてくる。
「してない」
「してるよ」
「してないわよ!」
「ほら、やっぱりしてる」
何が、ほら、なのか分からないが、もういい。わたしもわがままだが、リーベルもわがままだ。
だが、そんなことすらおかしくて、変な言い合いの後に目が合った瞬間、お互いに笑いが零れる。
「あぁ、馬鹿らしい」
思ったことが率直に口から零れる。
「お二人は、恋仲なんですか?」
グラトニスが突然そう聞いてくる。
「‥‥は?」
「そうにしか見えません。俺が間違ってますか?」
‥‥間違っている。そのはずだ。
「ち、違う‥‥‥」
思っているのに、声が半分、いや三割ぐらい否定しているみたいに小さくなってしまう。
「そうですか。俺が間違っていたんですね」
「‥‥‥」
勢いよく椅子を立った。これ以上はまたおかしくなってしまいそうだ。
「そろそろ帰るぞ。用事も終わったし。一応、魔王の残滓を手に入れた」
”一応”。それで魔王の残滓を手に入れたことを言っていいのか分からないが、魔石が魔王の残滓なら、今回で一応手に入れたことになる。
「そういえばグラトニス。この魔石、わたしが貰ってよかったのか? 今更言うのもあれだが‥‥‥」
「大丈夫です。魔石は元々魔王様のものですから」
「‥‥そうか」
わたしは魔王じゃないが、なんて言うのも疲れた。
わたしたちは談話室を出る。先ほどまで巨大な魔石があった場所には、わたしが生命の影で作り出した”影の木”がある。これがあれば大丈夫と、安心して、下に目を向ける。
――――視界に誰かが入る。
”影の木”の下に、白銀の髪の少女がいる。その少女の手には一本の天秤? のような形をした剣が握られていた。
その時、その少女はわたしたちに顔を半分向ける。
「‥‥マルス?」
記憶を辿って、少し印象に残った人物の名が出てくる。
マルス。確か王都の最高位冒険者で、わたしたちと同じギルドナイトだ。どうしてここに?
というか、マルスってことは男性か。本当に外見だけじゃどっちなのか分からないな‥‥‥
「逃げてください」
「逃げるよ」
グラトニスがそう言って、すぐにシリウスが答える。
「え?」
「どうしたの? シリウス」
有無を言わさず、シリウスはわたしたちを転移させた。そうして、わたしたちはダンジョンの入り口付近に転移される。
訳も分からないわたしは、転移した後、シリウスを問い詰める。
「どういうことだシリウス」
「いいから。まだだ。咄嗟に転移したから場所をミスったね」
「はぁ?」
シリウスは再び魔法陣を展開して、わたしたちを転移させようとする。
「ちょっと待ちぃ!」
その時、一つの声がわたしたちを止めた。
声がする方向を見る。そこには、ひと際輝く誰かがいた。その輝きに目を細めて、ようやく慣れてきてから、その姿が見えてくる。
目が痛くなるほど赤い炎を纏いながら、その姿が見え隠れしている。
情熱を体現するが如く燃えるような赤色の髪。
十字に刻まれた黄金の瞳。
そして、全てを証明する”六枚の翼”。
「あんたら、ちいと一緒に来てもらうで」
 




