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68話:生きるダンジョン

 魔石。それは魔物の体内に存在する不思議な石だ。

 宝石のようにキラキラとしているから、観賞用としても使われるが、他にも武具に使用されたりする。というより、そっちがセオリーだ。


 とは言っても、魔石一つ一つは純度の違いはあれど、そのサイズは手に収まるぐらい小さい。


 だから、これほど大きな魔石は見たことがない。そのせいで、これを魔石だと認識するのに少し時間が掛かってしまった。


「色々と聞きたいこともあると思います。が、今は俺の質問に答えてもらってもいいですか?」


 グラトニスはそう言って、わたしたちを応接間らしき部屋に案内した。

 応接間に入る。やはり部屋の中は綺麗に整えられていて、明らかに誰かが住んでいることが分かる。恐らく、その誰かはグラトニスだろう。


 四角い机を囲んで、三体一で向かい合うようにして座って話を続ける。


「まず、どうして魔王様の魔法を扱えるのですか?」


 何回この質問をされたかは分からないが、この答えをわたしは未だ分からずにいる。


「分からない」


 だから、そうと答えるしかない。そんな答えに誰もが納得しないが、グラトニスは「そうですか」とだけ言った。納得はしていないかもしれないが、それ以上は追及しなかった。


「変だと思うか?」

「いえ。不思議なことはいくらでもあります。だから、あなたが魔王様の力を扱えても、それを不思議なこととして処理するしかありません」


 グラトニスは肝が据わっており、驚きもせず単調にそう言った。


「それで質問は終わりか?」

「はい。これ以上何を聞けばいいか、俺には分かりません」


 そこで会話が終わってしまう。だから、今度はこちらが質問する番だ。


「どうしてわたしたちをここに連れて来たんだ?」


 わたしがそう聞くと、グラトニスは静かに椅子から立って、どこかへ行ってしまった。

 しかし、グラトニスはすぐに帰って来て、机の上に一個の石を置いた。


「魔石‥‥?」

「はい。魔石です」

「これが理由なのか?」


 魔石だけでは説明がつかないような気もするが、わざわざわたしたちにこれを見せたということは、これが理由なのだろう。

 ただ、一つだけ気になった点がある。


「これ、魔力が無いね」


 わたしが言うよりも先に、シリウスがそう言った。


「そうです。つまりは、ただの”石”です」


 見た目は魔石そっくりだ。しかし、それからは全く魔力を感じなかった。魔石に魔力が無いなんて、おかしな話だが、グラトニスが嘘をついているようにも思えなかった。


「どうしてこれを見せたんだ?」

「この魔石は、魔力を失ってしまったただの欠片です。魔王様が授けて下さった”魔物の影”、この力――――」


 その言葉が出てきて、わたしは咄嗟にグラトニスの言葉を遮った。


「待て! 今、何て言った?」

「ただの欠片です」

「違う、それの少し後だ」

「魔物の影、ですか?」

「それだ」


 魔物の影‥‥あまりにネーミングがあれすぎる。絶対にあれだ。もう考える余地もないぐらいにあれだ。


「グラトニス」

「何ですか?」

「魔王の残滓は知ってるのか?」

「知りません」


 グラトニスは端的にそう答える。


「ケガレちゃん。多分だけど、まずボクたちの計画について話した方がいいんじゃないかな」

「それもそうだな」


 わたしたちはグラトニスに計画のことを話した。四魔将である以上、流石に魔王の復活させると言って、それに反対することはないだろう。


「――――そうですか。魔王を復活させる。その為に魔王の残滓というものを探していると」

「そうだ」

「それが魔物の影なんですか?」

「恐らくは。だから、もう少し魔物の影について教えて貰ってもいいか?」

「分かりました」


 話がトントン拍子に進んでいて、隣に座っているリーベルは既に頭がパンクしているようだったが、それでもわたしたちの会話は続いた。


「魔石です」


 グラトニスはたった一語だけを言った。その魔石というのは、話の流れから魔物の影の説明をしているということになる。


「どういうことだ?」

「魔石が魔物の影です」


 そうと言われたら、そう理解するしかないのかもしれない。

 だが、だとすると<影収集機>が反応しないのはおかしい。


「魔石が魔王の残滓だとして‥‥これから全く”影”‥‥いや、魔力を感じないのは何でた?」

「ただの石に魔力は宿っていません」


 さも当然かのようにグラトニスは言って、話を続ける。


「これは、何世代にも渡って受け継がれてきた魔石。魔物の影は、生命に埋め込むことで種族を魔物にできます。それが意味することは、命を繋いで、子が生まれたとしても、その子も魔物であるということです」

「‥‥種族を根本から変えてしまうとは。にわかには信じがたいね。まぁでも、それが魔王だと思うしかないんだろうね」

「それについては‥‥俺には分かりません」

「いや、ただの独り言だよ」


 魔王の残滓の力がどれだけ規格外なのかは知っているつもりだった。種族を統一するというのだから、それだけ超人的‥‥いや、もう神の領域だ。いとも簡単に種族すら変えてしまうなんて。


「魔王様が直々に埋め込んだ魔石は、既に数を減らしてはいますが、それには未だ魔王様の魔力が残っているかもしれません。ですが、何世代にも渡って、子、そしてまたその子にと受け継がれていくと、もう魔王様の魔力は残っていないと思います。そこに残っているのはその魔石を持っていた者の魔力です。ですが、もうこの魔石にはその魔力すら残っていない」


 グラトニスはそう言って、わたしにその魔石を渡した。


「とは言っても、これは魔王様のものです。お返しします。魔王の残滓を探しているのなら、尚更」

「いや、わたしは魔王ではないが‥‥まぁ、一応貰っておく」


 わたしはそれを受け取る。

 しかし、わたしが魔石に触れた瞬間、魔石は溶け込むようにわたしの中に入って消えてしまった。


「え‥‥?」


 一瞬驚く。しかし、考えればすぐに分かることだった。魔石が魔王の残滓なら、他の魔王の残滓と同様、わたしが触れた瞬間、わたしの影に吸収されるのは当たり前だ。


「‥‥そうか」

「どうしたの?」

「いや。たった今、どうしてわたしが倒した魔物が魔石を落さなかったのかが分かった」

「そうなの?」

「そう。‥‥はぁ、気付いてしまえば、何てことないトリックだ」


 リーベルは暫く首を傾げて考えていた。とはいえ、長いこと魔王の話をしていたからか、こういう類の話には慣れてきたようで、すぐに理解して、納得したようだ。


「それで、どうしてこれを見せたんだ?」

「実は、これに関してお願いしたいことがあったので」


 そう言うと、グラトニスは再び席を立って、わたしたちに「付いてきてください」と言った。それに従って、わたしたちはグラトニスの後ろを付いていく。

 そうして着いたのは、先ほどわたしたちを驚かせた巨大な魔石の前だった。


「さっきから気になっていたが、これは何なんだ?」

「魔石です」

「そうじゃない」

「‥‥これは、原初の魔石。つまり、魔王様が直々に与えて下さった‥‥より詳しく言えば、俺に授けて下さった魔石です」


 魔王が直々に与えた‥‥つまり、純度百パーセントの魔王の残滓。

 そこで一つ、疑問が浮かぶ。その疑問を確かめる為に、わたしは<影収集機>を取り出した。そして、その巨大な魔石に近づける。


 まだ反応しない。


 もっと近づける。


 まだ反応しない。


 もっと近づける。そして、殆どくっつきそうな程近づけて、ようやく――――


 ジジジジジジジジジジジジ


 <影収集機>の針が微かに動き出す。ということは、間違いなくこの魔石には”影”、つまり魔王の魔力がある。

 それ以上近づいて、下手に触れてこの魔石を吸収しないように気を付けながらわたしは振り返ってグラトニスに問い掛ける。


「あまりにも魔力がなさ過ぎないか?」

「はい」


 相変わらず端的に答えられる。

 わざわざここに連れて来たということは、これが原因で困っているのだろう。


「こうなった理由を一から説明してもらってもいいか?」

「はい」


 そう言って、グラトニスは訳を話し始めた。


 * * *


 グラトニス。彼は唯一、人間で魔物になった。

 人間は魔王に支配されていない。だが、彼は特殊な環境下にいたからか、魔王と関わったことで魔物になったようだ。

 まだ自分の過去を話すほど信頼はされていないからか、ただ話が長くなるから省いただけかは分からないが、それを前提知識として教えてすぐに話を進めた。


 四魔将。それは人間が勝手に彼らをそう呼んだだけだが、それでもそう呼ばれるだけの理由がある。

 四魔将と呼ばれる者たちは、間違いなく魔王から力を与えられていて、それは地獄の影によって力を与えられているディアベルからも分かることだ。


 グラトニスはこの大量の魔石を与えられた。というより、初めはこの大量の魔石を体内に埋め込められることで、人間にも関わらず500年経った今でもこうやって生きている。つまり、彼は根本的に種族が変わってしまったのだ。だから自分自身も<魔人>と名乗っているらしい。


 だが、彼が<魔人>となった理由は、力を手に入れて、何か自分の野望を果たすためではなかった。その理由は他でもない、”魔物”を守る為だった。


 そうして、”未開のダンジョン”を作った。

 人間による迫害が続く中で、魔物たちを人間から守り、本来の自然に帰す為に彼はダンジョンを作ったのだ。

 しかし、そこで問題が起きた。


 ”未開のダンジョン”は洞窟型のダンジョン。つまり、太陽の光や、水など、生命が生きる為に必要なものが欠けていた。

 だから彼は解決策として、自身の魔石を使ったのだ。


 ダンジョン内の生命は例外なく魔物。だから、自身の巨大な魔石を使えば、ダンジョン内に太陽の光や、水に代わりになると考えた。


 ダンジョン内に設置されたこの巨大な魔石は、その膨大な魔王の魔力が常に流れ出ており、それが栄養となってダンジョン内の魔物の成長を促した。それによって洞窟内にも関わらず、植物が生え、それを食べる草食の魔物が暮らせるようになり、そしてそれを食べる肉食の魔物も‥‥という風に、ダンジョン内に生態系が形成されることになったのだ。


 逆に言えば、グラトニスの体内にないその魔石は、ただ魔力を失うだけだった。


 * * *


「ですが、最近、問題が起きました」

「何だ?」

「人間にダンジョンが見つかりました」

「‥‥‥」


 そう言われると申し訳なくなってしまう。そんなことを感じることは無粋でしかなかった。


「第一階層、生態系において、比較的下に位置する魔物たちが人間に大量に殺されたことによって、生態系が乱れてしまいました。そういった異常事態は、オークロードのような変異種を生んでしまった」


 グラトニスの声は静かで一定だったが、握る拳が少し震えている。


「それを補うために、本来想定していたよりも多くの魔力を必要とし、このダンジョンの魔石は想定よりも早く枯れつつある。このままでは、先ほど見せた魔石のように、”死んでしまう”。そんな状況の中、俺はあなたを待っていた」


 グラトニスはわたしを見る。


「魔王様」


 依然としてグラトニスはわたしをそう呼んだ。


「‥‥どちらにせよ、その魔石にある魔力は切れてしまうのか?」

「はい。想定よりも早くなってしまっただけです。だから、あまり思い詰めないでください。あなただけが悪いわけではない」


 グラトニスはわたしの心でも読んでいるかのようにそう言った。


 わたしの中には罪悪感がある。わたしはその魔物を大量に殺した人間だ。グラトニスからすれば、勝手に家に入って来て、家族を皆殺しにしているただの殺人鬼だ。

 その上で、グラトニスはわたしを許してはいないかもしれないが、それでもわたしの罪悪感を少しでも減らすかのようにそう言った。


 だから迷う必要は無かった。

 これが罪滅ぼしになるかは分からない。それを決めるのはわたしではないだろう。だからこそ、少しでも行動して、誠意を見せるべきだ。


 一つ、案が浮かんだ。


 今のままでは、この魔石が一方的にダンジョンに魔力を与えるだけだ。それは循環しているとは言えない。


 なら、生命にすればいい。


 生命というものは循環していて、自然からエネルギーを得て、最終的には死んで、自然にエネルギーを返す。

 生命の影で作ったあの花がわたしの手を離れてもなお今もリーベルの胸ポケットの中にあるのは、花が生きていて、その中で循環しているからだ。

 紛争の影で作り出した武器は、一方的にわたしの魔力を喰らうだけだが、生きていれば話が変わってくるということだ。


 今のダンジョンの状況が、その紛争の影で作った武器と同じ状況だと考えれば、その案が導き出される。


 わたしはその巨大な魔石に触れた。

 魔石は一瞬にしてわたしの元に入って来る。それ自体が魔王の残滓だからか、わたしに強い影響を与えた。

 言ってしまえば、魔石はわたしにとって大きな器のようなものだ。体内にある魔力が時間と共に元に戻っていくのと同じで、その器に、わたしが元々持っていた紛争の影や生命の影の膨大な魔力が流れ込んでいく。


 小さい魔石では、殆ど違いを感じなかったが、これだけ巨大な魔石を取り込んだら流石に分かる。

 以前シリウスがわたしの魔力量が増えれば更に魔王の残滓を使いこなせるようになると言っていた。今なら、できるだろう。


 =生命の影=


 元々魔石があった場所に向けて力を込める。

 すると、地面から影の色をした木の幹が生えてくる。ぐるぐると交差するように伸びていって、それは次第により細く枝分かれして、そこに葉がついていく。そうして、一瞬で影の木ができあがる。


「これは‥‥?」

「これは、さっきの魔石の代わりだ。わたしの魔力、つまり魔王と同じ魔力が流れている。だが、一方的じゃない。こいつは”生きている”。だから、ダンジョンに棲んでいる魔物たちに栄養を与えるが、魔物が死んだら、その栄養を今度はこいつが取り込む。そうして成長して、またダンジョンに栄養を流して‥‥循環する。ダンジョン自体が生きてしまえば、永続的なサイクルが生まれる」


 わたしがそう言うと、グラトニスは安心したようなほっとした表情を見せた。


「‥‥ありがとう。これで、皆を守れる」

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