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67話:<魔人>

 中階層を抜け、わたしたちは高階層に辿り着く。

 高階層は元々わたしが狩りをしていたところだ。だから、何となく構造を覚えている。


 低、中、高、こんな風に階層分けがされている理由は、その難易度の違いにある。

 未開のダンジョン内は一見入り組んでいるように見えるが、実は一本道だ。いくつもの部屋が存在しているだけで、すぐに行き止まりになるから、それほど迷う要素はない。

 そして、ある程度進むと、明らかに生息している魔物の強さが変わる。その理由はあまりよく分かってはいないが、恐らくは魔物間でしっかりとした生態系を組めるように、ある程度実力の近い者どうして集まっているのだろう。


 だから、この低、中、高というのは、浅さや深さといった意味ではなく、出現する魔物の難易度を表したものなのだ。


 だから、高階層と言っても、まだ人間たちがここにしか到達できていないというだけで、実際にそこがダンジョンの最後なのかは分からない。


 昔であれば、この高階層に辿り着くのに最低でも三時間弱は掛かったものだが、今回は二人と一緒に来たからか、二時間弱程度で着いた。

 ずーっと洞窟の中にいるせいで、時間感覚は少し曖昧かもしれない。そう思うと、今の気分的に感じている時間が実際よりも短くなっているだけかもしれない。

 そんなことは分からないが、とにかく高階層に着いた。


「そういえばここまで来て気付いたけど、やけに植物が多いね」


 魔物狩りに飽きたのか、シリウスが突然そう言う。


「何か変なの?」

「ここは洞窟だからね。太陽の光が届かない。それでも育つ種類はいるけど、普通こんな岩に囲まれた場所には育たないよ。でも、ほら見て。これとか凄く元気に育っているね」


 そう言って、シリウスは近くにあった植物の葉を撫でながらリーベルに説明した。


「本当だ」

「つまり、ここには太陽の光に代わるような栄養源があるんだろうね。見た感じ水分も循環しているようだし。ここは洞窟というより、まるで自然のようだよ」


 その表現は正しく、ここは洞窟とは相違点がありすぎる。

 光なし、水なし、そんな環境で育つことのできる植物は限られる。それは無論、魔物も同様だ。しかし、このダンジョンには多様的な生態系が形成されており、それこそ自然と呼ぶに相応しい。


「そろそろわたしが到達した点に着く」

「おや、もうかい?」

「別に、ここの魔物だけでも十分稼げるからな。それ以上進むのは危険なだけだろ?」

「まぁ、そうだね」


 最高到達点と言っても、それが終わりという意味ではない。

 わたしはメリットを欲するが、リスクは欲さない。そんな当たり前のことを理解できないものは死ぬ。

 今回はシリウスもいる。その上、わたしは以前より圧倒的に強い。だから、今回は明らかにリスクよりメリットの方が大きい。

 事実、ここに来るまでの間、何度か魔物と遭遇したが、手こずることはなかった。シリウスに関しては手を出す必要すらなかったから、仮にこの先、危なくなっても最悪シリウスが手を貸せばどうにかなるだろう。


 そうして、わたしたちはこの未開のダンジョンの最高到達点を更新して、更に進んでいく。

 暫く進んでいると、違和感に気付き始める。


「急に魔物が出てこなくなったね」

「おかしい。ここは誰も立ち入っていない領域のはずだ。低階層ならまだしも、ここまで来てこんなに魔物に会わないなんてありえない」


 そんな疑問を持ちながら、少し警戒心を高める。




「それは、当たり前です」




 突然、見知らぬ声が奥から聞こえてくる。その方向は、わたしたちが来た方向ではなく、わたしたちが進もうとしている方向だ。だから、後ろからついてきた何者かが話し掛けてきたわけではない。元から奥にいた何者かが突然話し掛けてきたということだ。


「何者だ」


 当然、警戒の言葉をその声がする方向に投げかける。

 シリウスは電球魔法の明かりを強めて、その光が声のする方向を照らす。すると、次第にその姿が見えてくる。


「ここにいる者たちは、どれも生態系の頂点に座する者たち。そんな者たちが、あなた方のような規格外の強者に顔を出すわけがない」


 その者はゆっくりとこちらに向かって歩きながら、簡単に説明をする。


 姿が見える。それは、黒いフードを被った人間のような何者かだ。

 そいつがローズの記憶資料で見た未確認魔物の姿と重なって、直感的に正体を理解する。


 まさか、あちらから顔を出すとは思っていなかったが、なるほど、こいつが未確認魔物、通称<魔人>。


 <魔人>は被っていたフードを脱いで、その素顔を晒す。

 その姿を見た時、わたしたち全員の言葉が失われた。


 それは、人間だった。何てことない普通の成人男性の素顔に、わたしたちは驚かされる。


「よくぞお帰りになられました。‥‥”魔王様”」


 そう言った。


 やっぱりか。


「お前‥‥‥」

「はい。俺の名はグラトニス。魔王軍幹部、四魔将<魔人>です」


 さりげなく自己紹介をするように誘導してみたが、本当に自己紹介をした。

 現状見つかっている四魔将はディアベルだけだ。それ以外は生きているかすら分からない状況だったが、ここでもう一人見つかった。


 一応シリウスの方を見て、このグラトニスと名乗る者が嘘をついていないかを確かめる。


 シリウスはOKマークを手で作り、わたしに見せた。


 本当に魔王軍幹部。

 そう分かったら分かったで、また別の問題が出てくる。

 何となく予想はしていたが、こいつもディアベルと同様、わたしを魔王だと勘違いしている。ディアベルの時は咄嗟に、自分は魔王じゃない、と言ってしまったが、今回はどうするか‥‥‥

 このまま勘違いを利用して、嘘をつき続けてもいいが、バレた時のリスクが困る。


 何せ、相手は四魔将だ。ディアベルもあの強さだ。このグラトニスという奴も相当強いだろう。もし、敵側になってしまったら、それこそ問題になる。


「ここで一つ。魔王様と呼んでおいて、変なことを聞くかもしれませんが、あなたは魔王様ですか?」

「どうしてそう聞くんだ?」


 質問返しをして、グラトニスの質問の真意を調べる。


「魔王様は、もう、死んでいるからです」


 簡潔に、グラトニスはそう答えた。


「そうか。そうだったな」

「それでは、もう一度。あなたは魔王様ですか?」

「違う」


 そう答えた。

 色々と不安もある。だが、何故だろうか。こいつが悪い奴じゃない気がしてしまった。単に、この人間の姿に騙されているだけかもしれないが。


「そうですか」

「そうだ。確かにわたしは魔王と同じ魔法が使えるが、わたしは魔王じゃない」


 わたしがそう言うと、グラトニスは静かに頷いた。


「まだ質問したいですが、少し奥に進みます。付いてきてください」


 警戒しつつも、わたしたちはグラトニスに付いていく。道中、グラトニスは会ったばかりのわたしたちに対して、簡潔にダンジョンについての説明をしだした。


「ここは、魔物の強さに応じて四階層に分かれています。そして、今俺たちがいるここは、”頂点”クラス。生態系ピラミッドにおいて、頂点に立つ、いわば天敵が存在しない捕食者たちです。そんな者たちだからこそ、あなた方のような強者をしっかりと理解できる」

「なるほど。その前に、どうしてそんなに教えてくれるんだ? さっき言った通り、わたしは魔王じゃない。お前の敵かもしれないんだぞ?」


 くどいようだが、安全を手に入れる為に何度も聞く。


「それは‥‥難しい。それに答えるのは不可能です。俺は暫くここから出ていません。だから、魔王様が死んだことを何となく察せても、いつ死んで、それからどれほどの時間が経っているのかは分かりません」


 そんなグラトニスに、わたしは魔王に関することを話した。

 ディアベルの時に学んだ、信頼を勝ち取る最善の方法がこれだと信じているからだ。


「‥‥もう、500年、ですか」

「そうだ」

「それほどの時間が経っていたのですね‥‥」

「魔王はここに来ていたのか?」

「はい。その理由も含めて、これから行こうとしている場所で全て説明します」


 暫く進んでいると、グラトニスは突然「ここです」と言って、一つの部屋の前で止まった。

 その部屋、この洞窟型のダンジョンにあるとは思えないが、妙に綺麗な扉で仕切られている。当たり前だが、洞窟型のダンジョンの部屋というのは、ちょっとした空間のようなもので、それを仕切る扉もなければ、内装もただの洞窟の一部でしかない。

 そんな中で、今わたしたちの目の前にある部屋は、まるで誰かが住んでいるのかと思う程綺麗に手入れされていた。


「ここは?」


 わたしがそう聞くと、グラトニスはその質問に答える為に部屋の扉を開ける。

 人一人が入れるぐらいの小さな扉を抜けた先には、巨大な魔物が何体も入れるような空間が広がっていた。

 部屋の中は、更に別の小さな部屋に繋がっており、そのどれもに扉が取り付けられている。それはまさに住居と呼べるものだった。だが、それよりも先に気になったものがある。


「おっき~い」


 リーベルがそう言うように、目の前には巨大な赤い宝石のようなものが置かれていた。他の何よりも、部屋の入った瞬間、目に入ってきたものはそれだった。


「おや‥‥」

「これ‥‥」

「魔石だね」

「魔石だ」


 わたしとシリウスが同じことを思って、同時にそう言う。

 そう、その巨大な赤い宝石のようなもの、こんな曖昧な言い方をしたのは、それがただの宝石ではなく、魔石だったからだ。

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