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65話:未開のダンジョン

 少し空気の悪い、いやわたしが勝手に重くしていただけだが、シリウスの何気ない機転が利いて、いつも通りの風景が帰ってくる。

 そう、これはちょっとした喧嘩だったのだ。謝罪が必要なタイプの喧嘩ではなく、時間が解決してくれるタイプの喧嘩だ。だから、問題ない。


 わたしたちは何でもない話をしながら進んでいく。今更どうして転移魔法を使わないのかと思ったが、シリウスは単にこの何でもない話をする為に転移魔法を使わなかったのだと気付いた。

 そう気付いた時、シリウスはわたしの顔を見て、そのことがリーベルにバレないように「しー」とは口には出していないが、人差し指を口に当てて、黙ってるんだよ? と静かに示唆した。


 そうして、わたしたちは”未開のダンジョン”に着いた。


 ダンジョンの探索権は、冒険者になるか一部の特殊な身分を持っているか、とにかく何かしらの理由が必要だ。

 だが、わたしたちは幸いギルドナイトになっていた。つまり、これを見せれば一発でダンジョンに入る権利を得られる。


 わたしたちはダンジョンの門番係に話し掛け、天翼の紋章を見せる。すると、本来ダンジョン税という名のかつあげをされるが、ギルドナイトという身分を持ってすればそんなことはおろか、とても好待遇を受けた。


 わたしたちはダンジョンの中に入り、シリウスの電球魔法の明かりを頼りに進んでいく。


「さて、ようやく着いたね」

「とりあえず、オークロードが出たっていう中階層まで行くか」

「そうだね。じゃあ早速転移魔法で‥‥と、言いたいところだけど、せっかくだし戦闘訓練でもしておこうか」


 戦闘訓練? どうして今更そんなことをするのか理解できない。わたしとシリウスは最高位冒険者。わたしは元だが、そのぐらいの実力がある。ギルドナイトに認められたのだから、かなり強い部類だ。

 だから、本来一人だけでも問題ない状況なのに、何を訓練するのか‥‥‥


「今回はリーベルちゃんがいるからね。それに、せっかく複数人でダンジョン探索をするんだから、この機にパーティの戦い方、というものを知っておいてもいいんじゃないかい?」


 シリウスの言い分に溜息が出る。

 まぁ、リーベルの為にも戦闘訓練をしておいた方はいいかと、とりあえず納得することにした。


「戦闘訓練‥‥でも、私戦闘力0だよ」


 自信なさげにそう言うリーベルに、シリウスが元気づける為の魔法の言葉を掛ける。


「パーティにはね、役割があるんだよ」

「役割?」

「そう。例えばケガレちゃんは近距離特化攻撃型魔法使いだ。対してボクは中・遠距離特化攻撃型魔法使い。じゃあ、リーベルちゃんの場合はどうなると思う?」

「‥‥マスコット」


 リーベルの冗談を笑うシリウスだったが、それが冗談ではなかったことに気付いて、すぐにその笑いは苦笑に変わった。


「私、何にもできないもん。これまでもミリアに守られてばかりだし‥‥」


 以前なら、そんなことない、って言えたかもしれないが、何故だか今はそう言えない。何だか、そう言ってしまうのはリーベルを否定することのように思えた。


「‥‥はぁ、リーベルちゃんは回復特化支援型魔法使いだよ」

「回復?」

「そうだろう? リーベルちゃんの回復魔法は一見地味に思えるかもしれないけど、その効果は絶大だ。そもそも光属性の魔力自体に癒しの特性があるからね。加えてリーベルちゃんは魔力量がそれはもう化物みたいに多いから、触れるだけでもある程度効果がある」


 確かに、リーベルに触れられただけで傷が癒えたりしたことがあった。今思えば、あれはかなり異常だ。

 わたしはパーティを組まなかった。だから回復役を連れたことがないせいで比較対象がいないが、普通に考えてリーベルみたいなことはありえないのか。


「でも‥‥回復だけしてても意味ないよ。そもそも二人共あんまりダメージ受けないし。それにシリウスも回復魔法使えるんでしょ」


 少し拗ねてそう言うリーベルにシリウスは頭を抱える。少し珍しい景色に、わたしは何も言わずその光景を眺めることにした。


「ま、まぁ確かに回復しかできない魔法使いはあれかもしれないけど‥‥‥」

「ほら」

「なら、今から新たな魔法を覚えてみるっていうのはどうだい?」

「でも、それは難しいんじゃないの?」

「そうだね。でも、ケガレちゃんを見てみるんだ」

「ミリアを?」

「ケガレちゃんは何でもない時に新たな魔法を編み出しているだろう? 魔王の残滓の力があるとはいえ、それだけじゃ魔法にはならない。じゃあどうしてそれができるのか? それは”イメージ”だよ」

「イメージ?」

「そう、イメージ。ケガレちゃんは天才肌だからね。複雑なイメージを簡単に頭の中に落とし込めるけど、逆に言えば何か小難しいことをしているわけじゃないということになる」


 どうして突然褒められたのかは分からないが、少し気分がいい。

 そう思うと、今のこのダンジョンと同じぐらい暗かった心に少し明かりが灯った。だが、シリウスがわたしを褒めるなんてありえないと思うと、ただおだてられただけな気もしてくる。こんなことを思うわたしは少しひねくれている。


「実は、ボクのような魔法使いが学術院に入るのは、そのイメージを膨らませる為だ。例えば、火が燃える原理、これは一定温度を超えた可燃性物質が酸素と反応するから起きている現象だけど‥‥それを知らずに、ただ燃えている、だけじゃそんなイメージはできないだろう?」

「うん‥‥うん?」


 リーベルはうんと頷いた。

 行動心理に基づいて右上を見て頭の中でイメージを膨らまそうとしているが、理解はしていなさそうだ。


「ただね、ここで一つ」

「何?」

「ぶっちゃけ言うと、リーベルちゃんの光魔法はこれに属さないんだよ」

「どういうこと?」

「つまり、明確な原理が分からないから、イメージを膨らますと言ってもどうすればいいのか分からないんだ」

「ダメじゃん」

「そうだね、どうしようか?」


 ダメなのか。


「”光”と言っても、それは光じゃない。リーベルちゃんが扱う”光”というのは、ケガレちゃんの扱う”影”が地面に映るこの影ではないように、かなり漠然としたものなんだ。言ってしまえば、ただの概念だね」

「じゃあ、やっぱり私は新たな魔法なんて覚えられないんだ‥‥‥」

「まぁ、だからこそここにいい先生がいるだろう?」


 シリウスはそう言うと、わたしの方を見る。それが、わたしにどういうイメージで闇魔法を使っているのかを教えろという意味だと気付くと、突然話を振られると思っていなかったわたしは少し回答に困る。

 ただ、こういう時に考えてしまうと、余計回答が浮かばなくなってしまうと思って、咄嗟に答えることにした。


「魔王」

「魔王?」

「そう、魔王。わたしはこの闇魔法、もとい影をそういうイメージで使っている。そもそも魔王が使っていた魔法なんだし、じゃあ魔王をイメージしながら使う、そんな感じ。もしかしたらリーベルも、光という言葉が似合うような実在する何かをイメージしたら、自然と見えてくるんじゃないか?」


 何となく、その上でその場しのぎでしかないような回答を言ったつもりだった。


(いい回答だね)


 しかし、突然シリウスがイヤホン機能で話しかけてきて、そうなのか? と自分を疑ってしまう。


「まぁ、兎に角今すぐにってのは無理だろうから、今ケガレちゃんが与えてくれたヒントを頭の隅に置いておいて、ダンジョンを進むことにしよう」


 ダンジョンを進んでいく。

 まだ低階層だから、未だ魔物には出会えていない。だから戦闘訓練もできないが、先ほどからリーベルは「光‥‥光‥‥」そう何度も呟きながら、頭の中でイメージを膨らませている。


 中階層に入ろうとした時、魔物が現れる。相手はハイウルフの群れだ。すばしっこい相手だが、別に強くはない。


「出た。とは言っても、するんだろ? 戦闘訓練」

「そうだね。リーベルちゃん、どうだい? できそうかい?」


 シリウスがそう聞くと、リーベルは依然として頭の中でイメージを膨らませている。


 次の瞬間、群れのリーダーらしきハイウルフが遠吠えをして、一気に襲い掛かってくる。


「リーベル」

「う~ん‥‥」

「リーベル!」


 何度呼び掛けても、リーベルは頭を抱えている。


「シリウス」

「そうだね。まぁ、仕方ないね」


 わたしは地面を強く蹴る。すると、地面からいくつもの触手が生えてきて、ハイウルフを一匹残らず空中に縛り上げた。


「リーベル」

「わ! ご、ごめん‥‥」

「いや、別にそれは構わないが。それよりも、こいつら捕まえたが、どうする? 何か試すか?」

「え?」


 試す。そのままの意味だ。

 ここに来るまで長いこと考えていたのだから、何か一つぐらいはイメージできただろう。動いている相手に初めてのリーベルが魔法を当てるのは難しいだろうし、こうやって縛ってしまえば問題ないということだ。


 その意図を理解したのか、リーベルは手を前に構えて魔法を打つ準備をする。

 しかし、すぐにリーベルは構える手を下ろした。


「何してるんだ? まだイメージが固まらないのか?」

「ううん」


 リーベルは首を横に振ってそう言う。そんなリーベルにわたしは首を傾げた。


「じゃあ、どうして魔法を使わないんだ?」

「‥‥その、もし私が魔法を使ったら、このハイウルフは死ぬんだよね」

「え? まぁ、その威力があるのなら、そうなるだろ」

「多分、殺せる威力だと思う」

「?」

「でも、そう思うと‥‥何だかできない。私とこのハイウルフって、同じ魔物だよね。じゃあ、同族殺しになっちゃうよ」


 その甘すぎる考えに「はぁ‥‥」と少し怒りのこもった溜息が出る。


「リーベル、一つ教えておく」

「?」

「そんな考えでいたら‥‥死ぬぞ」


 拳を強く握る。

 それと同時にハイウルフを縛っていた触手も強く握られる。


 グシャ!


 そんな肉が潰れる音がして、トマトを握り潰したかのように、触手に血がべっとりとついた。


「ミリア‥‥そ、その‥‥ごめんなさい」


 何故か謝罪をするリーベルに、むしろ怒りを助長される。


 だから連れてきたくなかった。


 そんな言葉が口から漏れそうになったが、理性を働かせて喉の奥に押し込む。


 別に、リーベルが間違っていると言いたいわけじゃない。

 エルフとハイウルフが同じ魔物だから同族、というのは少し飛躍し過ぎていると思うが、それでも”殺す”という行為に疑問を持つことは大事だ。むしろ、それに疑問を持っていないわたしの方がおかしい。


 だが、そんなことでは死活問題だ。

 それは文字通りの意味を持っている。


 更に奥の階層に進んでいけば、そろそろ知ることになる。




 ほら、見つけた。


「こ、これって‥‥‥」

「死体。人間の」


 見せたくなかった。これまでもできる限り、リーベルが”死”に触れないようにしてきたつもりだ。その方が、きっといい。


「これがリーベルちゃんはダメだと言った理由かい?」

「言わなくてもどうせ分かるだろ」


 少し機嫌の悪いわたしは、冷たくそう言った。


「まぁ、理解できなくはないよ。ただ、今はそんなことを言っている暇はないね」

「あぁ」

「結構早く出てきたね。‥‥オークロード」

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