64話:ちょっとした喧嘩
「ねぇ、どうして私は行っちゃダメなの~!」
どうしても行きたい行きたいと連呼するリーベルに対して、ダメダメと言葉を遮断する。
そうしている内にリーベルの機嫌は悪くなっていき、その顔は飛んでいきそうな程膨らんでいる。
「まぁまぁ」
少し喧嘩のようになっているわたしとリーベルを、隣で見ていたシリウスが喧嘩を収める為に間に入って両者の肩に手を置いた。
「リーベルはダメ!」
「なんで!」
「それは‥‥‥」
どうしても下がらないリーベルにとりあえずダメと言う。理由を問われるが、その理由を言うとまた機嫌をそこねてしまいそうで言おうとするわたしの口を閉ざしてしまう。
「もう! ミリアなんて大嫌い!」
その時、その言葉がリーベルの口から発せられる。
その言葉がわたしの耳に届いた瞬間、ねばりつくように耳奥で留まって何度も何度も響く。
大嫌いという言葉は頭の中で共鳴して、言ってもいないような言葉にすら聞き取れてしまう。一緒にいたくない、邪魔、消えてほしい、間違いなくそんなことまでは言っていないのに、何故かそう聞き取れてしまうのだ。
リーベルはそんな子じゃない。
知ってるのに、酷く心臓が鼓動してしまう。心臓が跳ねる度に耳が熱くなって、失敗したと気付いてしまう。
その時、肩に手が触れる。
「ミリア?」
顔を上げると、先ほどとは違って心配そうな顔のリーベルがわたしを見ていた。
「その、う、嘘だからね?」
「え‥‥?」
「だ、だからさっき言ったこと、嘘だから。本当じゃないから。その、ちょっとムカッとしちゃって、思ってもないのに言っちゃっただけというか、勝手に口がそう言っただけで‥‥‥」
「‥‥‥知ってるわよ」
「でも‥‥ミリアがすごく悲しそうな顔するから‥‥‥」
そう言われて気付いた。
真顔でいたつもりが、わたしの顔は酷くこわばっていて、その心の恐怖がそのまま表情に出ているようだった。そんなことに気付かない程、わたしはどうかしていた。
パチンッ!
その時、隣から手を叩く音がした。
その氷のように静止した状況を溶かすようにシリウスが軽く手を叩いた。
「じゃあ、今回は三人で行こう」
「え?」
「だから、ケガレちゃんとリーベルちゃん。それにボクを加えて三人で行こうって言ってるんだよ」
「で、でも‥‥‥」
「ほら、いいから。今日は寝るよ」
シリウスにそう言われて、無理やり布団の中に押し込められる。そのまま電気を消されてしまった。
夜、お風呂に入りたいと思っていたが、明日の朝に入ることにする。そんな少し違う日には、いつもと同じようにリーベルと同じ布団の中で寝ているが、いつもと違ってお互いに背を向けたまま寝た。いや、わたしがそうした。
次の日、昨日はそれほど準備が出来なかったから、朝に色々と準備をしてから昼に家を出た。
シリウスの家からダンジョンまでは少し距離がある。だからその移動時間はたっぷりとあって、いつもならリーベルの中身の無い話を聞くのがわたしの仕事だが、今日は何も話してこない。
その時、シリウスが「あ~」と言って、無理やり話を切り出す。
「そういえば、ボクの過去について気になってるんじゃないかい?」
「え?」
「ほら、ちょっとだけ聞いたんだろう? ボクの昔のこと」
そう言われて、頭の中にあったシリウスに関することを思い返す。
”魔法学会の異端児”
その言葉が出てきた。
「わ、私気になる!」
「そうだろう。じゃあ、せっかくだし話してあげよう。謎に包まれたミステリアスな女性の過去を‥‥‥」
自分で自分のことをミステリアスというのはよく分からないが、わたしと会ってから二年の間一切自分の過去について明かさなかったシリウスが突然そんなことを話し始めるのだから、シリウスも少しおかしいのだと思った。
* * *
あれは、そう‥‥ケガレちゃんと出会う十年前、つまり今から十二年前のことだ。
当時、ボクは魔法学会の賢者として日々魔法の研究に明け暮れていた。
「ちょっと待て」
と、その時早速ケガレちゃんが話を止めて来る。
「十二年前って‥‥お前、今何歳だ?」
おや、レディに年齢を聞くなんてケガレちゃんは失礼だね。
「何歳に見えるかい?」
そう聞いてみると「25」「24」と二つの返事が帰って来る。
「う~ん、リーベルちゃんはいい子だね~。それに比べてケガレちゃんってば。24と25じゃ、二十代前半と後半というとてつもない壁があるんだよ」
「そ。で、結局何歳なんだ?」
「まぁ、それでボクは賢者だったわけだけど‥‥‥」
「おい」
話を続ける。失礼なケガレちゃんは置いて。
賢者というのは、本来多くの仮定を得て名乗れるものだ。もちろん、その道のりはそう簡単なものではなく、名門である王都の魔法学術院ですら、十人に一人ぐらいしかなれない。そして、大抵の賢者を目指す魔法使いは、学術院などを卒業してからその賢者になる為の試験に挑むわけだけど‥‥‥ボクは違う。
ボクは学術院生でありながら、賢者になった。つまり、学校の授業をこなしながら賢者の試験を突破した、というわけさ。もちろんそんなことは前例がなく、世界のどこ、いつ、だれ、を見てもそれはボクだけだった。
その上で、賢者の試験を歴代最高成績で突破した。もう、それは無双という言葉でしか表現できないような偉業なのさ。
とは言っても、どうしてわざわざそんなことをしたのか気になるだろう?
だって、面倒くさいからね。誰だって忙しいのは嫌いだ。もちろん、ボクもそこまで好きじゃない。だけど、それが最も効率的だったんだよ。
「効率的? 何かしたかったのか?」
「そうだよ。魔法学会に入れば、自由に研究施設が使えるからね。ボクがいち早く学会に入りたかったのはその為だ」
「何を研究‥‥いや、何となく分かった」
ケガレちゃんは勝手に自分で理解する。
まぁ、思考を読む感じ大方合ってはいるけどね。
「そう、魔王の研究をしたかったんだよ」
魔王の研究をしたかった理由は‥‥まぁ、今更説明する必要は無いね。
とは言っても、魔王は学会の中でも禁句指定される程の存在だった。どうしてかと言うと、歴史上で最もやばいやつ、つまりは悪魔を研究することが禁じられているのと全く同じ理由だ。だけど、魔王は悪魔よりももっと危険視されていた。
もし、そんな魔王の力を研究して、万が一でも世界にとんでもない影響を与えてしまったら、それこそ大問題だからね。
でも、ボクは研究した。表向きには、”魔法科学”という魔法と科学を融合した学問を研究している振りをして、まぁ実際にしていたんだけど‥‥その上で魔王の研究をしていた。もちろん、誰にもバレないように。
だけど、別の問題が出てきた。
「まさか、バレたのか‥‥?」
「いや、違うよ」
簡単に言えば、ボクは嫌われていた。
詳しく言うと、古株の賢者、まぁジジイ共に凄く嫌われていた。
何故嫌われていたかというと、ボクが科学を研究していたからだ。
賢者、特に古株のやつらは科学が嫌いだ。何故なら、魔法は古くから宗教的な理由でも崇拝されていたからね。
言ってしまえば、魔法という神を崇拝していたのに、突然科学という神を崇拝する者が現れて、「ほら! ボクの神の方がが凄いだろう!」って、言われた気分なんだろうね。
「あはは。確かにそれは嫌だね」
その上、そんな奴が自分たちよりも才能があるときた。それはもう、嫌で嫌で仕方ないだろうね。
それが許せなかったのか、ボクは次第に嫌がらせされるようになっていった。
例えば、研究費が勝手に減っていたり。
例えば、研究材料が勝手に使われたり。
例えば、例えば、例えば‥‥と挙げたらきりがないね。
そんな時、その嫌がらせは学生生活にも支障が出てきた。ある日、授業のテストを受けようと指定の教室に行ったら‥‥あ、流石に嘘の教室を教えられたとかではないよ。
テストは普通に受けられたんだけど‥‥何というか、かなり理不尽な問題ばかりだった。どう考えても、学術院の学生にやらせるようなテスト内容ではなかったんだ。まぁ、テスト用紙を受け取る時、明らかにボクのだけ違う物を渡されたから、あ、これわざとだって気付いたんだけどね。
だから満点を取ってあげた。
その授業の単位は貰えたけど、その授業以外のテストも明らかに仕組まれたものばかりだったから、いい加減どこかにチクってやろうかなと思ったけど、ぶっちゃけ頭の固いジジイ共が考えたようなテストじゃあ、ボクは止められない。
ジジイ共にとっては残念だったのかもしれないけど、ボクは主席で卒業した。
「なぁ‥‥」
「なんだい?」
「さっきから自慢してるだけじゃないか?」
「そんなことないよ~。ボクの悲しい過去じゃないか‥‥あぁ、いじめられるなんて、ボクかわいそう」
とまぁ、そんな感じがボクの過去だ。
何ならそのまま魔法科学の学問を切り開いてやった。そしたら案の定、ボクが魔法学会を抜けた後に学術院に新しく魔法科学科が設立されてたから、ボクの企みは成功したというわけだね。
もちろん、魔法学会を抜けたのは、あまりにも非効率的だと感じたから。流石にジジイ共の嫌がらせを受けながら、まともに研究できるわけがなかったからね。
そうしてボクは王都を出て、今の家に引っ越した。学会にいた時のような素晴らしい環境! とは言えなくても、まぁそこそこいい環境も手に入れた。
研究資金は自腹で払うことにして、その為にも冒険者になった。とは言っても、一部の魔法使いはボクが賢者だったことを知っていたのか、いつのまにやら”魔法学会の異端児”なんてよく分からない異名まで与えられたけどね。
「つまりはさ、ボクも追放されたんだよ」
「は?」
「自分から抜けはしたけど、あのまま居座ってたら、いつかはジジイ共に追放されてただろうしね」
「はぁ‥‥何が言いたいんだ」
「つまり、ボクたちは追放コンビってことさ」
「私! 私は!」
「そうだね~、リーベルちゃんもエルフの里からほぼ追放されているようなものだし。これはもう”追放トリオ”だね」
「何だ、ほぼって」
その時、ケガレちゃんとリーベルちゃんがやっとクスッと笑った。
そうそう、これが望んでいたものだよ。喧嘩なんて、しない方がいいからね。




