63話:やべーやつ
ギルドボス、ミカからの情報。それは、”未開のダンジョン”に関する情報だった。
この”未開のダンジョン”というのは、今や懐かしさすら感じるが、わたしが前にずーっと通っていたあのダンジョンのことだ。
そもそもダンジョンとは何なのか?
定義としては魔物が多く棲みつく洞窟や遺跡などのこと。つまり、仮におんぼろ屋敷に魔物が大量に棲みついたら、それはダンジョンということになる。
その為、ダンジョンと言っても、細かく言えばかなりの種類がある。
集団行動をする魔物が洞窟に自分たちの住処を作ったパターン。古い遺跡が偶々その魔物の生活環境に適していて、棲みついてしまったパターンなどだ。
だから、ダンジョンというものは、宝箱が隠されていたり、ダンジョンボスが待ち構えていたり、そんな初心者冒険者が思い描くような夢に溢れた場所ではない。
ただ、わたしが通っていたあのダンジョンは少し特殊なのだ。
いわゆる洞窟タイプのダンジョンではあるが、それにしてはやけに多様性がある。普通の洞窟タイプのダンジョンは一種類の魔物が住処にしているものだから、当然ダンジョンに出現するのは一種類の魔物だ。加えて、狭い。
だが、わたしが通っていたダンジョン、通称”未開のダンジョン”は、ありえない広さを持っている上、少なくとも百を超える種類の魔物が棲みついている。つまり、洞窟であるにも関わらず生態系が形成されているのだ。
実際、肉食の魔物が草食の魔物を食べる、いわゆる食物連鎖が存在していることも確認されている上に、そもそも洞窟には棲まないような魔物すら確認されている。
そんな未開のダンジョン、確かに怪しいとは思っていたが、こんなところで話が出てくるとは思ってもいなかった。
「さぁて、どうするかい?」
わたしたちはミカたちから一通り情報を得た後、家に戻って作戦を立てていた。
「やべーやつがいる。この発言だけでは何が現れたのかは分からないが、一つの可能性としては残しておく価値がある」
やべーやつ。本当にたったこれだけのことしか分からなかったが、仕方ない。何せ、”未開のダンジョン”の最奥到達者はどうやら、”わたし”、らしいからな。
と、少し自慢げに言ってはみたものの、わたしは一度もそのやべーやつを見たことは無いから、あくまで冒険者としては最奥到達者という意味かもしれない‥‥‥
「いや、それはないよ」
「え?」
「ケガレちゃんは確かに未開のダンジョン最奥到達者だ。だからあのローズという受付嬢、ケガレちゃんがどうにか冒険者を辞めないにように少し”悪いこと”しようとしていたからね」
「悪いこと?」
「そう。ケガレちゃんの冒険者名簿を偽造して辞めていないことにする、とかね。まぁ、ケガレちゃんがギルドナイトになると分かったから、そんなことはしていないと思うけど」
ローズ。ミカの方も色々とやばそうだが、本当にやばいのはローズの方なのか。
「ねぇ、さっきから何の話してるの?」
シリウスがわたしの思考から話を始めたせいで、何も分からないリーベルがそう問い掛けてきた。
「そうだね、まぁそれほど重要な話ではないよ。どちらかというと、これから話すことの方が大事だ」
続け様にシリウスは話を変えるように少し咳払いをする。
「これからボクたちがすることは、ダンジョン探索だ」
「結局行くのか?」
「そうだね。幸い分かったことがかなりあったからね」
「やべーやつだけじゃ、何も分からないだろ」
「言葉だけじゃね。でも、知っているだろう? ボクは、”思考が読める”。だろう?」
シリウスがわざわざ既知のことを念を押すように教えてきたのは、ミカやローズの思考から何か情報を手に入れたということだ。
「そう、だからこそ色々と分かったことがある。ミカの方は少し思考を隠していたけど、ローズの方はかなり思考回数が多かったから、色々と知れたよ」
そう言って、シリウスは指を軽快に鳴らす。すると、シリウスの机の引き出しから何枚かの紙がぴらぴらとなびく音を立てながら飛んできて、今わたしたちが囲んでいる机の方に綺麗に並べられていった。
わたしとリーベルはその飛んできた紙を覗き込むが、そこには何も書かれていない。
次の瞬間、シリウスは再びパチンッと指を鳴らす。すると、今度は紙に様々なものが浮かび上がってくる。
「これは?」
「そうだね。記憶資料、とでも言ったところかな?」
わたしがその紙を指差しながら聞くと、シリウスはそう答えた。
「記憶資料‥‥ということは‥‥」
「そう。ローズの記憶をそのまま復元したものだ」
その言葉通り、紙には様々な光景が写真のように写っている。つまり、ローズ自体を写真機のようにして、その記憶を断片的に写真として残したようなものだ。だから、今回写っている光景はどれもローズ視点になっている。
「どうやらローズがギルドナイトとして調査を行っていたみたいだね。ボクが思考を読めることを知らないから、お陰でこんなに情報が集まったよ」
シリウスはこの為に来ていたのか‥‥‥
こう見ると、確かにミカやローズは多くの情報を伏せていたんだな。
その時‥‥‥
バンッ!
隣にいたリーベルが強く机を叩いた。
「リーベル‥‥?」
「たった今から調査員会議を始める!」
な、何を言っているんだ?
「イェッサー!」
リーベルが始めた”調査員ごっこ”にシリウスが乗る。
「まず、シリウス調査員。時系列順に情報を並べるんだ!」
「サー!」
シリウスはそうとだけ答えて、情報を時系列順に並べた後、起きたことを話し始める。
「まず、ローズはギルドナイトとして、ダンジョン探索に向かったであります」
「お前、そんな喋り方だったか?」
シリウスはわたしの疑問を無視して、話を続ける。
「そして、本来高階層にしかいないはずの高危険度魔物が中階層に現れたということが分かったであります」
「ふむ。具体的には何が現れたんだ!」
「オークロードであります。サー!」
オークロード?
オークロードというのは、オークという種族のいわば王のような存在だ。と言っても、オーク自体にそういった階級制度があるわけじゃない。
オークの中でも、高い知能と筋力を持ち合わせているハイオークと呼ばれる上位種が存在する。そして、更に高い知能と筋力を持ち合わせた変異種が生まれることがある。それこそがオークロードだ。
とは言っても、元となっているオークはただのでかい豚だ。正直強くはない。それにわたしはハイオークとまでは戦ったことがあるが、別に強い相手ではなかった。
オークロードに関しても、ロードという名を持っているとはいえ、それほど強い相手、それこそギルドナイトが負けるような相手ではないだろう。
だが、問題はそこじゃない。
問題はオークロードが中階層に現れたということだ。ローズの記憶資料からも、オークロードの姿が確認できる。
確かにかなり体のサイズが大きいな。見た目だけでも、中階層に棲みついている他の魔物からすれば、こいつはかなり異質な存在だ。
「オークロード‥‥だと!? くっ、これはかなり厳しい調査になりそうだ」
いや、リーベルは会ったことないだろ。
「それで、このオークロードが今回のやべーやつか!」
「いえ、違うであります。サー!」
違うのか? いや、それもそうか。勝てる相手に対してやべーやつ認定はしないか。
「な、んだと!? 更にやべーのがいるのか‥‥?」
さっきからこの迫真の演技のリーベルは何なんだ?
「サー! こちらであります!」
そう言って、シリウスは一枚の記憶資料を目立つように前に出した。
そこには黒いフードを被った人間? が写っていた。
「これは‥‥何だ!」
「未確認魔物であります。サー!」
「何だそのかっこいい響きは!」
いや、そこはどうでもいいだろ。
そんなことより、未確認魔物? 新種の魔物が出たのか?
「ローズはこの未確認魔物、通称<魔人>を発見した時、恐怖を覚え、調査を撤退したであります。サー!」
「なるほど‥‥これは、何て危険なんだ‥‥!」
ローズ。彼女がギルドナイトであるということは、その時点で最高位冒険者の中でも上位の強さということだ。そんな彼女が撤退を余儀なくされる程の相手ということは、確かにやべーやつと認定されるのも納得できる。
「‥‥よし。これぐらいでいいかい?」
「うん! 楽しかった!」
「ならよかったよ。流石にこの喋り方は疲れるからね。でも、お陰で結構分かりやすく説明できたんじゃないかな?」
確かに、リーベルの”調査員ごっこ”のお陰で時系列が分かりやすくなった、気がする。いや、気がするだけだ。
「とりあえず、今回はこの未確認魔物、通称<魔人>を探しに行くのが、ボクたちのやるべきことだ」
「さっきから気になってたんだが‥‥どうして<魔人>なんだ?」
「あぁ、それはね‥‥‥」
シリウスはもったいぶるように少し溜める。
シリウスのニヤついた顔がわたしとリーベルに妙な緊張感を与え、次に発せられる言葉に集中させられる。
「四魔将だから、だよ」
‥‥は?
ま、まさかこういう感じで本当に重要なことなんてあったのか? 大体こういう時は、無駄に溜めた割には、大したことじゃない、っていうのが流れなんじゃないのか?
「とは言っても、あくまで憶測でしかないけどね」
「じゃあ、どうしてわざわざ四魔将なんて言ったんだ?」
「それは、ギルドボスがそう判断していたからだよ。あちらもまだ確信は持てていないんだろうけど、ギルドボスはこいつを四魔将の一人、<魔人>だと考えている」
なるほど。ミカの思考からそう読み取れたのか。
‥‥待てよ。ということは、やっぱりミカやローズのようなギルドナイトは四魔将に関する知識を持っているのか。もちろんいたことは知っていただろうが、この未確認魔物に対して四魔将の可能性を考えるということは、四魔将がまだ生きていることを知っているということになる。
「あちらはまだまだ情報を隠し持っているようだね。そもそも、今回ボクたちにこの情報を掴ませたのは、ボクたちにこいつの調査をさせる為みたいだしね」
何だか色々と上手く使われている気がする。
「まぁ、でもその方がこちらにとっても好都合だ。元より、あのダンジョンには何か隠されていそうだったから、今回がタイミングとしても丁度いいかもね」
「それもそうだな。じゃあ、今日は準備の為に休むとして、明日誰が行くかを決めるか」
「そうだね」
まぁ、わたしは仮に魔王の残滓があった時にいた方がいいから、今回も行くとして‥‥‥
「はい!」
その時、リーベルが元気よく声を上げて、それと一緒に手を上げた。
「‥‥‥リーベルは、ダメ」
「え?」
 




