59話:ギルドナイト
シリウスは魔王の残滓をわたしに渡した後、また転移魔法で家に帰ってしまった。
一緒に授与式に参加するか? と誘ってみたが、そもそも今回色々と行動していたのはシリウスではなく、シリウスの振りをしていたディアベルだから、王やその他の関係者に会うのは面倒くさいとのことだった。
それに、今回の魔王の残滓。ディアベルによれば”死者を蘇らせる”ような力があるらしい。
つまり、この力を使えば魔王の復活も近いということだ。とはいえ、まだ生命の影に関して調査が進んでいない上、仮に調査が終わったとしても、魔王に関してはまだ分からないことも多い以上、すぐに復活させることはリスクが大きすぎる。
恐らく、シリウスはこれらのことからいち早く調査がしたいのだろう。
翌日、わたしとリーベルは授与式に向かう為に王城に訪れていた。
ちなみに、これで二度目だ。ここまでくると、勲章を授与することが王の趣味なのかもしれない。
今回の授与式は招集命令に応じた冒険者たちを称える‥‥と言っても、他の大して活躍してもいない最高位冒険者たちと一緒に行われるものだから、あんまり重要ではないだろう。多分、貰える勲章も「頑張ったね」ぐらいの意味しかないと思う。
せっかく王城に来たのだから、アリシアとフェシアさんに挨拶しておこう。
聖女の部屋の前に立ち、扉を開けようとする。いや、流石にノックはした方がいいだろう。
コンッコンッと軽い音でノックをする。
すると、部屋の中からドサドサ! とノック音とは対照的に大きな音が聞こえてきて、すぐ後に「は、はい! 今出ます!」と妙に張り上げた声が聞こえてきた。
その声は恐らくフェシアさんのものだ。何故なら、ここは聖女の部屋で、彼女が聖女だから。
次の瞬間、ガチャン! と勢いよく扉が開かれる。
その勢いはまるでフェシアさんの心の焦りを表しているようで、実際に扉から出てきたフェシアさんは、少しボサボサの髪に、その場しのぎにとりあえず上から一枚ローブを羽織っただけのパジャマ姿というあわただしさを全身で表現したようなファッションだった。
「ど、どちら様でしょうか?」
「え、えっと‥‥フェシアさん?」
「あ、ミリアさんでしたか‥‥その、すぐに準備をしますので」
どうしてこんなに焦ってるのだろう?
少し朝早すぎたとか? いや、今は十時だ。怠け者ならまだしも、フェシアさんだったら問題ないと思ったが‥‥人は見かけによらないのかもしれない。
その時、部屋の中から「フェシア~」という甘い声が微かに聞こえてきた。その声は間違いなくアリシアのもので、そもそもフェシアさんをそんな風に呼ぶのは彼女しかいない。
その声がした瞬間、今度は勢いよく扉が閉められた。
「わぁ。フェシアみたいなきっちりとした人でも、朝が苦手なんだね」
‥‥‥
‥‥‥
‥‥‥
「どうしたの? ミリア」
「何でもない」
暫く待った後、部屋の中からフェシアさんとアリシアが出てきた。
「待たせてすみません」
「いや、別に‥‥‥」
「では、参りましょうか」
挨拶をしに来ただけつもりが、何故かフェシアさんと、おまけにアリシアも付いてくることになった。
どうやら、アリシアとフェシアさんは元より今回の授与式にも参加する予定だったらしい。授与される側としてではなく、アリシアは王女として、フェシアさんは聖女として勲章を授与する係を担っているようだ。
「ミリアさん」
「はい」
「その‥‥先ほどから緊張されているようですが、今回のは前回と違ってそこまで気を張る必要は無いと思いますよ」
「はい」
わたしは「はい」と言うだけの機械のようになってしまった。
もういい! 一端リセットだ。
パチンッ! とほっぺたを叩いた。
「何してるの?」
「気合を入れた」
「何で?」
無限に続きそうなリーベルに質問を無視して別の話を無理やり持ってくる。
「にしても、また勲章なんて‥‥流石にこれ以上はいらないな」
「まぁ、今回の勲章はそれ程意味はありませんので。最悪不必要だったら捨てて貰っても‥‥‥」
フェシアさんが聖女にあるまじきことを言っているような気もするが、フェシアさんですらこう言うのなら、本当に大した意味は無いのだろう。
「とは言っても、前に貰った勲章も既にただの飾りになりそうではあるが‥‥‥」
「飾り‥‥ですか?」
「え? 確かに天使の翼の装飾は綺麗だが‥‥こんなの貰ったところで結局着けなくなるのはあるあるだろ?」
「あ、もしかしてアミリアスちゃん、知らないの?」
突然アリシアが会話に割り込むようにして、わたしとフェシアさんの間をこじ開けるように入ってきた。
「知らないって、何が?」
「”ギルドナイト”」
ギルドナイト? 聞いたことのない単語だ。
「あぁ、その顔やっぱり知らないんだ」
人は誰かに教える時、優越感に浸るというが、アリシアの言い方がウザすぎて顔が強ばってしまう。
「で? な・に?」
で? の部分を強調してアリシアの優越感をひたすら我慢した。
「ギルドナイト。冒険者たちだけで構成された王都直属の精鋭部隊だよ。王から課せられた極秘任務を遂行する役目を担っていて、最高位冒険者の中でも、トップ層に入れるぐらいの実力がないとギルドナイトにはなれないんだよ」
「へー、かっこいいね!」
リーベルはギルドナイトという響きに心をくすぐられたのか、頭の中で極秘任務を遂行しているかっこいいギルドナイトの姿を想像しているようだった。
「で、そのギルドナイトが何だ?」
「だから、一昨日父上が渡した天使の翼の紋章が入った勲章が、そのギルドナイトの一員って意味なの」
‥‥は?
アリシアが言っていることは‥‥つまり、わたしたちは今、そのギルドナイトとかいうのになってるっていうことか?
「待った。そんなこと全然聞いてない」
「そういえば、父上は説明してなかったね」
「いや‥‥ダメだろ」
「そんなこと私に言われても。ギルドナイトを選ぶのは父上の権利だから、私の意思は関係ないよ」
クソッ、あの王め‥‥‥
「ねぇ、ミリア」
「何」
王の無責任な行動にイライラしていたわたしの声は少し刺々しい。
「もしかして、私‥‥ギルドナイトになっちゃったの!」
「そう」
「わぁ‥‥ついに私も特殊捜査員として世にはびこる悪から世界を守る運命になったんだね」
リーベルが何を言っているかは分からないが、何故だか拳を掲げて強く決心しているようだった。
ちなみに、その世にはこびる悪とかいうのは‥‥わたしたちのことなんだが‥‥‥
リーベルとは対照的にわたしがあまり気乗りしていない理由は幾つかある。
まず、わたしたちの計画、そう【魔王復活計画】はどう考えても王都からすれば不都合でしかない。熾天使の加護を受けていて、天界側の立場である王都からすれば、魔王を復活させることは大量虐殺と等しいぐらいの大罪だ。まぁぶっちゃけこっちはどうでもいい。内緒にしておけばいいだけの話だ。
だが、問題は‥‥そのギルドナイトが冒険者から選ばれるというものだ。つまり、わたしはまた冒険者として活動しなければならない可能性がある。それは嫌だ。どうしてわたしを追放した冒険者ギルドにまた戻らないといけないんだ。
後、普通にリーベルは冒険者じゃないし。
こうなったら‥‥‥
「ちなみに、わたしもう冒険者じゃないからな」
「‥‥え?」
わたしの突飛な発言に、フェシアさんの顔が固まった。
「ど、どういうことですか‥‥?」
フェシアさんが恐る恐る聞いてくる。
「わたし、追放されたんだ」
そんなフェシアさんに、わたしは衝撃の事実をおまけで付け加えるかのようにサラッと言った。
「つ、追放‥‥?」
「そう。わたしが所属してる冒険者ギルドのギルドマスターに、お前を追放する! もちろん全国のギルドからだ! 的なことを言われた」
細かく何て言われたかはもう覚えてないが、確かこんか感じだったのは間違いない。
わたしの発言が信じられなかったのか、フェシアさんは頭を抱えながら言葉になっていない声を出しながらその場にしゃがみ込んでしまった。
「大丈夫? フェシア」
頭を抱えるフェシアさんを心配するように、アリシアが座り込むフェシアさんの両肩に手を置いた。
「あーーーー全然大丈夫ではありません! ‥‥あぁ、とんでもないことをやらかしてくれましたねそのギルドマスターは」
普段は冷静沈着なフェシアさんですら、言葉が荒くなる程の大事だったようだ。正直、わたしの方は何とも思っていないんだが。
「まぁ、別にわたしは気にしてないから」
「そういう問題ではありません!」
わたしは荒れるフェシアさんを落ち着かせるつもりでそう言ったが、逆に怒らせてしまった。
「‥‥あ、すみません」
フェシアさんは声を荒げてしまったことに気付いて、咄嗟にわたしの目を見て謝った。
「いや、別に‥‥‥」
フェシアさんは深く溜息を吐くと同時に、その勢いのまま立ち上がった。
「‥‥はぁ。こんなことあの人になんと報告すれば‥‥‥」
「誰かに報告しないといけないのか?」
「ギルドボス。つまり、王都にある冒険者ギルド本部のギルドマスターです。追放‥‥つまり、何か犯罪や違反行為などをしてやむを得ず強制的に冒険者ギルドから除籍しなければならない場合、一度その追放する冒険者を管理しているギルドマスターがギルドボスに報告しなければなりません。王都の冒険者ギルドでは、全国のギルドの冒険者を管理していますから。ですが! 私が冒険者ギルド本部の資料を調べた時には、ミリアさんが追放されているなんて情報は無かった! つまり‥‥そのギルドマスターは全く報告していなかった‥‥?」
フェシアさんは自分だけで状況を理解すると、焦ったようにわたしの肩を鷲掴みにして小刻みに震えた瞳でわたしの目を覗き込んでくる。
「ミ、ミリアさん! なななな何か犯罪でもしたんですか‥‥?」
「え? いや、してないが。まぁ、証拠も無しに色々と犯罪者扱いはされた」
わたしがそう言った瞬間、フェシアさんは悩みという空気が頭に入り過ぎてボンッ! と破裂する風船のように、その場に倒れ込む。
「ご、誤認追放‥‥‥」
「フェシア!」
アリシアはよろけながら倒れるフェシアさんを支えると、何故かわたしに鋭い視線を向けた。
「アミリアスちゃん! あんまりフェシアを悩ませないで!」
どうしてわたしが怒られてるんだ‥‥?




