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58話:影の花

 一通り遊んだ後、わたしたちは一度宿に戻ることにした。もう夜も遅い上に、まだ最高位冒険者としての授与式が残っている。何回勲章を貰えばいいんだと思うが、貰える物は貰っておこう。


 そうして、わたしたちは宿に着いて部屋に戻った。


「やぁやぁ、お帰り。デートはどうだったかな?」


 部屋に入った瞬間、いつも<影収集機>越しで少しだけノイズかかっている声がクリアに聞こえてくる。


「シリウス?」

「シリウス!」


 わたしとリーベルの声が重なり、その名を呼んだ。

 シリウスは二つあるベッドの内、奥の方にあるベッドに足を組んで座りながら、主人公の登場とでも言わんばかりの表情でこちらを見ている。


「いやぁ、驚いてくれてボクも何だか主人公気分だね」


 呑気にそう言うシリウスに溜息をつかされる。


「はぁ‥‥どうやって部屋に入って来たのかとか、色々と気になるところもあるが、まぁいい」


 とりあえず、本来シリウスの持ち物であるギルドカードや三角帽子、そして一応ディアベルが貰った勲章も渡しておいた。


「わぁお。贈り物がいっぱいだね」

「‥‥で、わたしが何を聞きたいかはもう分かってるんだろ?」


 既にシリウスに聞きたいことは考えていた。ということは、シリウスはわたしの思考を通じて、その回答を考えているはずだ。

 わたしの予想通り、シリウスは色々と答え始めた。それを聞く為に、わたしとリーベルは手前の方にあるベッドにシリウスと向かい合うようにして座った。


「そうだね。じゃあ、まずはこれから‥‥‥」


 そう言って、シリウスは小さなバックからは想像できない程大きな物を取り出した。

 それは筒状の何かで、また変な魔道具を作ったのか、と少し呆れた。


「全然変な物じゃないよ。これは<影収集機ver.2>!!」

「おぉ!!!」


 リーベルは大袈裟に反応しながら、期待の眼差しをその何故かver.2になっていたものに向けた。


「‥‥と言いたいんだけど。別に<影収集機>とはまた用途も違うし、そもそも<影収集機>自体、どちらかと言うと、<影発見機>の方が正しいんだよね」


 凄くどうでもいい。


「まぁ、これは単に”影”を一時的に保管する為のものだよ」

「てことは、そこに入ってるのは‥‥‥」

「そう、”魔王の残滓”」


 わたしの予想通り、その中に入ってるのは魔王の残滓、恐らくはドルマンが所有していたものだろう。

 ‥‥待てよ? この筒の中に魔王の残滓があるのだとしたら、どうして<影収集機>が反応しないんだ?


「ケガレちゃんの疑問は最もだね。この‥‥まぁ、せっかくだし<影筒>とでも呼んでおこう。この<影筒>、実はケガレちゃんを参考にして作ったものなんだ」

「わたし‥‥?」

「そう。そもそもだけど、ケガレちゃんの中には大量の影‥‥ふふっ、この言い方だと悪口みたいだね」

「いいから、続けろ」

「ケガレちゃんの中には大量の影があるけど、<影収集機>はそれには反応しないんだ」


 確かに。そう言われて初めて気付いた。灯台下暗しというやつだ。


「ん? じゃあどうしてわたしに<影収集機>を渡したんだ? もし、わたしに反応し続けてたら使い物にならないだろ」

「でも、そうなってないでしょ?」


 そんな無責任な言い方‥‥‥


「いいかい、ケガレちゃん。失敗というものは、無ではない。失敗も何だか上手くいっていたら、もうそれは成功なんだよ。そうやって人類は進化してきたんだ」

「すごぉ~い。名言だね」

「ほらね」


 ほらね、じゃない。普通に失敗を言い訳してるだけだろ。

 まぁ、確かに何故か上手くいってるからいいか。


「まぁ、どうして<影収集機>がケガレちゃんに反応しないのかを調べていたら、その原因が分かったんだ」

「何?」

「ケガレちゃん自体が影の容器みたいになっていたんだ。つまりは、影を完全に外から分断していたんだね。魔法として影を使っても、あくまでそれはケガレちゃんの中に納まっているものだから、<影収集機>が反応しなかったんだ」

「なるほど」

「そして、そんなケガレちゃんを参考にして作ったのがこの<影筒>というわけさ。この中に入っている影は、外から完全に分断されているから<影収集機>が反応することはない、というからくりさ」


 久しぶりにシリウスの説明を全部聞いた気がする。

 まぁ、そんなことはどうでもよくて‥‥‥


「それで、魔王の残滓だけど‥‥‥」

「種類は分かったのか? 地獄の影か?」

「いや、違うね」


 やっぱりか‥‥‥


「偽りの魂を埋め込むとか、明らかに地獄の影という名からは逸脱した能力を持っていたし‥‥それもそうか。もしかして、ドルマンは二つの魔王の残滓を持っていたのか?」

「恐らくだけど、それも違うね」

「どういうことだ?」

「詳しく言えば、”協力者”がいた」


 協力者‥‥?


「あくまで推測の域をでないけど、ドルマンが持っていたのは死者の軍勢を作り出す為に偽りの魂を埋め込むことができる魔王の残滓。そして、地獄の影を持っていたのは協力者で、ドルマンが人間界にやって来るのを手助けしていた、ということさ」


 まさか、ドルマンに協力者がいたとは‥‥それは盲点だった。

 正直、支配欲という名前を持っている時点で協力者なんて作らないタイプかと思っていたが‥‥‥


「それで、その協力者は今どこで何してるんだ?」

「さぁ?」

「見たんじゃないのか? ドルマンを倒したのはお前だろ?」

「それはそうなんだけど‥‥‥その協力者、どうやらドルマンを見捨てたらしいんだよね」


 見捨てた‥‥‥

 はぁ、ここまでくるとあいつもあいつで不憫だな。ディアベルにボコされるは、シリウスにボコされるは、その上で協力者にすら見捨てられるはで‥‥‥


「まぁとにかく。この<影筒>で回収した魔王の残滓。あるていど研究は済んだから、ケガレちゃんにあげるね。どうせ<魔王の書>に移してまた研究するんだけど」


 そう言って、シリウスは<影筒>の中から魔王の残滓を取り出した。

 その魔王の残滓の姿は、相変わらず影らしく黒かったが、紛争の影のように宝石の姿はしていなかった。どちらかというと、フワフワとした雲のような姿で、それこそ”魂”という言葉が似合う姿だった。

 魂とは言っても実体はあり、しっかりと触れられそう‥‥というより、シリウスが触れていた。


 そういえば、以前この力によって生み出された水晶があったな。アーデウスが初めにドルマンの証拠として渡してくれたもの。あの時に感じた輝きは、この”魂”だった‥‥のか?

 にしても、本当にどうしてそれが見知らぬ女性悪魔に渡ってたんだ?


 ドルマンは妻に計画のことを話していた。

 そもそもドルマンは女性にだらしない部分がありそうだった。

 水晶を持っていたアーデウスの客は、身なりが良かったらしい。

 まさかとは思うが、ドルマンのやつ、気に入った女性に魔王の残滓で作ったあの水晶のようなものを贈ってないよな‥‥いや、まさか。あはは‥‥ま、まさかな。


 変な考えが浮かんできて、それを消し去る為に頭を振り、目の前にある魔王の残滓に集中する。


 わたしはその魔王の残滓に手を伸ばす。

 その時、リーベルの手が魔王の残滓を取ろうとするわたしの手を止めた。


「どうした‥‥?」


 不思議に思ってリーベルの顔を見ると、その顔は真っすぐにわたしを見ていた。


「大丈夫なの?」


 大丈夫、という言葉の意味が理解できなかった。


「大丈夫って、何が?」

「だって‥‥前に紛争の影と手に入れた時は‥‥ミリア、何だかとても苦しそうだったから」


 そう言われて、紛争の影を手に入れた時のことを思い返す。

 あの時は確かに、苦しい‥‥と言っても、身体的な痛みというより精神的な痛みが強かった。


「大丈夫。死にはしない」

「うん‥‥‥」


 リーベルを安心させるようにそう言うと、リーベルは手を離した。しかし、依然としてリーベルは心配そうな顔でわたしを見ていた。


 わたしはその魔王の残滓に触れる。

 次の瞬間、わたしの意思を無視して触手が出てくる。それは、前に魔力暴走を起こした時と同じようだったが、前とは違って勝手に触手が暴れ出すというようなことはなかった。

 恐らく、この手で触れても意味が無いということなのかもしれない。魔王の残滓という影なのだから、触れるなら同じ影で触れないとダメ、まるで影がそう言っているような気がした。


 わたしはそれに従うように、触手を動かして魔王の残滓に触れた。すると、スルスルと流れ込むようにして、魔王の残滓が触手という影を通じてわたしの中に入って来る。


 その瞬間、その魔王の残滓の性質を理解する。

 それは、魂。

 それは、命。

 それは、自然。

 全ての生きとし生ける者を体現するかのように、生命という美しさがそこにはあった。

 あまりに心地よい感覚に、魔王にもこんな一面があったのかと驚く。

 紛争の影とは違って、悲鳴や苦しみにまみれたものではなく、言うなれば美しい大自然に囲まれたような感じだ。


「ミリア‥‥?」


 リーベルの呼び掛けに、自分が暫くぼーっとしていたことに気付いた。

 心配そうにこちらを見つめるリーベルに微笑んで安心させる。ほっと息をつくリーベルを見て、こちらも安心すると、シリウスの方に視線を移した。


「それで、どうだい? どんな能力があるかは分かったかい?」

「力‥‥‥」


 恐らく、ドルマンがやったような偽りの魂を作り出したりする能力もあると思うが‥‥それだけではないような気がする。

 こういう時はイメージが大事だ。この力を表現できるような何か‥‥‥


「そうだね、名前は大事だね」


 思考を読んで、思考を邪魔してくるシリウスを無視して、直感的に思い付いた名前を呟く。


「生命の影‥‥‥」

「それが新しい魔王の残滓の名前なの?」

「今、何となくで付けた」


 とりあえず、使ってみよう。




 =生命の影=




 その瞬間、触手形態にしていた影に反応があった。

 紛争の影を使った時は、触手に刃が付いて、武器のようになったが‥‥‥


 手の平を広げて、目の前に持ってくる。すると、触手が上から手の平を指すようにして、その先から一滴の黒い水滴が葉から滴り落ちる雨粒のようにわたしの手の平に落ちた。

 黒い水滴がわたしの手の平に落ちた瞬間、そこから新たな生命が芽吹くようにして黒い花が咲く。


「綺麗~~~」


 それを見たリーベルがついそう呟いてしまう程、確かにその光景は神秘的だった。

 わたしが使える闇魔法の中でも、これ程に美しいものは見たことがない。


「ふ~む。見たことない花だね」

「そうなの?」

「うん。見た目だけで言えば黒い薔薇のようにも見えるけど、トゲが無い。それに、おしべとめしべはあるけど、見た目だけで花粉が付いていないから機能はしていないね。でも、変なのは人工物ではなくて、しっかりとした植物ではあるということだ」

「綺麗だから何でもいいよ」


 細かく分析するシリウスを一刀両断するように、”綺麗”という言葉だけでその黒い花を表現したリーベルは、わたしの手の平にある黒い花を優しく掴んで手に持った。


「ねぇ、ミリア。これ貰ってもいい?」

「え? でも枯れるかもしれないし‥‥それに、紛争の影で出した武器を長時間維持できないように、この花も‥‥‥」

「そっか‥‥‥」


 悲しそうな顔をするリーベルに、どうにか方法を考えてみる。


「待った」

「どうしたの?」

「この花。わたしの影から完全に独立してる」

「どういうこと?」

「つまり、魔力を使わなくても花を維持できるってこと」

「じゃあ‥‥!」


 うん、と頷くわたしを見て、リーベルは嬉しそうにその花を持ったまま飛び跳ねて喜んだ。

 花は確かに枯れるかもしれないが、それは生きているから仕方のないことだ。だから、枯れないように定期的に影で、いってしまえば水やりのようなことをすれば、長く生きてくれるだろう。


 その時、シリウスが普段通りウザ絡みするようにわたしの隣に駆け寄って来る。


「デートは上手くいったみたいだね」

「‥‥うるさい」

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